愛しいひと*ルシアン視点
(あ……、あ、あ……………)
遅すぎるほど今更蘇った最低な記憶は、止まるところを知らない。
芋蔓式に蘇っていく記憶に頭を抱えながら、彼女に同意なく触れた箇所に目をやって……。
「……最悪だ」
思わず呟いた俺に、呆れた声が響く。
『人間の表情は実に忙しない。だが、今はそのようなことなどどうでも良い。問題は、彼女がお前にしたことと同じことを出来るかだ』
「お、同じことッ!?」
竜は至って真剣なようだが、俺の背中は冷や汗が止まらなかった。
だって。
(彼女の同意なくまた同じことをするのか!?
契約結婚を持ちかけた挙句告白されてフッた男に、く……、口付けられるなんて最悪以外の何物でもないだろう!!)
そんな情けない俺の心まで読み取れるのか、竜はため息交じりに言った。
『そんなもの、口付けとやらには入らんだろう。救助活動の一種だと思えば良い』
「…………」
救助活動の一種。
そう言われても腑に落ちない部分はあるが、時は一刻を争う今、エメを助けるには竜の言う通りにするしかないのだろう。
エメには後で然るべき対応をしようと固く誓ったものの、また別の不安に心を苛まれる。
「ついこの前まで魔力暴走を起こしていた俺に、エメを救えるのか……?」
エメは“魔力過多症”でありながら、魔法のコントロールにおいての腕前は相当な実力者だと一目で分かる。
それに対して俺は、魔力量が多いが故に強力な魔法を発動することは出来るが、繊細な魔法のコントロールはエメの方が断然上だと言い切れる自信がある。
(エメの身体をも凍らせる魔力量が分からないところに、俺の火属性魔法を彼女の身体に送り込んだとして。
それが悪影響を及ぼすことになったとしたら、それこそ俺は耐えられない……)
もう一度彼女の身体を見やれば、その生気のなさと華奢さにゾッとする。
竜はそんな俺の弱い部分を見透かしたように、やがて力強い声で言葉を発した。
『我々を信じろ』
「え……」
思いがけない言葉に竜を見上げれば、揺るがない眼差しをこちらに向け、再度言った。
『そして、己の力を信じろ。お前ならば出来るはずだ。
彼女が救ったお前にしか、彼女は救えない』
「……ッ」
『我々が見届けてやる』
竜は念を押すように言うと、隣で子竜が力強く鳴いた。
まだ言葉を話すことは出来ないのだろう子竜だが、その鳴き声に背中を押された俺は、一度視線を落とし拳を強く握りしめてから精神を統一すると、今度こそ迷いなく言い切った。
「分かりました。必ず彼女を……、エメを救います。どうか、力をお貸しください」
よろしくお願いします、と深く頭を下げると、竜は天に響く声で鳴いた。
「エメ……」
一度横たえた身体をそっと抱き寄せ、彼女の名前を呼んでみたものの、彼女からの返答はない。
(いつも名前を呼べば、“ルシアン様”と嬉しそうに名前を呼んでくれた君の声も、真っ直ぐな氷色の瞳も全てが愛しく、恋しい。
何気ない日常に君がいてくれたことは、当たり前などではなかったのだと……、こんなことになってしまってから気付くとは)
エメと過ごしたかけがえのない時間。思い出。
全てが走馬灯のように蘇る。
「……君と両想いでないのに、二度も唇を奪うことになってしまうのは本当に申し訳なく思うが。
君が目覚めたら一番に謝るからどうか許してほしい。
君を、どうしても助けたいんだ」
この際、許してくれなくても良い。
君が生きていてくれさえすれば、それ以上は望まないから。
だから、どうか。
「目を、覚ましてくれ……ッ」
この言葉が言霊になるように。
口に出して強く願いながら、俺は、彼女の冷たい唇に自身の唇を重ねた。




