譲れない想い
氷の膜で出来た盾を纏っていても息苦しいほどの猛烈な熱さと、一歩踏み出すのがやっとなほどの強い熱風が私を襲う。
(この中に、ルシアン様が……!)
早く見つけて差し上げなければ、とひたすら炎の中で目を庇いながら注意深く観察し、一歩一歩踏みしめるようにして歩いていた、その時。
「ッ、ルシアン様……!!」
少しの空間がある火柱の中心と思われる場所に、その場に立っているルシアン様の姿があった。
私は慌てて駆け寄り、俯いているルシアン様の顔を覗き込むと、印象的な紅の双眸は固く閉じられて見えなくなっていた。
「ルシアン様! ルシアン様、目を開けてください! 聞こえますか!?」
私はルシアン様の両頬に手を添えると、半ば叫ぶようにルシアン様の名前を呼ぶ。
声をかけながら、その瞳が開かれるのを祈りながら待っていると。
「……エ、メ……?」
「ッ……」
(生きている……!!)
無事が確認できてほんの少し安堵したけれど、このままでは間違いなく死んでしまう。
『ゆくゆくは我が身を燃やして命を落とすと言われている』
確かにルシアン様は、契約結婚を持ちかけられた時にそう仰っていた。
だから私は、今自分に出来る最善を考え、行動する。
「そうです、エメです! 助けに参りました!」
「たす、けに……?」
「はい! 少し失礼いたしますね……!」
私は意を決して、ルシアン様の軍服に手をかけた。
そして、その上着のボタンを一つずつ外しにかかる。
「な、にを……」
「この方が、お助けできるかもと思うので……ッ、辛抱していてくださいね」
そう口にしながらも、情けないことに手が震えてしまい、一つボタンを外すごとに時間がかかってしまう。
(早く……、早くしないと、ルシアン様が助からない……!)
私の魔力も、炎の中では分が悪く、尋常じゃないほどの負荷がかかる。
焦りだけが募るばかりで、ようやくルシアン様の上着のボタンを全て外し終えた、その時。
「……もう、良い」
「!」
ルシアン様に不意に手を取られ、驚く私に、ルシアン様は至近距離でじっと私の瞳を見つめて言った。
「契約、内容を、覚えているだろう?」
「……ッ」
契約内容。
その言葉に戦慄する私とは裏腹に、ルシアン様は私の手を導くように“何か”に触れさせた。
それは紛れもない、ルシアン様が普段持ち歩いている剣だということは見なくても分かる。
そして。
「俺を、殺せ」
「〜〜〜ッ」
声にならない悲鳴が、私の口から飛び出る。
そんな私に、ルシアン様は小さく笑った。
「君は、こんな時でも、面白いな。
君になら殺されても良い、と思えるくらいには、君のことを、好ましく思っている」
「……ッ」
(やっぱり、ルシアン様は)
「……です」
「え……?」
私はルシアン様に向かって、今度ははっきりとした口調で怒鳴った。
「そんな言葉は聞きたくないです! 全然、嬉しくない……」
「……どうして、君が泣く」
「……ッ」
私の頬に、ルシアン様の手が触れる。
私はギュッと唇を噛みしめると、私の揺るがない意志を伝えるために、瞳を逸らすことなく思いの丈をぶつけた。
「何度でもお伝えいたします。私は、貴方を殺しません。必ず、お助けします。
だからどうか、生きることを諦めないで。私を、信じてください」
「……エメ」
ルシアン様が私の名前を呼ぶ。
これ以上は時間がない、と私は黙って視線を下にずらし、今度はルシアン様の着ている服のシャツのボタンを外していく。
口にしたことで自分の意志を再確認出来たのが良かったのか、手の震えは止まり、自分でも驚くほど早くシャツのボタンを全て外すことが出来て……。
「……ッ」
ルシアン様の上半身がシャツから覗いたことに一瞬心臓がドキリと高鳴ったものの、意を決してルシアン様の首に手を回し、上半身が密着するように抱きつく。
そして、恥ずかしさよりも助けたい一心で、ルシアン様にこの想いが伝わりますように、と祈るように叫んだ。
「ルシアン様、私の魔法です! 気持ち良いでしょう!?」
私は、思い出した……、というよりも忘れられずにいた。
ルシアン様と正式に契約結婚を結んだ日、ルシアン様と握手した際に言われたことを。
『君の手は冷たいのだと思って』
『気持ち良いと感じた』
ルシアン様は無意識にそう言っていた。
その後、気持ち悪い発言をしてしまったと訂正していたけれど、私もルシアン様と手を重ねた時、同じことを思ったこともあり気が付いたのだ。
もしかしたら、私達は対極の魔法同士、相性が良いのかもしれない、と。
(今私に出来ることは、これが最善の選択。どうか、ルシアン様の魔力が治まって……!)
そう願いながら、再度抱き締める腕に力を込めたけれど。
「……りない」
「え?」
ルシアン様が何かを呟いた。
でもそれを上手く聞き取れなくて、反射的にルシアン様を見上げた私は息を呑む。
「……ルシアン、さま……?」
ルシアン様は、今までに見たことのない表情をされていた。
熱に浮かされ、意識が朦朧としているのか、潤んだ瞳は、まるで吸い込まれてしまいそうな色を湛えていて……。
思わず息をするのも忘れて見入ってしまった私をよそに、ルシアン様は掠れるような、何かを渇望するような切実な声音で呟いた。
「全然、足りない。もっと……、もっと、君が欲しい」
「え……、ッ!?」
刹那、ルシアン様の端正な顔が近付いて……、唇に、柔らかくて熱い“何か”が触れた。




