契約妻のお節介
私が目を覚ましてからさらに一週間後の今日、前辺境伯ご夫妻は別邸に帰られることになった。
「さて、そろそろ時間ね」
夫人の言葉に、前辺境伯様は頷き言った。
「あぁ。世話になったな」
そんな前辺境伯様の言葉に、ルシアン様はボソリと呟く。
「滞在期間が長すぎる」
「ル、ルシアン様、そんなことを言っては駄目ですよ。ご両親様はルシアン様と私の体調を心配して滞在期間を延長してくださったのですから」
(ルシアン様は相変わらずご両親様に対して辛辣だわ……!)
前辺境伯夫妻の滞在期間を経ても以前と変わらない態度を見て慌てて名前を呼んだ私に、前辺境伯夫妻はクスクスと笑う。
「ふふ、エメ様ととても仲が良いのね」
「あぁ。とはいえ、契約結婚だがな」
「ル、ルシアン様」
前辺境伯様の言葉に拳を握りしめるルシアン様の手に慌てて触れる。
前辺境伯様は夫人と視線を合わせて微笑み合うと、その柔らかな笑みを浮かべたままルシアン様に向かって言葉を発した。
「元気でな」
「…………あぁ」
少しの間の後頷いたルシアン様の横顔を盗み見て思う。
(……やっぱり、ルシアン様の心境に変化はあったのかも)
良かった、と安堵していると。
「エメ様」
「!」
今度は私の名前を呼んだ夫人が私を真っ直ぐと見て言った。
「この言葉はもう聞き飽きたかもしれないけれど、何度でも言わせてちょうだい。
ありがとう。ルシアンを、この領地を救ってくれて」
ルシアン様と同じルビー色を宿した夫人の瞳が潤んでいることに気が付き、私も込み上げる感情を堪え、笑みを浮かべて返した。
「こちらこそ、ルシアン様だけでなく私のことまで気遣ってくださりありがとうございました」
夫人は私が寝台の上で絶対安静を言い渡されている間、何度もお見舞いに来てくださった。
その姿は、まるで……。
「本物のお母様のようで、とても嬉しかったです」
「……! ……エメ様」
夫人は目を丸くし、咳払いをすると、言葉を発した。
「……貴女さえ良ければ。契約結婚だとは聞いているけれど、私のことを“お義母様”と呼んでくれたら嬉しいわ」
「! それは、つまり……、私のことをルシアン様の契約妻として認めていただける、ということですか?」
「えぇ」
夫人、辺境伯様、ルシアン様の顔を順に見やると、柔らかな笑みを浮かべていて……。
「良かったな」
ルシアン様がかけてくださった言葉に、私は笑顔で頷いた。
「はい! ありがとうございます! お義母様、お義父様」
「「!」」
嬉しさのあまり前辺境伯様のこともお義父様、と呼んでしまった私に、お二人は目を瞠ったかと思うと……、次にルシアン様を見て口々に言った。
「ルシアン、エメ様を必ずお守りするのよ」
「妻も守れないようでは辺境伯の名が廃れる」
「…………分かっている」
そう返したルシアン様は、お二人の方を見ようとはせずに腕を組み、そっぽを向いていたけれど、家族として会話する三人のお姿を見て、そっと笑みを溢したのだった。
「まるで嵐のようだったな」
ご両親様との別れを惜しみながらお見送りをした夜。
ルシアン様に呼ばれ、部屋を訪れた私が長椅子に座ったのと同時にルシアン様の口から発せられた言葉に、私は笑って言葉を返す。
「でも、全て丸く収まったようで何よりです」
「……元はと言えば、君が引き留めていたらこうはならなかったが」
「……やっぱりご迷惑でしたか?」
恐る恐る尋ねた私に、ルシアン様はふいっとそっぽを向き答える。
「…………迷惑だとは言っていない。おかげで体質も治ったし、両親の……、本音を聞けたことと認められたことは、結果的に良かったかもしれないしな」
「……! では、私のお節介も少しは役に立ったということですね」
「……まあ」
ルシアン様の素っ気ない返答に、ふふと笑みを溢すと。
「とはいえ、まさか君が俺を助けた礼として選んだのが『またお越しください』とは……」
ルシアン様は、私が以前夫人から考えておくよう言われていた『お礼』についてのことを言っているらしい。
私はルシアン様の呆れたような視線を受け、弁明する。
「色々考えたんですけど、やっぱり私にとっての一番は、ルシアン様がこの先もずっと幸せでいらっしゃることだと思ったので……、お節介ながら、ルシアン様を大切に想うご両親様とルシアン様が過ごすお時間をと思い、お願い致しました」
「…………」
ルシアン様は黙り込んだかと思うと、やがてはーっと長いため息を吐いた後立ち上がった。
「!」
その様子に、本気で怒らせてしまったかも、と慌てて謝ろうとした私の隣にルシアン様が座って……。
「君のせいで疲れたから俺を癒やしてくれ」
「…………はい!?」
どういう意味か聞き返そうとしたけれど、あまりの顔の近さに、ルシアン様の特異体質を治したあの日のことが脳裏に蘇り、一瞬息を呑む。
それを悟られまいと、慌てて言葉を発した。
「そ、そんな、癒しとは何をすれば」
「それを考えるのが君への罰だ。……俺はこの期間中、まるで生きた心地がしなかった」
その発言を受け、今度は二週間も眠ってしまっていた私が目を覚ました時のことを思い出す。
(……そうよね、私もルシアン様にご心配をおかけしてしまったんだもの、きちんとお礼をすべきよね)
癒し、癒し……、と考えて閃いた私は、口を開きかけたルシアン様よりも先に、ルシアン様の頭に手を伸ばし、その金色の髪の肌触りを確かめるように撫でた。
それは以前、泣いてしまった私にルシアン様がしてくださったことと同じことで……。
「……ッ!!」
今度はルシアン様が息を呑む。
その見開かれたルビー色の瞳をじっと見つめ、私は言葉を紡いだ。
「ありがとうございます。それから……、お疲れ様でした、ルシアン様」
そう言って笑みを浮かべた私だったけれど……。
「……やめてくれ」
「!」
私が頭に乗せた手を、ルシアン様に掴まれる。
やっぱり無礼だったかしら!? と凍りついた私の耳に、次の瞬間ルシアン様の爆弾発言が届いた。
「ただ、揶揄うだけのつもりだったのに。そんなことをされたら、離れがたくなってしまう」
「え…………」
それがどういう意味なのか、思考が上手く回らない私を置いて、ルシアン様は「おやすみ」と呟くように言ってから、足早に部屋を出て行ってしまった。
「……え? え…………?」
どういう意味で発せられた言葉なのか。
その真意は何なのか。
いくら考えても分からなかったけれど、ルシアン様の言葉と心なしか赤い表情だけは、いつまで経ってもなぜか鮮明に思い出されて。
それだけで胸がいっぱいで、同時に、思い出すたびに苦しくなるのだった。




