思いやりと冗談
謝意を示すという言葉通り、頭を下げたルシアン様に対し、私は慌てて恐れ多いことだと首を振ろうとしたけれど……、辺境伯家当主として伝えてくださった謝意を無碍にすることは失礼に値すると思い、私もまた頭を下げながら誠意を以て返す。
「こちらこそ、もったいないお言葉をありがとうございます。ルシアン様にそう仰っていただけたこと、これ以上ない誉です」
私の言葉に、ルシアン様は困ったように笑って言った。
「それにしても、君はあまり己の凄さを自覚していないようだが、俺としては今でも驚いている。まさか、竜と話せる者がいるとは思わなかったからな」
そう感心したように言うルシアン様に対し、私は苦笑いを浮かべた。
幼い頃、敷地内に迷い込んできた子竜と初めて出会った時から、私は竜と会話することが出来た。
その時は皆が竜と話せると思っていたけれど、竜と話せることをお父様とお姉様に伝えたところ、お父様方からそれが当たり前ではないことを教えられ、また、人には絶対に言わないよう言い聞かされたのだ。
「事前にお話しせず申し訳ございません」
「いや、賢明な判断だ。これからも隠した方が良い。間違いなくその能力は特別なものだ」
「ルシアン様もそう思われますか?」
「あぁ。竜と話せる人間がいるという話は聞いたことがない。……今日だって、もし君がいなければ、棲家に帰るよう誘導するか、牙を向くことがあれば威嚇しただろう。それが俺達辺境伯家の仕事だからな」
竜が助けを求めてきた時に言っていた、人間と竜の間で結ばれたという“不可侵条約”。
どういうふうに取り決められたのか、はたまた神様の思し召しなのかは分からないけれど、竜と人間はその一線を越えないよう過ごし、万が一互いの領土に侵入した場合は互いに警告を行うことになっている。
(その筆頭に立つのが、炎属性はフラム家、氷属性は私の実家であるグラス家なのよね)
「しかも、話せるだけでも驚くべきことだというのに、まさか、竜の背に乗り、密猟者を捕らえに行くことになるとは。ちなみに、竜の背に乗ったことは過去にもあるのか?」
「は、はい。数える程度ではありますが……」
ここまで言ったら隠し事をする必要はないと判断し、恐る恐る口にした私に、ルシアン様は感嘆する。
「凄いな。ただでさえ竜は警戒心が強いというのに」
「そうなんですね……」
改めて、なぜ私が竜と意思疎通を図れるのかを疑問に思ってしまうけれど……。
「俺から言い出したことだとはいえ、そんなに難しい顔をしてまで今考え込むことではない。
疲れただろうから、今度こそゆっくり寝台で休むと良い」
「ルシアン様は」
「え?」
咄嗟に尋ねた私に、ルシアン様は少し考え込むような顔をした後……。
「……それは、こちらで寝るかを聞いているのか?」
「え……」
ルシアン様がじっと私を見つめている。
間違いなく先ほどとは違う空気が私達の間に流れて……、そこでようやくハッと我に返り、誤解を解こうと発言を訂正する。
「ち、ちちち違います!! わ、私はただ、ルシアン様がいつお休みを取られるのか気になっただけで……、ルシアン様?」
訂正しようと躍起になっていた私だったけれど、ルシアン様が黙り込み、顔を伏せてしまったためよく観察してみると、ルシアン様の肩が小刻みに震えていることに気が付く。
「……からかいましたね?」
「ッ、すまない。そこまで慌てるとは、思わなくて」
「そういうのは良くないと思います」
「本当にすまない」
そう謝罪しながら顔を上げたルシアン様は、とても謝っているとは思えない笑みを浮かべていたけれど、すぐに言葉を続けた。
「まだやることがあるから俺は当分休めそうにないが、君は魔法を使って間違いなく身体に負担がかかっているだろうから、寝台を使ってゆっくり休んでくれ」
それを言うのなら、前辺境伯様様と決闘されていたルシアン様も相当な魔力を使っていた。
私としては、そんなルシアン様に一刻も早く休んでほしいところだけど、ルシアン様はやるべきことがあると言った。だから、別の言葉を口にする。
「……無理は、しないでくださいね?」
ルシアン様は目を丸くした後、やがて柔らかく微笑んだ。
「あぁ、ありがとう」
そう言って立ち上がると、踵を返そうとして立ち止まり、こちらを振り返って言った。
「抱き上げて運ばなくて平気か?」
「へ……?」
咄嗟のことでルシアン様の言葉を上手く呑み込めなかった私に、ルシアン様が両手で持ち上げる素振りをする。
それにより、先ほど私が寝落ちてしまった時に、私を寝台まで運ぼうと横抱きにしてくださったことが思い起こされた。
「〜〜〜ッ!? 大丈夫です! 自分で向かえます!!」
「そうか。それなら、おやすみ」
「お、おやすみなさいませ……」
ルシアン様は今度こそ、部屋を後にして行った。
「ッ〜〜〜!?」
私は声にならない悲鳴を上げながら、誰もいないのを良いことに、小走りで寝台に向かい、勢いよく倒れ込むように寝転がって両頬を押さえた。
「い、今の、何だったの……!? ルシアン様が、あんな冗談を言うなんて……」
ドキドキ、と脈打つ鼓動が速い。
(本当)
「ルシアン様って、心臓に悪い…………」
今日は眠れるだろうか。
いえ、私のことよりも、ルシアン様はいつお休みになるのだろうか。
(どうか、ルシアン様がご体調を崩されませんように)
明らかに疲労が色濃く滲んでいたルシアン様のお顔を思い出し、祈りながら目を瞑った私だったけど……、そんな祈りが通じることなく、最悪の形でルシアン様を苦しめることになるとは、この時の私はまだ思いもしていなかった。




