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初恋の記憶

(龍族のチップが……!壊された……!?)


あまりのことに、軽いめまいが襲ってくる。

ダガー含め、武器を粉々にされたのはこれが初めてだ。


「真っ青になってる……これ、壊されたらやばいやつだったんだ。……降参?リリア。」


「ま、まだ……!まだあんたに勝てる!これは強がりじゃないわ!」


言うと、焔の口角がキュッと上がる。


……まだ、終わっていない。

「絶対零度」は私本来の力でも呼び起せるはずなのだから。


(いま接近戦を仕掛けられても勝ち目はない。まだ勝ち目があるのは、遠くから攻撃しながら絶対零度を発動させること。)


氷塊を撃ち込んだり氷の山を作って時間を稼ごうとするも、焔の炎がそれを溶かし、破壊してしまう。


大した時間稼ぎにはならない……早く絶対零度を発動させなければ。


絶対零度の発動条件は、「強い怒り」。

感情を高ぶらせるのにもまた、集中力がいる。


(本当は嫌なんだけど……)


氷の壁を作りそこに隠れると、私は前世の記憶を呼び起こす。

正しいと思い込んでいた自分、これでいいと楽観していた自分が「救えなかった人たち」の顔を思い出した。


すると、少しだけ心臓の中心が冷たくなる。


(今度こそ……!)


自分への怒りが、少しずつ感情を冷やしていく。

地面が白く変色してきた時、「みっけ。」と声がして隠れていた氷の壁がまたたくまに5等分にされ、壊れる。


強度がある筈の氷の壁も、焔の燃え盛る刀の前ではチーズのように簡単に切り崩されるようだ。


(惜しかった、もう少し時間があればいけそうだったのに!)


少々高度だが、戦いながら怒りを高めていくしかない。


焔に氷塊を撃ち込みながら、自分への怒りを燃やそうと思考に集中する。


(あんなに色んな人が動いてくれたのに、少しも手が出ないなんて情けない……!これじゃあ前世と同じよ!)


しかし、焔の攻撃を受けると気が散ってしまい……どう応戦するかに脳のキャパが奪われてしまう。


残しているチップは「鬼族」のチップ1つ。これを使ったら最後、時間切れまで絶対零度を使うことはできなくなる。


その後もなんとか焔の攻撃を流そうと、氷の膜に閉じ籠ってみたり、息を殺して遮蔽物に隠れたりしてみたものの……焔の炎はあっという間に私の氷を溶かし、淡々とこちらに向かってきた。


焔からの猛攻を受けた後、何とか逃げ出して氷の山の影で息を整える。


「はあ……はあ……」


自分の息が白く浮かんだことで、私はやっと「体力が限界に近い」ことを悟った。


前より一方的ではないにしても、このまま……気を抜けば、あっという間に勝負がついてしまう。


対する焔は、あんなにフルパワーで切りつけたり殴りかかってきていたにも拘らず息が乱れていない。


(本当にあれが……人間なの……!?)


ふと過ったその言葉に、誰よりも……自分が動揺して、口を塞いだ。


(馬鹿、何考えてんの!焔が人間だって証明したいから……だから、挑んだんでしょ!?)


額に汗が滲んで、胃の当たりが浮くような感覚が襲う。


――その時、目の端に火の粉がちらついて、私の肩を熱い掌が掴んだ。


「リリア……いつまで逃げてんのさ。俺達かくれんぼがしたかった訳じゃないでしょ?」


焔は楽しそうに言い放つと、私の体を後ろにぐいっと引き寄せた。


(倒れる……!)


反射神経からくるものか、私は大きな氷の塊を生成するとそこに倒れ込む。


「あ、ずりぃ……それってありなんだ、地面に膝はついてないけどさ。」


まるで氷のベッドのようになった塊に倒れ込む私を、焔は見下ろしている。


「リリア、こっからどう俺に勝ってくれる?」


焔はそう言って刀を振り下ろす。

めいっぱいの冷気をダガーに込めると、凍った剣でその刃を受け止めた。


顔の上にぽたぽたと雫が垂れて来る……氷の刃など、炎の刀にかかれば脆い物だ。

ダガーが駄目になるのも時間の問題だろう。


――ああ、また……届かなかった。もうこれでほぼ負けが決まってしまったようなものだろう。


いつもそう、あとちょっとの所で手が届かない。

あの時栞に手を伸ばしていれば、焔を壊さずに済んだのに。

茉莉花の時もそう。私が無鉄砲に飛び込まずもう少し考えていれば、もっと手を伸ばしていれば……2人とも助かったかもしれない。


ふと、多々良の言葉を思い出す。


(「次元が違う」、か……本当にその通りだったなあ。)


どんなに仲間が助けてくれたって、私は立ち上がることすらできない。

弱くて、平凡で、そのくせ無謀な中途半端な女。


一方で、焔はこんなに強くて、まさに「完全なヒーロー」だった。

世界が彼を離さない筈だ、だって……弱い私とは違い、限界も弱点もほぼ存在しないのだから。


「はは……」


何故か、腹の底から笑いが込み上げてくる。

焔は一瞬だけ、刀を押す力を緩めた。


「焔は……すごいねぇ……?」


力ない掠れ声が喉から漏れる。

自分の意思とは関係なく、唇が勝手に動いてしまうのだ。


「私、いっぱい特訓したんだけど……全然、叶わないや……同じ人間なのかなってびっくりしちゃった。」


――だめだ。


「皆が『完全なヒーロー』とか『ティアSS』とか言ってるのもわかるなあ……焔がいれば、一人で大抵のことは解決できちゃうもん。」


それ以上はいけない。


「そりゃ、心配なんていらないよ。倒れた2日後にはこんなに動けるんだもん。私、そんな焔を助けたいなんて……バカみたい。」


もう、止まって――


「こんなに強かったらさ……焔は、死なないよね。」


言い切った瞬間、焔の顔が悲し気に歪む。

氷の刃を押す力がだんだんと弱まって、焔の手が僅かに震えているのが伝わってくる。


その時――氷の剣が溶けて出た水滴が、まるで焔の涙のように見えた。


この震えを……よく知っている。

とある記憶の断片が、私を正気に引き戻した。


「嘘……嘘だよ……!そんなわけない……!ふざけんな……!」


震えた声で、そう呟く。

そして私は炎に包まれ薄くなった空気を勢いよく吸い込むと、

「ふざけんな!」と大声で叫んだ。


……三年前、私をエリヤから助けてくれた焔の手は、泣いてしまいたくなるほど温かくて、大きく思えた。

なのに母親に「偉い」と言われた時の焔の手は……今みたいに震えていて、小さく見えたのを覚えている。


焔、あのね……3年前、私が恋した男の子は……誰よりもヒーローらしくて、誰よりも傷を抱えた「普通の男の子」だったんだよ。

そしてそれは、今でも変わらない。あなたはすぐに泣き出すし、内心に恐怖や痛みを抱えてた。


だからかな?不思議だね、あなたといると私、普通の女の子に戻っちゃうんだ。

焔の行動一つでカッとなって、泣いて、はしゃいで……


あなたは嘘みたいに強いのに 私なんかより凄い人の筈なのに。


焔が悲しい顔をしてると、「どうにかしてあげたいな」って思っちゃうの。


「完全なヒーロー」なんかにならなくていい。

もし、世界があなたにそれを押し付けるんなら……


「「壊してやる」」


そう口にした瞬間――焔の炎が蝋燭の火のようにフッと消える。

燃えていた紅丸の刃に、真っ白な霜が走り……世界は、眠るように静かになった。

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