夜会への招待
「……大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
ルシアン様に心配そうに顔を覗き込まれ、その近さに一瞬ドキッとしてしまいながらも、顔に出ないよう努めてすぐに言葉を返す。
「大丈夫です。少し……、いえ、とても緊張しているだけなので」
「全然大丈夫そうではないな」
私の言葉を受けてもなお心配そうに私を見つめるルシアン様の、普段とは違う華やかな装いを見やってから、自身の服装に目を向ける。
(いつかこうなる日が来るとは思っていたけれど……、思ったよりも早すぎて、全然心の準備が出来ないまま王家主催の夜会の日を迎えてしまったわ……)
事の発端は、今から三週間前……、ご両親様が帰られてからは二週間程が経った日まで遡る。
「王家主催の夜会への招待状、ですか?」
朝、ルシアン様に呼ばれ執務室に訪れた私に告げられたのは、王家主催の夜会への招待状が届いたという旨だった。
「いつもなら欠席するのだが、今回はそうもいかなくてな」
そう言いながらルシアン様に差し出されたのは、差出人にお義父様の名前が書かれた封筒だった。
それだけで、中身を見ずとも察する。
「参加するよう、お義父様に言われたのですね?」
「あぁ。現辺境伯として一度は顔を出すようにと。……普段はこの地を守る名目で免除されていたが、今回はそうもいかせてはくれないらしい。厄介だ」
ルシアン様は心底嫌そうな顔をする。
「ルシアン様は、夜会がお嫌いなのですか?」
「むしろ好きな奴がいるのか?」
「ほ、本当にお嫌いなのですね」
確かに、ルシアン様が華やかな社交の場に好んで行くタイプには見えないため納得してしまうと。
「……君は」
「え?」
「夜会は好きか?」
「!」
ルシアン様の問いかけに、私は少し考えた後答える。
「そう、ですね。正直に申し上げると、あまり好きではありません。現に、社交の場に顔を出したことが学園以来ないので」
「そうなのか?」
「はい」
正直に述べた私の回答に、ルシアン様は黙り込んでしまう。
(……引かれてしまったかしら)
ルシアン様のような立場にあるお方ならともかく、私のような令嬢が社交の場に顔を出さないという話は聞いたことがない。
社交の場は、貴族にとって情報共有や交流を深める大切な場。
貴族社会を生きるには、社交に出ることは当たり前のことであり、生命線と言っても過言ではない。
それなのに、私は……。
「……そうか。では、無理をする必要はない。王家と両親には俺のみ参加の意を示そう」
「えっ」
ルシアン様の言葉に物思いに耽っていた私が顔を上げれば、ルシアン様は首を傾げる。
「どうした?」
「そのご招待は、私も含まれているのですか?」
「あぁ。俺と君、夫婦で招待を受けている」
「…………」
今度は私の方が黙り込んでしまうのを見て、ルシアン様は言葉を重ねた。
「君に無理を強いたくはない。社交の場が不得意というのも分かるし……、何より俺達は契約で結ばれた間柄だからな」
“契約で結ばれた間柄”。
ルシアン様の口から飛び出た言葉はもう分かり切っていることのはずなのに、胸の奥がツキリと痛む。
ルシアン様は「とにかく」と言葉を続けた。
「この件に関しては心配しなくて良い。俺も苦手だから顔だけ出して早々に切り上げるつもりだ。……あぁ、それこそ」
ルシアン様はそこで言葉を切ると、ニヤリと口角を上げ、悪戯っぽく笑って続けた。
「体調不良を理由に欠席した妻の元へ早く帰りたくて仕方がない夫、という設定でどうだろうか」
「〜〜〜ッ」
(じょ、冗談よね?)
ルシアン様はきっと、私が欠席することに罪悪感を抱かせたくないから、あえてそのような発言をしているはず。
それなのにどうしてか、私を見つめるルビー色の瞳の奥には、冗談だと笑えないような色を湛えているような、そんな気がして息を呑んでしまう私に、ルシアン様はやがてフッと笑って言った。
「まあ、俺が言いたいのは君が気負う必要はないということだ。忘れてくれ」
(……本当に、忘れて良いの?)
王家主催の夜会への招待状とお義父様である前辺境伯様からの手紙。
わざわざ私の名前が書いてあったということは、その夜会にきちんと夫婦で顔を出しなさいと言う意向、なのだとしたら。
「……ルシアン様」
「なんだ」
私は胸の前でギュッと手を握ると、自分の意志が揺るがないよう、はっきりと口にした。
「私も、夜会に参加させてください」




