予期せぬ事態
決闘。
学園の試験で行うこともあったそれは、互いの同意を得て正式な場で戦い、勝敗を決めること。
魔法石を用いた魔道具の使用は禁止だけれど、自らの魔法をその場で付与した武器の使用は可能。
ただし、今回の場合は……。
(勝者は敗者の言うことを聞く。つまり、前辺境伯様にルシアン様が負けてしまうと、ルシアン様は辺境伯の座を前辺境伯様に返還しなければならない……)
そんなことを考えている間にも、互いに武器である炎を纏った剣を手に、お二人の戦いは続いていて……。
(……凄い。ルシアン様の魔法も前辺境伯様の魔法も、遠くから離れて見ているというのに、肌が焼けるような熱さを感じる……!)
ルシアン様の剣から放たれる凄まじい威力の炎の竜巻。それを前辺境伯様は打ち消すように無数の炎の玉を繰り出し、竜巻を消滅させる。
ルシアン様が強力な魔法を使う一方、前辺境伯様はルシアン様が繰り出す魔法を見極め、一つ一つの魔法を緻密にコントロールしているように見て取れて……。
「貴女は、どちらが勝つと思う?」
「えっ」
不意に尋ねられて小さく声を上げれば、夫人は彼らに視線を向けたまま言った。
「私は、夫だと思うわ。今のルシアンでは、夫には敵わない」
「……ッ」
夫人の言葉に息を呑む。私も言葉を返そうと、少し間を置いてから口を開きかけたけれど……。
『……許さない……』
不意に、脳裏に響くような特徴的な声が耳に届く。
「ッ、この声……、まさか!」
聞こえてきた声に反応し、空を見渡しながら遠くの空に目を凝らす。
「エメさん?」
そんな私の様子に、夫人は困惑したように名前を呼んだけれど、空から視線を逸らさずにその声の主を探して……、肉眼で捉えた瞬間に決闘中のお二人にも聞こえるように声を張り上げた。
「南東方向に火竜を確認!! こちらへ向かってきます!!」
「火竜ですって!?」
私の声の後に続いた夫人の大きな声に、ルシアン様と前辺境伯様も決闘を中断し、私が指差した方角に目を向ける。
そして、動き出そうとした彼らを見て、私は言葉を発した。
「火竜は私にお任せください! 手出しはしないようお願いいたします!」
「エメさん!?」
「エメ様!」
夫人とアンナの声を背に、私は闘技場の階段を駆け上がる。
(出来るだけ高い場所……、あそこね! そこに行けば、竜が私の存在に気付いてくれるかも!)
私は階段を駆け上がると、一番高い場所を目指し塀をよじ登る。
「何をしているんだ、エメ! 降りろ!!」
ルシアン様の怒声に近い大きな声は、私の身を案じてのことだと感じ嬉しさを覚えながらも、そんなルシアン様に向かって言葉を発した。
「大丈夫です! 竜の相手は、私も慣れておりますので!」
「は……!?」
ルシアン様の驚愕に見開いた瞳に向かって頷くと、今度こそ振り返ることなく、心許ない幅しかない塀の上で手を広げ、優しく歌うように語りかけた。
「誇り高き竜よ。どうか落ち着いて。私に話を聞かせてください」
私の言葉に導かれるように、私目掛けて火竜が飛んでくる。
その大きさは、建物の二階ほどの高さのある大きな竜で……。
「エメ!!」
咄嗟に私を庇おうと、物凄い速さで駆け寄ってきたルシアン様が炎の魔法を竜目掛けて繰り出した。
その魔法を、私は咄嗟に氷の壁で防いで口にした。
「ありがとうございます! ご心配には及びませんので、少々お待ちください!!」
「ご心配に及ばないわけがないだろう!? なぜこんなことをする!」
「大丈夫です!!」
私は出現させた氷の壁越しにルシアン様を振り返ると、にっこりと笑って言った。
「私を信じてください」
「……ッ」
ルシアン様が目を見開く。
私はこちらに飛んできた火竜と対峙し、じっと真っ赤な炎の色を宿したその瞳を見つめた。
(綺麗な色……)
説得することを忘れ、思わずそんなことを考えてしまう私に、火竜は僅かに目を見開いた。
『……お前は……、いや、今はそんなことを言っている場合ではない。氷使いの娘よ、我の話が分かるお前に忠告しよう』
そう言うと、火竜は怒気を強めながら口にした。
『お前達人間は、我々の逆鱗に触れた。よって、お前達には我々に代わり、愚かな人間共に相応の報いを払う権利を与える』
愚かな人間共に相応の報いを払う権利。
その言葉に事態が飲み込めず、後ろにいるルシアン様にも伝わるよう整理しながら問い返す。
「竜である貴方達を怒らせてしまったことは理解できましたが、何が原因となってしまったのか、その理由を教えていただけますか?」
『まだ生まれたての我が子を盗んだ。人間との間に結ばれているはずの“絶対不可侵”のみならず、盗みまで犯した重罪人を生かしてはおけぬ』
「竜の子の密猟!? なんてひどい……」
思わず絶句してしまう私に、竜は不意に背を向けたかと思うと……。
『乗れ』
「……えっ?」
『お前ならば、背を預けることを許そう』
「……えっ!?」
思いも寄らない言葉に思わず声を上げてしまう私に、ルシアン様が尋ねる。
「……竜はなんと言っている?」
「……私に乗れ、と」
素直にそう口にすれば、ルシアン様は瞠目した後、私の後ろにいる竜に向かって言葉を発した。
「それならば、辺境伯である俺にも責務がある。彼女と共に乗せてくれ」
「…………え"っ!?!?」




