契約妻の決断
「……落ち着いたか?」
「はい、おかげさまで。ありがとうございます」
ルシアン様は、私が泣き止むまで頭を撫でてくれた。
そのため、再度お礼を言うと、ルシアン様の手が私の頭から離れる。
(……あ)
無意識のうちに、その手を目で追ったことで、バチリとルシアン様と視線がぶつかった。
「……ッ」
思わず息を呑んだ私を見て、ルシアン様は首を傾げる。
「どうかしたか?」
「い、いえッ……」
(ど、どうしてこんな時に思い出すの……!?)
ルシアン様のお顔を見て思い出した。
ルシアン様の魔力が暴走した時、炎の中でルシアン様に、私は……。
「……顔が赤いぞ? 熱が出たか?」
「い、いえ!? 本当に大丈夫なのでどうかお気になさらず!!」
「……そうか」
「は、はい!」
(お願いです、ルシアン様。これ以上突っ込まないでください! それから、早くこのドキドキよ治まって……!!)
そう願いながら、ふと疑問に思う。
(そういえば。ルシアン様は炎の中で目が虚ろだったわ。ということは、あの時のことは、覚えていらっしゃらない……?)
その方が良い、と思う反面、なぜだか残念に思ってしまう。
そんな自分に一番戸惑いを覚えて……。
「そういえば」
「ひゃいッ!?」
ルシアン様に不意に声をかけられ、思案していた私の声がひっくり返る。
そんな私の反応にルシアン様は目を丸くした後、小さく笑って言った。
「また驚かせてしまったようだな。すまない」
「い、いえ、こちらこそ、大変失礼いたしました」
「失礼なことではないから気にするな。……それよりも、君が助けてくれたおかげであれから頗る体調が良い」
「ほ、本当ですか!?」
ルシアン様の言葉に、つい前のめりになって聞き返した私に、ルシアン様は笑いながら頷いた。
「あぁ。魔力暴走を頻繁に起こしていた時は、常に身体が熱く重く感じていたが……、君が氷魔法で俺を助けてくれた後、君と共に気絶するように眠って目を覚ました時から、身体が嘘のように軽くなった」
「よ、良かった……」
ルシアン様の晴れやかな言葉と表情に、また止まったはずの涙が溢れ出しそうになる。
それをなんとか堪える私を見て、ルシアン様は吹き出した。
「なんの顔なんだ、それは」
「な、泣かないようにしているんです。ルシアン様を困らせたくないから」
「困ることはないが……、そうだな。泣くなら、俺の前だけにしてほしいと思うことはある」
「……へ?」
ルシアン様の言葉に、思わず目を瞬かせる。
(……それは、どういう意味?)
聞こうと思ったけれど聞けなかった。
ルシアン様の表情が、今までに見たことのないほど柔らかな表情をしていたから。
その表情に一瞬息を呑んだけど、ハッと我に返り、慌てて視線を逸らすように目線を下に向け、話を変える。
「でも、本当によかったです。ルシアン様をお救いすることができて。お身体が軽くなったということは、もうこの先魔力暴走を起こすこともない、ということですよね。
そうしたら、契約の内である私の役目は、もうこれで終わりですね」
「え……」
ルシアン様が驚いたように声を上げる。
私は意を決して顔を上げ、ルシアン様に向かって努めて明るく言葉を発した。
「おめでとうございます、ルシアン様。特異体質が治って本当によかったです」
「ちょ、ちょっと待て」
ルシアン様が焦ったように、話を続けようとした私の言葉を遮る。
本当は後に続く言葉を聞きたくなかったけれど、ルシアン様の言葉を遮る真似はしたくないため、話を聞くために口を閉ざした私に向かって、ルシアン様は整理するように尋ねた。
「……要するに、君は俺との契約結婚を終わりにしようとしている、ということか……?」
「はい。私に出来ることは、もうこれ以上ないと思うので」
「!」
ルシアン様は今度こそ目を見開く。
絶句したようなその表情に、私はギュッとルシアン様からは見えないように両手の拳を握った。
(元々この契約結婚は、ルシアン様の特異体質があったからこそのもの。契約とは違って、殺さずに救うことが出来たのだから、私としては本望だわ)
願わくは、もっとルシアン様といたかったけれど。
もしこの先、少しでもルシアン様と同じ時を過ごすことになったら、きっと私は、契約に反して今度こそ離れがたくなってしまう。
その前に……。
「契約結婚を終わりにいたしましょう」
そうはっきりと口にした、その時。
「……今の話はなんだ?」
「「!!」」
不意に届いた別の声に、私とルシアン様は同時に声が聞こえてきた方を見やる。
そこにいたのは。
「……ご両親様……」
険しい表情を浮かべる、ルシアン様のご両親である前辺境伯ご夫妻の姿があった。
そして、ルシアン様の奥様である夫人が静かに告げる。
「“契約結婚”という言葉が聞こえてきたけれど。
どういう意味なのか、きちんと説明していただけるかしら……?」
その言葉に、私の背中をおびただしい量の冷や汗が伝うのを感じた。




