エピローグ
最終話です…!
コンコン、と扉をノックする音が耳に届く。
「ルシアン様!」
扉が開いて現れたその人の姿を見て、立ちあがろうとして……。
「あっ……」
長いドレスの裾を踏んでしまったことで、前につんのめる。
「危ない!」
そう声が飛んできたのとほぼ同時に、ルシアン様の力強い腕が私の腰に回り支えてくれたことで事なきを得た。
「また助けていただいてしまいましたね。ありがとうございます、ルシアン様」
にこりと微笑み、ルシアン様の顔を見上げると、ルシアン様ははーっと長くため息を吐くと言った。
「君といると心臓がいくつあっても足りない。
頼むから今日くらいは大人しくしていてくれ。
せっかく花嫁衣装に身を包んだ君に見惚れていたというのに、その暇も与えてくれないとは」
「えっ」
ルシアン様の口から飛び出た感想に、思わず瞬きをした私に、ルシアン様は不服そうに言った。
「何か変なことを言ったか」
「い、いえ!? ルシアン様の口から『見惚れていた』という感想が出るとは思わなくて」
「……君は俺を何だと思っているんだ」
なおも不服そうに口にするルシアン様だけれど、その耳が赤いことに気付き、自然と口角が上がる。
「ふふふ、私今とっても幸せです」
「……それを言うのなら、俺も」
ルシアン様はそう言うと、私の頭頂部に軽く口付けを落とす。
くすぐったくて目を瞑った私を見てルシアン様は目を細めると、慈しむように言った。
「君と結婚出来るなんて、まるで夢のように幸せだ」
「ッ……」
ルシアン様に助けてもらって、私の気持ちを伝えてから半年程が経つ今日、私とルシアン様は挙式することで正式な夫婦となることになった。
私としては契約結婚でなくなっただけでも良かったのだけれど、ルシアン様曰く『君は俺の妻であると改めて皆に知らしめたい』のだそう。
その理由が、夜会の時に私に見惚れる男性が多かったからだとルシアン様は言うけれど、それは考えすぎではないかと思う。
それは一旦置いておくとして、ルシアン様が私の花嫁衣装が見たいのだと言い張ったこともあり、私も純白の衣装に身を包んだルシアン様を見たいという意見が一致して、色々な方々のお力を借りることで無事に今日結婚式を挙げることとなったのだ。
「……やはり君の言う通り、挙式は身内だけにする方が良かっただろうか」
「え?」
ポツリと呟かれた言葉に何かあったのかと瞬きすれば、ルシアン様は崩さないようにという配慮を感じる優しい手つきで、私の髪に触れながら言った。
「こんなに美しい君を、誰の目にも触れさせたくないと思う自分がいる」
「〜〜〜ッ、ルシアン様、それ以上は恥ずかしすぎて死にそうになるのでおやめください!?」
両想いになって分かったことは、ルシアン様は私の心臓が危ぶまれるほどに私を溺愛してくださっているということ。
少し天然が入っているのか、はたまた策士なのか、視線も表情も言葉も、どれをとっても簡単に翻弄されてしまう。
その上、困ったことがもう一つ。
「……今すぐ君にキスしたい」
「〜〜〜ッ」
そう、隙あらばルシアン様は私とスキンシップと言う名のキスをしたがるようになってしまった。
あまりの回数の多さに、抗議した私に対してのルシアン様からの返答は、“両想いならば問題ない”という悪びれた様子のない言葉だったため、今ではもう諦めてされるがままとなっている。
「……なんだ、その目は」
「ルシアン様はキスがお好きなんだなと思って」
「キスが好き、と言うよりも君とだから、というのが正解か」
「は……」
「君だからキスしたいと思うし、何度口付けを交わしても君が一向に慣れる様子もなく新鮮で可愛い反応をするから止められなくなってしま」
「わーわーわー!!」
それ以上聞くのは本当に心臓が悪いと判断した私は、ルシアン様の口を慌てて両手で塞いで阻止を試みていると。
『全く。いつ来てもイチャイチャしおって』
「この声……」
ルシアン様にも聞こえたようで、二人揃って窓の外を見てみたものの、予想していた姿はどこにも見当たらない。
そんな私達の頭の中で、聞き知った竜の声が再度響く。
『我らが姿を現せば騒ぎになってしまうだろうから、今日は遠くからそなた達の新たな門出を祝うとしよう』
「「ありがとうございます」」
私とルシアン様がお礼を言うと、竜は言葉を続けた。
『氷と火、それぞれ対極の属性を持ち、対極の地で生まれたそなた達が結ばれることで、どんな作用を生み出すのか。楽しみにしておる』
「はい。どうか見守っていていただけると嬉しいです」
「必ず、彼女を守り、共に幸せになってみせます」
「ルシアン様……」
まるで誓いの言葉のように、はっきりと口にしたルシアン様を見上げると、ルシアン様もまた視線を合わせ、微笑んでくれる。
それがどんなに幸せなことかを再確認し、泣きそうになっていたところで、コンコンと扉を控えめにノックする音が耳に届く。
「そろそろ時間だな。式場で待っている」
「ッ、はい」
(危ない。お化粧が崩れてしまうから、泣くのは我慢しないと……)
少しでも油断をしたら泣いてしまいそう、と両頬に手を当てながら、扉に向かって歩いて行くルシアン様の背中を見送っていると。
「そういえば」
ルシアン様がふと、何かを思い出したように私の方を振り返る。
そして、私をじっと見つめて言った。
「……初めて出会った時とは、まるで別人のようだな。おかげですぐには誰だか分からなかった」
「……!? も、もしかして、思い出したのですか? 十年と半年前、学園で助けていただいた時のこと……」
尋ねた言葉は震える。まさか、ルシアン様があの時のことを覚えているとは思わなかったから。
ルシアン様は頷いてから言った。
「あぁ。君がそのことについて詳細に話すことはなかったから、思い出すのに時間がかかってしまった。
学園での火事、なんて後にも先にもあの時だけだし、思い出し方も最悪の形ではあったが。
まあ、それは置いておくとして」
ルシアン様は私に向き直ると、微笑みを浮かべて言葉を発した。
「あの場限りで切れるはずだった縁を繋ぎ止め、再び出会ってくれてありがとう、エメ。愛している」
「…………ッ」
その言葉に、今度こそ我慢していた想いが溢れ、決壊する。
「エメ!? もしかしなくても泣いているのか!?」
「ッ、そんな話を聞いたら、泣くに決まっているじゃないですかあぁ……」
「待て、泣かせるつもりはなかったんだ」
「よりにもよって、どうして、今なんですか!?」
「大事な話だから、挙式の前に伝えるべきだと思って」
「そういうところですよ、本当……」
涙が溢れて止まらなくなってしまう私に、ルシアン様が慌てたように私の元へやってきて、侍女を呼ぼうと慌てる。
そんなルシアン様の様子を見て、私は……。
「ッ、ふふ」
「え?」
「いえ、ルシアン様らしいなって、思っただけです」
そう言うと、私も、ルシアン様に負けないよう、自分に出来る最高の笑みを浮かべ、噛み締めるように言葉を発した。
「ルシアン様。私も、愛しています」
恩返しのためにと受け入れた契約結婚。
余命僅かの私には、愛情がない結婚なら別れが辛くならないだろうからちょうど良い。
そう思っていたけれど、ルシアン様は、私を愛し、他ならない愛の力で救ってくれた。
これから先、どんな未来が待っているのか誰にも分からないけれど、ルシアン様とならどんな困難も乗り越えていけると信じて、私は、私らしく生きていく―――
『契約結婚なので、溺愛しないでください』END
『契約結婚なので、溺愛しないでください』を最後までお読みいただき、ありがとうございます。作者の心音瑠璃です。
ついに今話を持ちまして連載が終了いたしました…!
更新がかなり遅くなってしまい申し訳ございません(泣)
それでも、投稿させていただく度にリアクションしてくださる読者様の応援を力に、こうして無事に最後までお届けすることができて、ホッとしながら思いを綴っております。
この作品は対極の魔法を持つ容姿も性格も正反対の二人をイメージして描かせていただきました。
エメは明るくポジティブで、ルシアンは冷たく少々悲観的で。でも実はエメにも辛い過去と葛藤があって、ルシアンはエメと関わり振り回される内に前向きになって。
苦難の人生を、互いが互いを助け合う形で本物の夫婦になっていく二人の様を執筆させていただきましたが、いかがでしたでしょうか?
ほんの少しでも温かな気持ちになっていただけているとこの上なく嬉しいです。
長くなりましたが、あとがきまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
2026.8.26.




