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恩返しのために契約結婚したはずが、溺愛されている気がするのですが…?  作者: 心音瑠璃


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12/16

前辺境伯夫妻の訪問

「ふぅ……」


 本日何度目か分からない深呼吸を繰り返していると、隣にいたルシアン様が身を屈めて私の顔を覗き込むようにして尋ねた。


「やはり緊張しているのか?」

「それは緊張しますよ! だって、初めてルシアン様のご両親様にお会いするのですから……」


 ルシアン様は以前、婚姻の申し込みは全て前辺境伯夫妻の独断だと仰っていたけれど、書面で交わしたのみで一切お会いしたことはない。


(第一印象は大事よね。だからこそ、失敗できないわ)


 頑張らないと、と自分に言い聞かせていると、不意に私の肩にポンと手が乗る。

 え、と驚き見上げた私に、ルシアン様は視線を合わせたまま言った。


「安心しろ。前辺境伯夫妻は基本無表情だ」

「……それのどこに安心出来る要素があるのですか!? というかそれはもう少し早く言って欲しかった気もします!」

「前もって言ったら君ならより緊張するのではないか?」

「それもそうですけど、心の準備と対応についてもう少し考えることが出来たと言いますか」

「俺に対して君も言うようになったな?」


 前辺境伯夫妻のご来訪を待ちながら、ルシアン様とそんなやりとりを玄関の階段付近で繰り広げていると。


「前辺境伯夫妻がご到着されました」


 その言葉に自然と背筋が伸び、緊張が走る。


(大丈夫、平常心平常心。ルシアン様と夜通し作戦を練ったんだもの、足を引っ張らないようにしないと)


「顔が強張っているぞ」

「ひゃい!?」


 ルシアン様が耳元で何の前触れもなく囁いてきたのがくすぐったくて。

 思わず裏返りのけぞる私に、ルシアン様はクスクスと笑う。


(〜〜〜ルシアン様!!)


 絶対面白がっているわ、と思う反面、もしかしたらわざと緊張を解そうとしてくれたのかも、という考えに行きつき、結局文句を言うことはできなくて。

 一度目を閉じ深呼吸してから、ルシアン様がいるから大丈夫と自分に言い聞かせ、再び目を開ければ、正面にある大きな扉がゆっくりと開いて……。


「……!」


(この方々が、ルシアン様のご両親様……!)


 ルシアン様の美形はお二人譲りなのだと納得してしまうほどの迫力のある出立ちに、一瞬気後れしてしまいそうになる自分を叱咤し、笑みを浮かべて言葉を発する。


「ようこそお越しくださいました。お初にお目にかかります、ルシアン様の妻となりましたエメでございます。どうぞ宜しくお願い致します」


 そう淑女の礼をして挨拶をした私の横で、次はルシアン様がとんでもない言葉を口にした。


「なぜ今更いらっしゃったのですか」

「!? ルシアン様!?」


 思わずギョッとして顔を上げれば……、今までに見たことのない冷え冷えとした瞳でお二人を見つめるルシアン様の姿があった。


(ルシアン様……?)


 ルシアン様が何を考えているのか分からず凝視してしまう私に、ルシアン様のお父様にあたるはずの前辺境伯様もまた、表情一つ変えず言葉を返した。


「お前が辺境伯に相応しいかどうかを見極めにきた」

「エメ様もまた、辺境伯夫人に相応しいかどうかもね」

「……!」


(ほ、本当に無表情で会話している……)


 その冷え切ったやりとりに、どうすべきか迷っていた私の手を不意にルシアン様にとられる。

 そして、ルシアン様はご両親様に向かって言った。


「お引き取りください。貴方方に認めていただく必要はありませんので」


 そう言ってルシアン様は私の手を引き踵を返す。


「ル、ルシアン様ッ……」


 慌てて名前を呼んだけれど、こちらを見向きもしないことから、私が余計なことを言わないようにという意味の行動なのだろう。

 けれど。


「お前がその気なら、辺境伯の座を返還し、エメ嬢との婚姻は破棄してもらうぞ」


 そう言った前辺境伯様の言葉に、ルシアン様の足が止まる。

 そして、私の手を握る手が強くなったかと思うと振り返り言った。


「俺達を何だと思っているんですか! エメは道具じゃない。……ようやく貴方方から解放されると思ったのに、これ以上振り回されるのはうんざりだ。もう金輪際俺達には関わらないでください」


 その悲痛な叫びに近い怒号は、ルシアン様の本心に聞こえた。

 また、そう口にした表情も声音と同じ色を湛えていて、私は見たことのないその表情にひどく動揺した。

 けれど、そんなルシアン様の言葉に動揺したのは、私だけではないように見えて……、見て見ぬふりをすることはできなかった。


「お待ちください」

「……エメ?」


 落ち着きを払い、静止の声を上げた私に今度はルシアン様が一瞬戸惑ったような表情を浮かべたものの、すぐに険しい表情に変わる。

 その姿をじっと見つめて口を開いた。


「ルシアン様、ここはやはりお二人に認めていただくべきです」

「……何?」


 ルシアン様の声のトーンが下がる。

 包み隠さない不機嫌さをあらわにされながらも、私も私で引くことはできない、とルシアン様を見上げて力強く言った。


「ルシアン様は辺境伯として、私はルシアン様の妻として。前辺境伯夫妻でありルシアン様のご両親であるお二人に認めていただきたいです」


 私の言葉に、ルシアン様は目を丸くする。

 私は内心バクバクと心臓が早鐘を打つのを感じながら、祈るようにルシアン様を見つめた。


(ルシアン様は気付いていらっしゃらないようだけど、前辺境伯夫妻がいらっしゃったのには、私達をただ認めるだけでなく、他に何か“目的”がある気がする)


 ルシアン様と前辺境伯夫妻との間に過去に何があったのかは私には分からない。

 けれど、私の目には前辺境伯夫妻が悪い方々には見えない、そんな気がしたのだ。

 もちろん、これはただの私の直感であり願いなのかもしれない。後で必ずルシアン様には怒られるだろう。

 それでも、とルシアン様を見つめ続けていると。


「……君が言うのなら責任を持って好きにしろ」

「……!」


 そう言うや否や、ルシアン様の手がするりと離れ、遠くなっていく……背中に向かって私は声をかけた。


「ありがとうございます、好きにします!」


 私は私の、出来ることをしよう。

 一度目を閉じて自分の心を落ち着かせると……、目を開いて今度こそ、前辺境伯夫妻と向き合い言葉を発した。


「お待たせいたしました。本日から使用していただくお部屋に私がご案内させて頂きます」


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