婚姻の裏側
『契約結婚を終わりにいたしましょう』
意を決してルシアン様に切り出した私の言葉を前辺境伯ご夫妻に聞かれてしまったことにより、ルシアン様は私との結婚が契約で結ばれたものであることを一から説明することになった。
そうして、最後まで説明し終えたルシアン様に、前辺境伯様は……。
「……この馬鹿者がッ!!」
開口一番ルシアン様に怒号を浴びせた前辺境伯様の剣幕に、隣にいた私が肩を震わせる。
当のルシアン様は慣れているのか、私を横目で見てから言い返した。
「エメが驚いている」
「も、申し訳ない……」
前辺境伯様が私に向かって謝ったことにより、慌てて首を横に振る私を見て、今度は夫人が口を開いた。
「ルシアン。いくらなんでも、嫁いできた女性に対して『俺を殺してくれ』はあんまりだわ」
「強制したつもりはない。現に、エメも納得してくれた」
「エメ様は、貴方を殺すためではなく救うために残ってくれたのでしょう。嫁いだ初日に酷な決断を迫ったことに変わりはないわ」
「……」
ルシアン様は夫人の言葉に押し黙ってしまう。
それを見て、夫人は息を吐きながら続けた。
「……でも、私達も責められるような立場にはない。
この結婚は、貴方達も知っている通り、私達が無理矢理持ちかけたと言っても過言ではないのだから」
夫人は横に座る前辺境伯様を見やる。
その視線を受け、前辺境伯様は今度は私を見て言った。
「妻の言う通りだ。私達は、ルシアンの体質を治す術をずっと探していた。
だが、医者や学者、文献、王家のお力をお借りするところまで手を尽くしたが……、前例がない症状を治す術は、どこにもなかった。
その結果私達が出した結論は、ルシアンに魔法を一切使わせず、辺境伯の座にも着かせないことだった」
聞いたことのない、ルシアン様のご家族の話に息を呑む私の横で、ルシアン様は身じろぎ一つせず話を聞いている。
そして今度は、前辺境伯様の言葉を夫人が受け継ぐように話を続けた。
「そのことを告げた時も、ルシアンの逆鱗に触れ、魔力暴走を起こしたルシアンは死にはぐった。
幸い魔力暴走はすぐに治まったものの、半月以上も高熱が続いて……、今度こそルシアンは死んでしまうのではないかと思った。
そんな時ふと考えたのが、氷魔法の担い手に助けを求めること。
他力本願になってしまうけれど、私達が側にいるよりもルシアンの力になってくれるかもしれない。そう思って、貴女に婚約話を持ちかけた」
夫人の言葉を受け、私は少しの間の後口にする。
「……私をルシアン様の結婚相手に選んでいただいたのは、私が以前ルシアン様に助けられた時、ご両親様と手紙でやりとりを交わしたことがあったからですか」
「えぇ」
夫人が肯定したことで、私の中で腑に落ちた。
(そう、やっぱり前辺境伯夫妻は覚えていらっしゃったのね。私がルシアン様に助けられた時、『直接お礼を言いたいから会わせてほしい』とお手紙を書いたことを)
「ルシアンの体質については伏せていたから、その時もルシアンの体調が悪くて貴女の申し出を断ってしまった。
それでも、手紙で直接やり取りをした際、貴女の文面から読み取れた誠実な人柄から、ルシアンの結婚相手として貴女ならと思い、駄目元で婚姻の打診したのがきっかけなの。
その結果、貴女は我が身を顧みないほどにルシアンに尽くしてくれる方だった」
「貴女を危ない目に遭わせてしまったこと、申し訳ないと思っている。
それでも、ルシアンを救ってくれてありがとう。
この感謝は、言葉ではとても言い尽くせないほどのものだ」
そう言って、前辺境伯ご夫妻は深々と頭を下げられた。
私は慌ててルシアン様を見やると、ルシアン様もまたそんなお二人の姿を目を瞠って見つめていて……。
「お顔をお上げください」
私がそう言葉を発すると、お二人はゆっくりと顔を上げた。
その目元が潤んでいるのに気付き、私は微笑み口にした。
「私のしたことは、十年前にルシアン様が私を助けてくださった時と同じことです。
それでも、私の力でルシアン様を救うことが出来たのなら……、人生の中でこれ以上に嬉しいことはないです」
「……エメ様」
私はにこりと笑うと、今度はルシアン様を見て言った。
「私はルシアン様と契約結婚することが出来て、とても幸せです!」
「……ッ」
ルシアン様が溢れんばかりに目を見開く。
そんなルシアン様を可愛いと見つめてしまっていると。
「……私達が出る幕はもうないな」
そう言って前辺境伯様が立ち上がる。
それに続き、夫人もまた席を立って言った。
「そうね。あとのことはお二人にお任せしましょう。
それからエメ様、ルシアンを助けてくれたお礼がしたいから、何が良いかを考えて後日改めて教えていただけるかしら」
「!? は、はい! 分かりました」
私の返事に夫人は綺麗な笑みを返すと、前辺境伯様の後を追うように部屋を出て行った。
そして、再び二人きりとなった空間に沈黙が訪れる。
先に口火を切ったのは、沈黙に耐えきれなくなった私の方だった。
「ルシアン様を助けてくれたお礼、と仰っていただきましたが……、何を望んだら良いのでしょうか」
「……なんでも良いと思うが、君の好きなものでも伝えれば良いんじゃないか?」
「好きなもの……」
何かあるかしら、と考え込んでいると。
「エメ」
「はい、なんでしょう」
ルシアン様が私の名前を呼んだことで顔を上げる。
すると、私の目に飛び込んできたのは、真剣な表情をしたルシアン様だった。
それまで纏っていた空気とは違うものを感じ、目が離せずにいる私に、ルシアン様は形の良い薄い唇で言葉を紡いだ。
「……契約結婚のことだが。終わらせるのではなく、継続してもらえないだろうか」




