お役に立ちたい
「勝手をいたしまして、申し訳ございませんでした」
前辺境伯ご夫妻に部屋を案内した私は、ルシアン様の元を訪れると頭を下げて謝罪した。
「なぜわざわざ面倒事を引き受けた」
ルシアン様にいつもより低い声音で尋ねられ、自身の思いを包み隠すことなく口にした。
「そのままお帰りいただくのは、私としては違うと思いましたので」
「何が違うんだ? 俺達の仲についてバレるリスクだって高まるんだぞ。そうなれば、どっちみち離婚させられると言うのに」
「分かっております。ですが、やはり私は、多少のリスクを冒してでもルシアン様のご両親様に認めていただきたいと思ったのです」
「……君が辺境伯夫人であるということをか?」
「いえ、ルシアン様が辺境伯という立場に相応しいお方であることをです」
私の言葉に、それまで険しい顔をしていたルシアン様の顔が驚きの色に染まる。
「もちろん、私自身を認めていただくためにも手を抜くことはいたしません。
ですのでルシアン様も、逃げ腰になる必要は何一つないのです」
「逃げ腰になどなっていない」
「ルシアン様はお二人から目を背け、ご帰宅を促されておりました。それは、結果的に逃げ腰になっていると私は思います」
「……喧嘩を売っているのか?」
ルシアン様の声に怒気が孕み、部屋の中の温度が下がったようにさえ感じる。
それでも私は、ルシアン様から目を背けることなく口にした。
「喧嘩を売っているのではなく、私と共に向き合ってほしいのです。ルシアン様はフラム領の辺境伯として、私はルシアン様の妻として。ご両親様に認めていただくことが出来てこそ、私は胸を張ってこの場所にいられると思うのです」
「…………」
「そもそも、今朝まで作戦会議をしたのは、ご両親様に認めていただくための“作戦”を立てたのですよね? 逃げるのは簡単ですが、ご両親様と向き合わなければ不戦勝となります」
私の言葉に、ルシアン様の眉が動く。
(……さすがにこれは、気分を害してしまったかしら)
それでも後には引けないと、ルシアン様の返答を待っていると。
「……分かった」
「!」
ルシアン様は立ち上がると、私の前まで歩み寄ってくる。
そして、私を見下ろすようにして言った。
「君がそこまで言うのなら、両親のことは君に任せよう。ただし、失敗したら責任は全て君に取ってもらう」
「責、任……」
「それでも君は引き受けると言うのか?」
ルシアン様の言葉に、ギュッと拳を握ると、力強く頷いた。
「望むところです! ルシアン様のお役に立てるよう、頑張ります!」
ルシアン様はなぜか目を見開き、何度か口を開きかけていたけれど、その口から言葉が発されることはなかったため、代わりに私から口にした。
「では早速、ご両親様の元へ行って参ります! 失礼致します」
そう言って淑女の礼をすると、踵を返してから頭の中で作戦を思い起こすのだった。
ルシアン様のご両親様は悪い方々には見えない。
それから、突然の来訪には何か意味があるのではないか。
直感でそう思った私は、ルシアン様の反対を押し切り、自らの行動でお二人の真意を探ろうとしているのだけれど……。
(あああやっぱり私には無理だったかも……)
その翌日。情けなくもほんの少し現在進行形で後悔の念に苛まれていた。
というのも、唯一取り付けられている窓の外は明るいのに、昼間でも薄暗いこの場所……日課となっている書庫室には、私とアンナ、それからルシアン様のお母様である前辺境伯夫人もいるからだ。
(まさか、前辺境伯夫人と話し合いをするでもなく、『普段の私の生活を見たい』と仰られるなんて……)
ルシアン様のお役に立てるよう頑張らなければと意気込み、再度部屋を訪れた私が前辺境伯夫人から申しつけられたのは、『普段通りの生活』だった。
その姿を見せてほしいと言われた時、私は酷く動揺してしまった。
(だって、ルシアン様と立てた“作戦”は、想定される質疑応答についての内容を考えただけだもの……!)
まさか私が屋敷で普段何をしているかを監視されるなんて……、と夫人の視線を感じながらも書物を読むことに集中していると。
「……貴女は一日中この部屋にいるの?」
「え……」
それまで本のページを捲る音だけが響いていた中で、静かに尋ねられた言葉に一瞬思考が停止する。
けれど、すぐに我に返り言葉を返す。
「いえ。ルシアン様とのお約束で“一日五時間以内”と決められているので、五時間程おります」
「ルシアンとの約束?」
「はい。お恥ずかしながら、まだこちらに嫁いできたばかりの一週間ほど、寝食を蔑ろにしてこちらに入り浸ってしまったことがありまして……、侍女のアンナやルシアン様にご心配をおかけしてしまったので、そのようになりました」
「……そう。それで、そこまで熱心になるほど貴女は何をしているの?」
夫人の言葉に私は居住まいを正し、ルシアン様と同じ紅の瞳をまっすぐと見つめて言う。
「ルシアン様の“特異体質”を治す術を探しているのです」
「……! “特異体質”について、ルシアンから聞いたの?」
「はい」
私が頷くと、夫人は驚いたように言う。
「まさか、あの子が自ら“特異体質”の話をするなんて……」
「普段は隠されていらっしゃるのですか?」
「えぇ、そのはずよ」
(それは、知らなかった)
屋敷内では皆が周知の事実のようだけど、屋敷の外では口外していないということ。
確かに、ルシアン様なら言わなそうだと納得し、私も外部に漏らさないよう気を付けなければと思っていると、夫人が私をじっと見つめたまま言った。
「……そう、貴女には告げているのね」
そう言ったきり夫人は押し黙ってしまったことで、それ以降書庫室での会話は最後まで交わされることはなかったのだった。




