契約妻の大仕事
「あわわわわわ……」
色々な感情がないまぜになって襲ってくる感覚に身悶え、口にした私に対し、ルシアン様はフッと笑って言った。
「なんだ、その声は」
「ふ、不可抗力です!!」
(だって決闘からのこんな展開になるなんて思わないもの……!)
決闘中に竜が現れ、重罪を犯した人間に鉄槌を下すために背中に乗り一緒に来てほしいと言われた私は、ルシアン様と共に前辺境伯夫妻に簡単に説明し、反対の声を振り切って竜の背中に乗せてもらい、そして……。
「まさかこんなことになるとは思わなかったな」
そう口にした吐息が、私のお腹に回った腕が、背中が、ルシアン様と触れている箇所が熱くなり、私も内心悲鳴を上げて全面同意する。
(全くもってその通りです!! だからお願いしますそんなに近くで喋らないでください身が持ちません……!)
『竜の背に乗り空を飛ぶのは一人では危ないから』とルシアン様が申し出たことにより、竜から二人乗りの許可を得た私とルシアン様は、背中に乗って犯人がいるところまで案内してもらっている。
「なぜ君が竜と話せるのか、警戒心の強い竜の背に乗れているのか。聞きたいことは山ほどあるが、今は緊急事態のため本題に移ろう。
子竜を盗まれた当時の状況について、竜から聞いた話を教えてもらえるか?」
ルシアン様の冷静な声音に、私は居住まいを正してから「はい」と頷き、言葉を続ける。
「竜は産卵時期でもあるため、棲家である洞窟で卵を温めていたそうです。ですが、領地に侵入者が多数現れたことを察知し警戒していたところ、まだ生後間もない子竜を攫われてしまったとのことです」
「……姑息だな」
「はい……。子竜の大きさは私の背丈ほど、犯人の居場所も突き止められているものの、自ら手を下してしまえば人間を殺してしまうかもしれない。そうなれば、人間と全面戦争となってしまう恐れがあるから代わりに裁きを与えてほしいとのことです」
竜から聞いた情報を頭の中で整理しながら説明する私に、ルシアン様は「そうか」と言った後口にした。
「ありがとう。君には後で改めて感謝を伝えさせてほしい」
「……!」
(ルシアン様のお役に立てた……。いいえ、喜んでいる場合ではないわ。絶対に子竜を無事に保護し、犯人を捕まえなければ)
そう心の中で決意し、ギュッと竜の首にしがみついた。
「ルシアン様、あの建物です」
「……周囲を木々で囲まれているな」
ルシアン様は眉を顰め、舌打ちをする。
ルシアン様の魔法は火属性のため、森の中に隠れるようにして佇む掘立小屋とは相性が悪い。
森に引火して仕舞えば大規模な火事になりかねないからだ。
「とりあえず、竜の背から降りよう」
「……その前にルシアン様、もしよろしければここは私にお任せいただけませんか?」
「君が?」
「はい。私は氷属性の魔法使いですので、この場所においては多少有利になるかと」
私の提案に、ルシアン様は「しかし」と困惑したように言った。
「気温の高いフラムの地で対極の魔法である氷属性魔法を行使するのは、君にとって大きな負担になるはずだ」
ルシアン様の言う通り、魔法を行使するのには環境も関係してくる。温暖なフラムの地で氷属性の魔法を発動するには、それこそ相性が悪く、身体にも負荷がかかる。
だけど、指摘してくださったルシアン様の声音から気遣いを感じ取れて、心がじんわりと温かくなる。
だから私は、心からの笑みを浮かべて言った。
「大丈夫です。私、これでも学園での成績は優秀な方だったので、魔法についてはかなり自信があります。それに……」
私はこちらを見つめている竜を見回して言った。
「なんとしてでも助けてあげたいのです」
それが私の……、竜と言葉を交わせる者として生まれた私に出来ることだから。
そんな私の言葉に、ルシアン様は「そうか」と口にしてから言った。
「君の信念は伝わった。ただし、俺の立場としては君も守るべき対象に入っている。そのため、まずは君の考えている策を俺に教えてほしい。
それから判断させてもらいたい」
「……! はい!」
私は大きく頷き、ご許可をいただくべく口を開いた。
そして、無事にルシアン様からご許可を得た私は、小屋の扉の前に立った。
「……さて」
緊張から震えそうになる手をギュッと握り、鼓舞するためにあえて小さく口に出す。
「作戦開始です」
そう呟くと、意を決して小屋の扉を控えめにノックする。
すると、ガチャリと扉が開き、中から出てきたのは私よりもはるかに大きい屈強な男性だった。
その男性はお酒の香りをさせながら、私を上から下まで値踏みするような視線を向け、やがて下卑た笑みを浮かべて口を開いた。
「こんな時間に何か用か? お嬢ちゃん」
その言葉に、私は作戦通りの演技を開始する。
「突然すみません。竜を一目見たくて森に入ったら道に迷ってしまって。もうすぐ日が暮れそうなので、一晩泊めて頂けないでしょうか……?」
上目遣いで困った顔を浮かべれば、その男はニヤリと口角を上げて言う。
「良いぜ。入りな。ついでに良いモン見せてやるよ」
「良いもの……?」
「おいおい、やめとけよ」
私達の間に割り込んできたのは、別の男性だった。
そして、その後ろからまた別の男性がどうしたどうしたとやってきて……、あっという間に私そっちのけで口論を始める。
(四、五、六……、これで全員かしら。あいにく、貴方方の茶番に付き合っている暇はないわ)
私は気付かれないように深呼吸をし……。
「“凍れ”」
そう強い言葉で唱えた。すると……。
「なんだ……!?」
「身体が、動かない……!!」
私の呪文に反応して、六人の男性はあっという間に私の魔法で出現した氷によって身動きを封じ込められた。
正確に言えば、彼らが魔法を使えないように手を覆い、逃げられないように足も覆う、断片的な氷魔法だ。
私は息を吐くと、にっこりと笑って言った。
「私の作戦は終了です。後のことはお任せいたします、ルシアン様」
そう口にして振り返れば、見えないところで控えてくれていたルシアン様は既にそこにいて。
「……凄いな。ありがとう、エメ」
ポン、と肩に載ったルシアン様の大きな手に、緊張が安堵へと変わったのだった。




