雨に濡れて
「え……」
凛太郎の言っている「決行日」とは、恐らく怪人会がゆかりを襲撃する日のことだ。
「何……やってんのよ。どうしてそんなことしたわけ。」
私の怒りや動揺に震えた声が雨音に混ざる。
「あれ、それ言う必要ある?俺さ、エリヤちゃんの為にずーっと動いてたの。裏切り者なんだ。」
そう口にする凛太郎は、決意と諦めが混じったような悲しげな表情を浮かべていた。
「……ならどうして今、私にそれを言うのよ。決行日を把握していることがエリヤにバレたなら、怪人会の襲撃の日にちが変わる。そっちに都合のいい展開は無言で決行日をズラして、不意を突くことなんじゃないの!?」
「別に、お前に話したことで戦況が変わると思ってねーもん。襲撃は絶対に成功する。……俺が、指揮を執るからさ。」
その言葉に、目を見開く。
私はどう言ってやればいいかも分からぬまま、凛太郎に掴みかかった。
凛太郎は私の険しい顔と荒い息遣いを見ても尚、動揺するどころか安心したような顔をしている。
「いい加減にしてよ……!あんたはさ!……何でそんな嘘ばっかつくわけ……?」
威勢よく掴みかかったつもりが、言い切る前に涙が溢れてきた。
凛太郎はその様子を見て、少しだけ目を泳がせている。
「焔も立ち直った、ナギはまだ記憶を取り戻してないけど味方になってくれた……ねえ、私たちやり切ったんだよ……?後は皆でゴールテープ切るだけ!そうやって犠牲になろうとして、泣いてばっかいないでさ……!こっちに来たらいいじゃん……」
私はそう言って凛太郎に傘を差し出した。
凛太郎の顔は先程とは一変して、「最悪だ」とでも言いたげに歪んでいる。
「何よ、怒られると思った?……嫌われると思った?あんたってさ、嘘つくの下手なのよ。肝心なとこでいっつも詰めが甘いの、だからすぐ見破れる。」
「……嘘じゃねえよ。」
「じゃあ何で泣いてんの!?……ああ、そういうこと……焔が倒れた時も泣いてたのは、もうあの時点でエリヤに話してたからなんだ!」
「ちげって……お前、妄想激しすぎ。あの時はコンタクトがズレたからで……今のは雨が涙に見えてるだけ。」
私は凛太郎を無言で睨む。
凛太郎は私から目を逸らし、生気のない顔で宙を眺めていた。
「そう、ならどうして傘を差したのにまだ目から『雨』が出てきてるわけ!?」
凛太郎は大きなため息をつき、やっと私の顔を見ると……私の手から傘を奪い、2人の間に差す。
「……リリア、勘違いしてるみたいだから……俺がどんな人間か教えてやろうか。」
「……言ってみなさいよ。」
「俺さ……記憶を失ったヒーローたちがずっと、羨ましかった。」
「……!」
意外な告白に、私は思わず言葉を失う。
「いつか、リリアが救い出されることが決まってる。……ハッピーエンドを迎えられる奴ら。泥の中にいて、バッドエンドルート爆走してる俺と、あいつらは……違う。」
「違くない。あなたも一緒にハッピーエンドを迎えられる。」
言うと、凛太郎は目を細め
「……無理だよ、汚れすぎたから。」と食い気味に切り返した。
「……な?キモいしょ俺。自分から救われたくないとかって突っぱねておきながら……ずーっと他人に嫉妬してる。
自分が間違えたから贖罪してんのに、リリアを見ると『俺も助けてくれんのかな』とか考えちゃう。」
凛太郎は、私に傘を返すと3歩ほど後ろに下がる。
その頬には……また「雨」が伝っていた。
「俺、嘘つきで、ズルくて……嫉妬深くて。最低なんだ、救えないくらい。」
凛太郎の震えた声が、怒りを鈍らせる。
この男のことだ、どうせ抱えてる「罪」だって……どんなものか教えてくれなければ
――話してくれればいいのに。
頼ってくれたらいいのに。
なのに、いつも凛太郎は差し出した傘を受け取らない。
……一緒に入ってさえ、くれないのだ。
「そんなこと、きっとない。分かった、そっちがその気なら、こうしてやる。」
私は傘をしぼめて近くに立てかける。
「一緒にゴールテープ切れないなら、一緒にコース外爆走してあげる!ね、これならさ……!」
凛太郎の腕を掴もうとした瞬間、水の弾丸が凛太郎と私の前を横切った。
一瞬、私は何が起こったのか分からずに笑顔のまま硬直してしまう。
「真理愛は綺麗だよ。お前が汚れた気でいても、俺からしたら……眩しいくらい。だから……」
凛太郎は、掠れた声で必死に声を振り絞り
「触んなよ……」
と、呟いた。
唖然としていた私に再び傘を差すと、凛太郎はその場を走り去る。
ハッとして追いかけようとするも、ぬかるみに足を取られて転んでしまった。
だめ……!今逃がしたら……!もう凛太郎に会えない、そんな気がする。
――今日の焔ツアーは、きっとお祝いなんかじゃない。
凛太郎は……自分が消えても、焔の「好き」を知ってる人が居なくならないよう私を連れ回したのだ。
まるで、引き継ぎ作業のように。
転んだ拍子に傘が手から離れたのにも構わず、私は凛太郎を追って走る。
しかし、その背中はもうどこにも見えなかった。
模擬戦終わりということもあってか、私の体力はすぐに尽きて、立ち尽くす。
(嘘だ……!こんなの……)
不意に、傘がないのに気付き来た道を戻ると……ぬかるみの横で泥だらけの傘が開いたまま道に転がっていた。
『……ねえ、ビニール傘ってちょっとだけ凛太郎さんに似てない?』
転がる傘を見て、何故か灰原さんの言葉を思い出してしまう。
「……馬鹿……」
私は傘を拾い、再び自分に差す。
「凛太郎の……バカぁ……!」
悔しくて、涙が止まらない。
そんな暗い顔して、雨で誤魔化さなきゃいけないくらい泣いて……
そんな人に、私はきっと今までも知らず知らずの内に守られていた。
……守らせてしまった。
本当に助けて欲しかったのは、きっと……あの人なのに。
震える足を渋矢に向け、なんとか私は歩き出す。
……私の心臓と、周りの空気は……真冬のように冷え込んでいた。




