心臓に悪すぎる夜
「……それで、常に監視されていただけで特に口出しもされなかったと」
「はい……」
皆が寝静まった頃、共同の寝室でルシアン様と二人きりという昨晩と同じ状況にドキドキとしながらも、ルシアン様に今日あったことを報告すれば、ルシアン様は目頭を抑えた。
「本当、何を考えているんだかさっぱりだな……」
「親子でも分からないものなんですね」
思わず口にした言葉に、ルシアン様の瞳がこちらを向く。
私はハッとし、慌てて言った。
「いや、私は家族から常に何を考えているか分かりやすいと言われて育ったもので……!」
「君の場合は家族に限らず誰がどう見ても分かりやすすぎるがな」
「なっ!?」
それはどういう意味か、問いただそうとするより先に、ルシアン様は「それはともかく」と私に抗議させることなく言葉を発した。
「難癖をつけられないのなら尚更、開き直って普段通り過ごせば良い。何を考えているか分からない以上、対処の仕様もない。君があれやこれや考えすぎて胃を痛めるだけ時間と労力の無駄だ」
「ど、どうして分かったんですか!? 胃を痛めているって」
「勘だ。何でも自分の中で抱え込みそうな性格をしているからな、君は」
「…………」
(やっぱり私って分かりやすいのかしら……)
それは淑女としてどうなんだろうか。
人前ではあまり顔に出さないよう心がけているつもりなのだけれど、と本気で落ち込む私に、ルシアン様は「だから」と呆れたように言った。
「考え込んだところで意味がない。君の取り柄は常に前向き且つ正攻法だろう? 俺もついているんだし、堂々としていれば良い」
「……!」
『俺もついている』
その言葉に、強く背中を押されたような気がして……。
「……はい、そうですね! ルシアン様がいらっしゃれば百人、いえ、千人力です!」
そう両手の拳を握りしめて自然と込み上げてきた笑みを湛えれば、ルシアン様は少し目を丸くした後、ふいと視線を逸らし、立ち上がって言った。
「小っ恥ずかしいことを言っていないで早く寝ろ。疲れて倒れられでもしたら困る」
「ふふ、心配してくださってありがとうございます」
ルシアン様の不器用な優しさを感じて笑みを溢せば、ルシアン様は「な!?」と素っ頓狂な声をあげてから、少し怒ったように言った。
「良いから早く寝ろ。……それから、今日は俺もこの部屋で寝ようと思う」
「……え!?」
思わず声をあげた私に、ルシアン様は慌てる。
「待て、誤解しないでくれ。何もしない。ただ、俺がこの長椅子で寝るだけだ」
「え、え、え……!? あ、え、そ、そもそもなぜこちらのお部屋を!?」
こちらへ嫁いできたばかりの頃こそ、このお部屋のベッドを使って一人寝たことがあるものの、まさか今夜はルシアン様と同じお部屋で寝ることになるなんて……。
突然のことに動揺を隠せないまま質問した私に、ルシアン様は明後日の方を向いて口にする。
「……俺達は契約結婚ではあるが夫婦だ。両親の目を欺くためにも、共同の寝室を使うこともあると思わせた方が良いだろう。普段は俺が忙しいことを口実に自室のベッドを使っているということにするから、今夜一晩だけ我慢してもらえないか?」
確かに、ルシアン様の言う通り、夫婦だというのに共同の寝室を使っていないのは不自然だ。
ましてや、私達は新婚夫婦という立場なのだから……。
「……分かりました」
私は頷くと、ですが、とすぐ付け加えた。
「ルシアン様がベッドをお使いください。私が長椅子で寝ます!」
「は!? いや、女性である君を長椅子で寝かせておいて俺がベッドで寝られるわけがないだろう!」
「それはこちらの台詞です! このお屋敷の主人はルシアン様なのですから、ルシアン様を差し置いて私がベッドで寝られるはずがありません!」
「それならなおさら、ここは俺の言う通りにおとなしくベッドで寝てくれ!」
(あぁ、もう埒が明かないわ!)
ルシアン様が女性に対し、律儀で優しすぎることにときめきを覚えながらも、ここは譲れないと私が出した結論は。
「でしたら、もう一緒にベッドで寝ましょう!!」
「…………は?」
(ね、寝られない……)
本日……、いえ、もう日付が変わっているけれど、二度目の後悔の念に苛まれながら、横たわっている身体を丸めて小さく息を吐く。
「……眠れないのか?」
「!?」
薄暗がりの中、同じベッドで既に寝ていたはずのルシアン様の声が後ろから聞こえてきたことで、大きく心臓が高鳴り、鼓動が速さを増す。
下手をしたらルシアン様に伝わってしまうのではないかと思うくらいの鼓動の騒がしさに、どうか気付かれませんようにと願いながら、そっと言葉を返す。
「ルシアン様こそ。お眠りになっていらっしゃらなかったのですね?」
「……今、起きたばかりだ」
「どちらにせよ寝付けていらっしゃらないということですよね……。ごめんなさい」
「なぜ君が謝る」
「私がこんな提案をしたばかりに、余計にお疲れが取れないのではないかと思って……。やっぱり私、長椅子で寝ますね」
そう言って立ちあがろうとした私だったけれど……。
「行くな」
「!」
不意に、パシッと腕を取られる。
驚き振り返った私の目に飛び込んできたのは、私の手を握り見上げているルシアン様のお姿だった。
「……ッ」
(め、目のやり場に困る……!)
薄暗がりの中でも見える、ルシアン様のはだけたシャツから覗いた胸元を見た瞬間、まるでいけないものでも見てしまったかのようにカッと頬が熱くなる。
そんな私をよそに、繋がれた手に視線を向けたルシアン様は……。
「……君の隣は、酷く、居心地が良い……」
「……ルシアン様?」
次の瞬間、ルシアン様の手が力無く離れ、そのままベッドに倒れ込んだ。
「ルシアン様!?」
大変! と、慌ててルシアン様の顔を覗き込むと……。
「……寝ている?」
ルシアン様の口から、規則正しい寝息が聞こえてきた。
「……嘘、でしょう?」
あれだけ会話が出来ていたというのに、ルシアン様の中では全部、夢現の出来事で……。
「〜〜〜ッ」
(こ、こんな状況で眠れるわけがないわ!?)
と、一人その場でうずくまり、身悶えるのだった。




