焦げ付いた2人
リリアが焔と「何もしない」をしていた頃、灰原は怪人会の集まりに参加していた。
「6月30日の襲撃、決行日を7月2日に変えるから。」
下っ端の戦闘員が帰った後、エリヤが怪人会のアジトにある一室で、余裕のある笑みを浮かべながら言う。
「また急ですね……情報が漏れていた、とかですか。」
「あたり!コズミックレッドが30日に備え対策をしてるらしいの。焔君に本気出されたら奇襲だろうと作戦は成功しない。そこでぇ、少し日にちをズラすことにしたのよ。」
(あちらに情報が渡っていることを知られている……?妙だ、うっかり誰かが事務所で話したり、『内通者』でもいない限りはそんなことは有り得ない。)
灰原は疑いつつ、笑顔で「流石、判断が早いですね!」と太鼓を持つ。
「……灰原君、まさかとは思うけど……決行日を外に漏らしたの、あなたじゃないよね……?」
エリヤはまるで蛇のような鋭い目つきで灰原を睨みつける。
「忘れてません?俺、透明になれるしイエローの能力で音も消せるんですよ。わざわざ怪人会に入らなくても秘密を盗める。」
「それもそっか……本当に便利だよね〜その能力。わざわざお兄さんの能力でデビューするのに拘らなきゃもっと早くデビューできたかもしれないのに。」
(ま、どっちにしても私が邪魔してたから意味ないけど!)
エリヤの馬鹿にするような言葉にも、灰原はなるべく反応しないように笑顔でいることを貫いた。
「じゃ、明日戦闘員君たちにも説明よろしく〜!期待してるからね、灰原君。」
エリヤが部屋から出たことを確認すると、灰原はやっと深い息を吐く。
(まずい、すぐ凛太郎さんに報告しに行かなきゃ……)
そう考えていた時、エリヤとは入れ違いに誰かが室内に入ってくる。
(おかしいな、下っ端は全員帰ったはず……)
扉の方を見やると、やけに華やかな長身の男が立っていた。
灰原は一瞬、その人物が赤城焔かと思ったが、よく見ると全くの別人である。
「あ……ジェットオレンジさん……」
「あー!それダサいし嫌なんすわ、『多々良君』でいっすよ。灰原せんぱーい!」
多々良は、ご機嫌な様子で部屋に入ってくるとそう言って人懐っこい笑みを浮かべた。
(かなり赤城焔に見た目を寄せてるな……ファンなのは有名な話だったけど……。へえ、彼ってかなり真面目で賢い人だと思ってたのに、こんなとこでお山の大将してるんだ。)
「こんな所で再会するとは思ってませんでした。最後に話したのはいつでしたっけ?合同訓練かな。」
灰原が笑顔で言うと、多々良は「いや、レンジャーピンクさんとこのパーティーじゃないすか?楽しかったですねー!」と口にする。
(君、パーティーに参加しても部屋の隅でゲームしてただけじゃん。何が『楽しい』んだか。)
「多々良君も……ヒーロー本部が気に入らなくてここに入ったんですか?」
「あー……ま、そんな感じっすかねー。俺、能力かなりナーフされてるから第一線じゃあどちらにしろ活躍できないし。」
(ナーフ……ああ、ゲームとかでいう『弱体化』みたいな意味だっけな。)
「それは……大変でしたね。あ、俺に用があって来たんでしょ?どうかされました?」
「いやあ、ただ灰原先輩の顔見たかっただけっす!俺先輩の顔大好きなんですよ〜!……あと、俺灰原先輩に個人的な親近感みたいなの持ってるんす。」
「親近感……?」
灰原が眉をひそめたのと同時に、多々良は灰原に近寄り顔を近づけた。
「『本物』になれなかったって思ってそうなところがそっくりでしょ?」
多々良に囁かかれ、灰原は思わず目を見開く。
「俺もね、『本物』のヒーロー……赤城焔になりたかったんです。でもほら、俺の能力知ってるでしょ?絶対主役なんかになれないじゃないすか。」
多々良は言いながら、自分の首に文字を這わせる、その異様さに、思わず灰原は1歩下がった。
「あはは!やだな、灰原先輩に能力は使いませんよ〜……先輩も同じでしょ?自分は本物にはなれなかったって、きっと思ってる。
アークウルフが解散になってから、あなたはずっとそんな顔をしてた。」
「人をよく見てるんだね。だから赤城焔にそっくりになれるのかな。」
「あーあー、嫌味ったらしいなー!俺灰原先輩と仲良くなりたいんすよー!」
多々良は灰原に顔を近付け、その高い身長から灰原を見下ろし
「どんなに尖ってたって、ここに来ちゃえば『脱落』を受け入れたようなもんでしょ。変なプライド捨てて、仲良くしましょうね。」
と言い捨てる。
その瞳には一切の光がなく、まるで黒い穴のように見えた。
「じゃ!灰原君が幹部になったらまた会いましょう!」
多々良は恐ろしい表情から一瞬で笑顔に戻ると、元気に部屋を出る。
灰原の顔は、その時酷く歪んでいた。
……
凛太郎の家に向かいながら、灰原は内心でずっと(一緒にするな……!)と繰り返し呟いていた。
『偽物』を受け入れて怪人なんて魔の手に堕ちた多々良と、『偽物』ではなく正義の味方とは別のヒーローになりたいと願う自分を同一視され、腹が立ったのだ。
(凛太郎さん、最近更に元気なくなってるし……たまには俺がご馳走するか。)
灰原は食材を買い込み、凛太郎の部屋に合鍵を刺して入った。
凛太郎の帰宅は大体夜の19時を回る。
その間、「好きに過ごしてていーよ」と言われている灰原は、凛太郎の部屋でゲームをしたり漫画を読んで過ごしていることが多い。
しかしこの日だけは、オムライスを作りつつ帰りを待っていた。
完成から程なくして、玄関の扉が開く音がする。
「凛太郎さん!おかえりなさい!」
エプロン姿の灰原が出迎えると、凛太郎の顔は青白く変色した。
「聞くのこえんだけど……何してたのって聞いていい?」
「オムライス作ったんです、全然上手くいかなかったけど……不味かったら残して下さいね。」
凛太郎がダイニングのテーブルの上に目を落とすと、店で出てきそうなオムライスが卓上に置かれている。
「え?上手じゃん。」
手を洗ってから、灰原のオムライスを口に入れる凛太郎。
しかし、その噛む音からはオムライスからは出ないであろう「ジャリジャリ」という音が鳴っていた。
――オムライスの皮をめくると、裏が真っ黒焦げなのに気付く。
(料理って本人を体現すんだなぁ……)
凛太郎は呆れつつも、スプーンを掬う手を止めなかった。
「凛太郎さん、食事中で申し訳ないんですけど……大事な報告があるんです。黄瀬ゆかりの襲撃日が変わりました。」
「……知ってる。」
凛太郎の淡々とした反応を見て、灰原は一瞬で「事態」を把握する。
「……教えたんですか……?ヒーロー側が決行日を知っていること……」
「うん。……灰原君さ……今までありがとうね、いい駒だったよ、お前。」
凛太郎は綺麗にオムライスを完食した後、スプーンを置く。
「あ……何が起きてるか分かんねって顔してる。俺、元々ずっとエリヤちゃんのために動いてたんだよ。
お前は体良く騙されてたの。もう用済みだから消えろ、後は俺が何とかする。」
灰原は、震える唇を動かし、「嘘だ……」と呟いた。
「嘘じゃねえよ、ガチ。可哀想にな、こんなクズに騙されて。美味しかったよ、オムライス……ほら、さっさと帰れ。俺に勝てないことくらい分かるだろ?お前にできんのは泣いて逃げることだけ。」
「ふざけんな!」
灰原はテーブルを叩きながら真っ赤な目で凛太郎を捉える。
凛太郎は、どこか安心したような顔で落ち着き払っていた。
(……良かった、これで『まだ信じる』とか言われたら、どうしようかと……)
灰原が怒って罵声を浴びせてくれたことに、凛太郎は少し救われる。
「嘘ばっかりついてんじゃねーぞ……!このオムライスのどこが美味しいんだよ……!」
「は」
しかし、灰原から発された言葉は斜め上すぎて、凛太郎は思わず目を見開いて顔を上げてしまった。




