諦めない、諦めたくない
―――ドンドンドンドンッ
という、何度も力強く扉を叩く大きな音で目が覚めた。
(なに……!?)
只事ではないことが起こっているのだと直感した私の耳に、扉の外から声が届く。
「申し訳ございません、エメ様! ルシアン様が……!」
「……ッ!」
普段冷静な侍女のアンナの口から切羽詰まった声音で紡がれたルシアン様という名前に、迷いなく部屋の扉を開けると、アンナは青ざめた顔で言葉を発した。
「ルシアン様が、魔力暴走を起こされました……!」
その言葉に、全身から血の気が引いていくのが分かる。
だけど、今は呆然と立ち尽くしている場合ではない。
「ッ、案内をお願い!」
「はい! こらちです!」
アンナの誘導の下、長い廊下をただひたすら走る。
(ルシアン様……!!!)
ただ祈るように走り続け、屋敷を出てやがてアンナに導かれてたどり着いた先は、足を踏み入れたことのない石造りの牢屋塔だった。
「ルシアン様はこの塔の中にいらっしゃいます!!」
アンナの言葉に驚きながらも、螺旋状に続く石作りの階段をただひたすら駆け上がる。
そして……。
「ッ、ルシアン様!!!」
塔の上階にあたる部屋の中に飛び込んだ私が目にしたのは、音を立てながら燃え盛る火柱だった。
その勢いは凄まじく、一歩踏み込んだだけで全身が焼かれるような熱さを感じる。
(まさか、ルシアン様はあの中に……!?)
「……助けなきゃ」
さらに一歩火柱に向かって踏み出そうとしたところで手を取られる。
後ろを振り返れば、手首を掴んでいたのはルシアン様のお母様である夫人だった。
「何をするおつもりですか」
「助けるんです!」
「なりません」
「なぜですか!?」
焦る私とは裏腹に、夫人は冷静だった。
夫人は私の後ろで燃え盛る炎に目をやると、首を横に振り言った。
「もう、ルシアンは助かりません」
「ッ、どうしてそんなことが分かるのですか!?」
「助かる見込みがないのです!」
「!!」
夫人は強い口調で言い放った。
その瞳は、初めてお会いした時と同様に、私の瞳には酷く傷ついているように見えて……。
そんな夫人の後ろから口を開いたのは、ルシアン様のお父様である前辺境伯様だった。
「……私も、残念ながら同意だ。
もし貴女まで巻き込まれたら、それこそルシアンが傷つく。
……こうならないよう、尽力したつもりだったのだが。貴女のことも巻き込んでしまって申し訳なかった」
そう言って頭を下げられた私は、今度こそ立ち尽くした。
(こんな……、こんなことって)
「……です」
「え?」
前辺境伯様が顔を上げる。
そのお顔がルシアン様を彷彿とさせ、同じ色の瞳と目が合った瞬間、耐えきれなかった想いが瞳と口から溢れ出した。
「嫌です!! 私は……っ、私は! ルシアン様とこれでお別れなんて嫌です!!」
ルシアン様は十年前、私を助けてくださった。
その恩返しのために契約結婚を受け入れた。
契約結婚期間中に何とか恩返しが出来たらと思ったけれど、まだ何の恩返しもできていない。
それどころか、ルシアン様と過ごす時間の中で、私は、たくさん抱えきれないくらいの想いをもらってばかりだ。
(考えて、考えるのよ、私! ルシアン様をお助けする方法を……!)
書物には何と書かれていた?
ルシアン様はどのように過ごされていた?
何を言っていた?
何か、何かヒントに繋がるものが……。
「……あ」
不意に、ルシアン様が無意識に口走っていた言葉が思い起こされる。
今でもその光景を、触れ合った体温を思い出せるような、そんな忘れようもない強い印象を受けた言葉を。
「……ッ」
「エメ様!?」
緩んでいた夫人の手から逃れるようにして、私は一目散に駆け出す。
そこにあったのは、水瓶だった。私は水瓶に水が入っていることを確認し、そして……。
―――バシャッ
何の躊躇いもなく頭から水を被った。
そんな私の行動に驚いたのと同時に、今から私が何をやろうとしているかに気が付いたのだろうご両親様とアンナが、静止の声を上げた。
「無茶だ!」
「そうよ! エメ様、それでは貴女が……!」
「エメ様!!」
私はそんな三人の誰よりも火柱から近い場所で、努めて明るく笑ってみせた。
「大丈夫です! 私はこれでも、氷の魔法使いですから。
……ご両親様も、行き遅れの私に結婚を打診したのは、この時のためですよね?」
「「ッ……」」
「責めているのではありません。むしろ、感謝しているのです。
……こんな私でも、ルシアン様のお役に立てることがあるのだって。
だから、絶対にそのご期待に応えてみせます!
そして、どうか祈っていてください、ルシアン様のご無事を。
私が必ず、お救いいたします!!」
「「「エメさん/エメ様!!」」」
私はもう一度笑みを浮かべると、深呼吸をし……、そして。
「“盾となれ”」
そう口にした刹那、被った水が薄い氷の膜となり、私の身体を包み込む。
その氷の盾を身に纏った私は、迷うことなく火柱の中に足を踏み入れた。




