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瞳に焼き付く花

焔は何かを察して、咄嗟にスーツに備え付けられたゴーグルとマスクを展開した。


ヒーロースーツには、かなりの温度耐性がある。

焔の熱い炎も、凍てつく吹雪も軽減してくれるはずだ。


――だが、限界はある。


今は絶対零度下。今、スーツはかろうじて稼働してる状態だ、もし胸にある基盤に衝撃を加えたりしたら壊れてしまうだろう。


「焔、あともうちょっとで勝てると思ってた?」


私は鬼族のチップの針を刺す。

爪が尖り、目線が少しだけ焔に近くなった。


「私ももう能力は使えない……どちらかが倒れるまで、殴り合おうか……!」


地面を蹴り、拳を振りかぶる。焔は息を止めながら、冷静にそれを交わす。


紅丸は私が横たわっていた氷の塊の上に置き去られている。

――この氷点下に晒され凍った鉄は、鬼族の拳1つで砕けてしまうからだ。


流石最強のヒーロー、「誰も生きられない世界」の中でも、何とか抗って鬼族の攻撃すら対処してしまうとは。


しかし、ヒーロースーツが冷気を防ぎきれなかったのか……焔の動きは段々と鈍く、弱くなっていく。


焔のゴーグルに映った少女は、怒りで瞳が赤く染まり、角が生え、形相はまさに冷酷な「鬼」だった。


(可愛い顔が台無しね。とても茉莉花や山田さんに見せられたものではないわ。焔も、幻滅してしまったかしら……)


「……焔、『怖いもの』を見たような顔してるわね。」


私の拳を受け止めながらも、焔の目は見開き小さく揺れている。


「ほら、言ったでしょ。あなたは完全なヒーローなんかじゃない、人間なの。強い奴に当たれば死ぬし、無理が祟れば倒れる。」


私は、深く息を吸う。

そろそろ終わりにしようと、大きく拳を振りかぶった。


「あんたが人を超えようとするなら!私は悪役にだって……鬼にだってなってやる!」


振りかぶった拳が焔の胸に当たり、スーツが煙を上げる。


焔の息が漏れて、吸った瞬間。

彼は苦しそうに首を押さえ……


ゆっくり地面に膝を付いた。


「勝っ……た……!焔に……!」


余韻に浸る暇もなく、焔のヒューヒューと息をする音で我に帰る。


「焔!」


すぐさま凍った地面に張り付いた焔を救助し抱き抱えると、グラウンドを離れ医務室を目指す。


「ごめん……!ごめんね!喉、苦しいよね……!」


焔の身体の中は今、喉を通じて内部が凍りついている状態だ。本当に死んでしまってもおかしくはない。


「焔……!嫌だ……!お願い、死なないで……!」


焔を抱えながら、私は必死に繰り返す。


「リリア……」


声にならない程の、掠れた息が焔の喉から漏れる。


「ば、馬鹿!今はじっとしてなさいよ!」


「好きだよ。」


焔は、静かにそう囁いた。


「そん……なの……!今言わなくなっていいでしょ!聞こえなかったんだから……!治療を受けてから、元気になった時に伝えなさいよ!」


医務室の前まで来た時……焔は満足したように微笑んでから、目を閉じた。


……


「……うん、命に別状ないね。暫く寝たら起きると思うよ。喉や内蔵の凍傷だけナギ君に治して貰ったけど、その他は目立った致命傷なし!良かったな!」


医務室に滑り込み、眠った焔を泣きながら愛に見せたところ……予想外の診断を受けて唖然とする。


「えっ……あの、そんなはずは……だっ、だってマイナス274度の中で戦ってたのよ?」


「まあでも、焔君だし……」


私の言葉を、簡単に処理する愛。


「いや、でも見て!今の私の顔!鬼だよ、鬼族と殴りあったんだよナギ!」


「えっ……うん、でも隊長だし、耐えるでしょ。」


後ろにいたナギに助けを求めるも、またあっさり処理されてしまう。

私は膝の力が抜け床にへたり込むと、「どうなってんのよ焔は……!」と口にした。


部屋の奥で待機していたカグラも「地球人ってやば……」と小さな声で呟いている。


「まあまあ、無事に越したことないじゃん?……カグラ君って、治せるのは外傷だけなんだっけ?」


「えっ?あ、ああ。疲労度も回復できますが、それを移し替える為の生物が必要です。外傷だけなら、マネキンでいいんですけど……」


唐突に愛に尋ねられたカグラは、少しびくつきながら答える。


「ふむ、なるほど。そこは焔君が目を覚ましてからおいおい考えるか……よし!ナギ君カグラ君、私たちは一旦退散しようか!」


「は!?何でやだ!こんな状況でリリアと隊長2人にしたら絶対いい雰囲気になるじゃん!」


愛に反発し、そう言い放つナギをカグラと愛が押さえ込み、入口まで引きずっていく。


「ちったあ男としての余裕を見せろって……ほら、行くぞ。」


「ウリュウ様だって君の為に散々我慢してるって言うのに……」


愛とカグラに小言を言われながら、ナギはズルズルと引き摺られていった。


「何の話!?リリア!変なことされたらメッセージで教えてね!すぐ駆けつけるから!」


その言葉を最後に、ピシャリと医務室の扉が閉まる。


(ヒーローって元気よね……)


私は呆れつつ、ゆっくりと立ち上がりベッドの脇に置かれたパイプ椅子に腰かける。


(焔、ちょっとびっくりしたけど……無事でよかった。)


私は焔の柔らかい黒髪を撫でた。

先程まで恐ろしく思えたこの男も、寝顔を見ると年齢よりも幼く見えるから不思議だ。


焔の頭を撫でながら微笑ましく眺めていると、彼が小さく唸る。


(うそ!?思ったより起きるの早い!)


咄嗟に手を離し、「焔!」と声を掛けた。

すると長いまつ毛が持ち上がり、焔は目を覚ます。


「……リリア……医務室で寝てるってことは、俺……そっか、負けたんだ。」


焔は天井を見つめ呆然と呟く。


「うん、そうだよ。……私の勝ち。」


言うと、焔は微笑んでから起き上がる。


「あ!ちょっと!まだ寝てなきゃ駄目よ!」


「……リリア、あのね……俺、やっぱりリリアが好き。」


唐突な告白に、私の顔は急激に温度を上げる。


「変なこと、言っていい?リリアっていつも……『仲間』とか『守りたい人』とか飛び越えて、俺のこと心配したり、怒ってきたり……

俺はお前が心配するようなレベルの人間じゃねーから!って突き放しても、追いかけて、殴ってくるじゃん。」


「そ……そう、かな……ごめん。」


「怒ってねーってば。」


焔は私の真っ赤な頬を撫でてから、顔に手を添えた。


「不思議なんだけどさ。リリアも俺も、変なやつなのに……リリアといると俺、普通の『赤城焔』に戻っちゃうんだ。」


(そっか……焔も……私と同じだったんだ。)


「皆がダセーなって思うありのままの俺を、エリヤさんが子供だって拒絶した俺を……リリアは受け入れてくれる。リリアのこと、正直ぜんっぜん思い出せねんだけどさ……でも、好きだよ。

何度忘れてもきっと、同じ。」


「あ……きゅ、きゅうに真っ直ぐそういうこと言われると……どう反応したらいいか分からなくなるじゃない!」


「見てて、リリア。」


焔は宙を撫でてから、ゆっくり炎を出した。

そして、器用に「炎の薔薇」を形成する。


「ずっと……俺の傍にいて下さい。誰かに負けるのはこれが最初で最後、一生……俺が、君を守るから。」


私の目に、「赤い薔薇」が焼き付いて思わず手が伸びた。

その薔薇は温かくて、信じ難い程綺麗だ。


「これなら、枯らすことも捨てることもできないでしょ?」


焔が照れくさそうに言うと、私はずっと……その赤い薔薇を眺め、熱に触れていた。


……まるで、「焔が生きている」ことを確かめるみたいに――

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