過去-①
25年前、フラム・ネージュとして生を受けた私。
お母様は亡くなってしまっていたけれど、温かいお父様と厳しくも優しいお姉様、沢山の侍従達に囲まれ、侯爵家の一員として何不自由なく育った私は、幸せで恵まれた生活を送っていた。
あの日……、魔法を無尽蔵で使える自分の身体に起きた“異変”に気付くまでは。
「……エメ、エメ、聞こえてる?」
「ッ」
ハッと顔を上げれば、クラスメイトが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「次はエメの番よ」
「え!? あ、ありがとう、教えてくれて」
「顔色が悪そうだけど、大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「そう……。無理しないでね」
クラスメイトの気遣いに再度お礼を言いながらも、自分の身体に視線を落とす。
(ここ数日、なんだか身体が重い気がする……。今も一瞬眠ってしまっていたみたい。授業中なのにありえない。この試験が終わったら、念のため保健室に行って休ませてもらおう)
生まれてから一度も風邪を引いたことがないから分からないけれど、この身体の重さこそがいわゆる風邪、というものなのかしら……。
この時の私は、そう安易に考え、体調不良を分かっていながら大きな魔法を行使した。
その結果、意識を失ってしまって……。
「……う」
「エメ!!!!!」
「……ドロテおねえ、さま……?」
次に目を覚ました時には、学園ではなくネージュ邸の自室にいた。
なぜ全寮制の魔法学園に在学中の私がネージュ邸に、と尋ねる間もなく、ドロテお姉様とお父様の口から、私の身に起きている信じられない事実を告げられる。
“魔力過多症”。
言葉通り、魔力量が多い魔法使いを指すその症例自体は、耳にしたことがあった。
“魔力過多症”とは、魔力量が多いが故にコントロールが出来ない、もしくは、魔力量が多すぎて気を失ってしまう……というような十人十色の症例があるものの、適切な鍛錬を積み努力をすれば、治りうるものがほとんど。
だけど、私の魔力は過多の中でも異常な魔力量、それも、魔法を使う度に自身の身体を蝕んでいくのだと、そう聞かされた。
その上、私の身体はすでに魔法を使わずとも自身の氷魔法に蝕まれていて……。
「エメ、お願い。もう、魔法は使わないで……」
私の前で泣いたことのないドロテお姉様が初めて見せた涙。その表情を、言葉を一度も忘れたことはない。
だけど、魔法使いにとって魔法を使わないことは、死を宣告されたも同然。
私は初めて、人生に絶望した。
考えた末出した結論は、最後まで魔法使いとして生きること。
たとえ命を縮めたとしても、魔法学園に通い、お父様やお姉様に恩返しをしたい。
だから、お姉様とお父様の制止を振り切り、学園へと戻った私だったけれど。
「ッ、どうして……」
自分が思ったよりもよほどショックと迷いが大きかったのだろう。
これまで何も考えずに使えていた魔法が、一切使えなくなってしまった。
この学園では、授業のほとんどが魔法実技であるため、宣告されたのは、魔力が一ヶ月以内に回復しなければ、休学。
つまり、事実上の退学を促された。
「ッ、私、何か悪いことをしたかなあ……」
それでも諦め切れず、昼休み、人気のない旧校舎に足を踏み入れ、初歩の初歩段階の魔法から学び直し、発動を試みる。
けれど、身体に流れている魔力を感じられない。
まるで、本当に凍ってしまったかのように。
(もう、諦めるべき、なのかな)
反対を押し切り学園へ通っているため、お姉様とお父様に弱音を吐くことは許されない。
学園や先生方、クラスメイトにも、自身の体質については話していないため、誰にも相談が出来ない。
これは、私自身のプライドの問題でもあった。
(誰にも同情されたくない)
代々氷属性の筆頭魔法使いを輩出するネージュ家の一員として、胸を張っていたい。
どんな結果になろうが、最期まで、自分に出来ることをしたい……。
そうしてまた、意識を失っていたらしい。
気が付けば、私は、誰もいない校舎でただ一人、燃え盛る炎に囲まれていた。
(……火事!?)
何が起きているのか、夢なのではないかと疑うけれど、これは紛れもない現実なのだと、肌にひりつく熱さと息苦しさに眩暈を覚える。
「……神様はどれほど、私のことが嫌いなの」
ポツリと呟いた言葉は、炎に包まれ、崩れて叩きつけられた物音に消える。
魔法を使えない今、私にはなす術がなかった。
(……こんなところで死ぬなんて)
笑えない。
でも。
「これで、良いのかもしれない……」
どっちみち死ぬのなら、今ここで死んでも変わりはない。
お姉様とお父様、天国にいるお母様には、とんだ親不孝者だと怒られてしまうと思うけれど。
(このまま、私が生きていても迷惑をかけてしまうくらいなら)
「何をしている」
「!?」
校舎には、誰もいないはずだった。
それも、炎に包まれて熱く息苦しいこんな場所に、私以外に人がいるなんて。
「何をしていると聞いているんだ、そこの氷属性使い」
「…………!」
間違いない。
私のことを言っているのだと、反射的に顔を上げた視線の先にいたのは、燃え盛る炎を背景に立つ、金色の髪からのぞく紅の双眸が印象的な男性だった。




