心からの感謝を
「ん〜〜〜ッ!?」
(一体、何が起こっているの……!?)
色々と非現実的なことが起こりすぎて、一瞬現実逃避してしまいかけたけれど、ようやく事態を……、ルシアン様にキスされているという状況を呑み込んだ時には、ただでさえ薄い酸素がより一層回らなくなり、息苦しさを覚える。
その上、今までに感じたことのない、身体に宿る魔力を根こそぎ奪われていく感覚を覚えた。
(こ、これは生命の危機を感じるわ……!?)
ルシアン様が唇を重ねた理由は、私の魔力を吸い取り、自身の魔力を抑えようとしているのだということは分かった。
要するに、私の魔力が鎮静剤のような役割を果たしているのだろうけど、そもそも魔力の譲渡自体……それも、口移しで出来るとは聞いたことがない。
けれど、確実に自身の身体から膨大な魔力を吸い取られていく感覚を覚えて……。
「……ッ」
辛くて苦しい。けれど、これでルシアン様を救えるのだとしたら。
そう思い、このままでいるべきだと判断した私は、逃げ腰になりそうになる自分を叱咤し、無意識に硬い胸板を叩きそうになった手を、代わりにルシアン様のシャツの裾を掴むことで耐える。
いよいよもって意識が朦朧とし、視界がぼやけたその時、ルシアン様の背後で燃え盛っていた炎が徐々に弱まり、元いた部屋の光景が広がっていくのがぼんやりと映る。
(あ…………)
もう大丈夫そうだと確信したのと同時に、ルシアン様の唇が離れた瞬間、身体から一気に力が抜け、ルシアン様を巻き込むようにしてその場に座り込んだ。
「ッ、エメ……!」
ルシアン様の紅の瞳は、先ほどとは違い、はっきりとした光が宿っていた。
それを見て安堵した私は、嬉しさから笑みを溢す。
「ルシアン様が、助かって、良かった……」
「……!」
ルシアン様は私の言葉に目を丸くした後、何かを口にした。
だけど、急激に重くなった身体が、聴覚、視覚と順に五感を奪い、抗えない強い眠気に襲われる。
(…………本当に、良かった)
心から安堵したのを最後に、私の意識は途絶えた。
―――…………深く、深く眠っていたような気がする。
ゆらゆらと、徐々に浮上していく意識の中で感じたのは、私が知る温かな体温で……。
「ん…………」
目を覚まして一番に飛び込んできたのは、見慣れた部屋の天井……、フラム邸で私が住まわせてもらっている部屋だった。
(……そうだ)
「ルシアン様! ルシアン様は……ッ」
ご無事を確かめようと、上半身を起こした私だったけれど……。
「……!」
次に視界に入った光景に息を呑む。
それは、窓から差し込む陽の光を浴びて輝く髪の持ち主が、私の手を握り、寝台に突っ伏して眠っていたから。
「……ルシアン様」
ほんの小さく呟いたつもりだった。
だけど、私が名前を呼んだその人は、ハッと目を見開いて……。
「……エメ?」
その声と視線を受け、耐えきれなくなった私は、握られていた手をもう一方の手で包むように握り、とめどなく溢れる涙をそのままに口を開いた。
「ルシアン様、ご無事だったのですね……! 本当に、良かった……」
「……エメ」
それだけ伝えるのがやっとで、みっともなくしゃくり上げて泣いてしまう私に、ルシアン様が言葉を発した。
「……こちらこそ、生きた心地がしなかった。炎の中に飛び込み、最悪の環境で魔法を行使して……、君は二週間も眠っていたんだ」
「……二週間!?」
信じられない単語が聞こえて、流れていた涙も引っ込んでしまう。
聞き返した私の声が素っ頓狂なものだったからだろう、ルシアン様は小さく笑って言った。
「あぁ。俺でさえも五日ほどしか眠っていなかったというのに、君の方こそ無理が祟ったのだろう。
……この二週間、一度も目を覚まさず眠り続ける君を見て、正直君は馬鹿だと思った。
予め契約を交わしていたのだから、俺なんかのために傷つく必要がないのにと……、俺を殺すか、あのまま見捨てさえしてくれていれば、君が苦しい思いをせずに済んだ。そう思わずにはいられなかった」
「ッ、それは」
「分かっている。そんなことを思う自分の方こそ、愚の骨頂だったと。
この二週間眠り続けてもなお、君は目を覚まして一番に俺の身を案じてくれた。そんな君とこうしていられて良かったと、今は心の底から思っている」
そこで言葉を切ると、ルシアン様もまた私の両手を自身の両手で握る。
そして……。
「俺を救ってくれてありがとう、エメ。君がいてくれて、本当によかった」
「……ッ」
ルシアン様の優しい言葉と表情、それから、包み込むように握られたその手は大きく温かくて、ルシアン様は生きているのだと改めて再確認した私は、堪えきれず涙をこぼす。
そんな私を見て、ルシアン様は困ったように言った。
「俺は君を泣かせてばかりだな。すまない」
「いえ……、いえ」
もっと他に言いたいことはたくさんあるのに、胸がいっぱいで言葉にならず、ただ首を横に振って否定することしか出来なくて。
そうして、嗚咽を漏らして泣き続ける私に、不意に頭に重みが乗って……。
「……ッ!?」
ハッと顔を上げれば、頭に乗ったのがルシアン様の手だということに気が付き……、思わずルシアン様を凝視してしまえば、ルシアン様は恐る恐るといったふうに口にした。
「……泣き止んだ、か?」
「え?」
「こうすれば、泣き止むと思って」
そう言って、私の頭をぎこちなく撫でる。
それがなんだか、心地良くもこそばゆくも感じて……。
「……ふふっ」
「!」
思わず笑みを溢し、目を瞠るルシアン様に向かって心からの笑みを浮かべ、噛み締めるように言葉を紡いだ。
「ありがとうございます、ルシアン様」




