最強のヒーロー
何とか焔に追いつくと、小さなビルの前に人だかりができているのが見える。
「何があったんですか?」
焔が尋ねる。
野次馬の男は呆れた様子で「うお!コズミックレッドじゃん!なんかさー、立てこもり事件らしいんだけど、駆けつけたヒーローが頼りないのよー。」と呟く。
人だかりの先に割って入ると、見た事のないヒーロー隊が「開けてください!お願いします!」と悲痛な叫び声を上げていた。
「おーい!コズミックレッドが来たぞ!」
先程話しかけた男性の声がして、野次馬やヒーローたちは一斉に焔の方へ振り向く。
焔は少しビクりと体を揺らした後、躊躇うように私の顔を見た。
「だ、だめだよ焔……!言ったでしょ、今日の焔はヒーローじゃないの!そうだ、立てこもりなら私が解決するから……!」
震える声でなんとか止めようとしたが、私の余裕のなさを感じ取ったのか、焔は顔を曇らせる。
「ヒーロー本部、休養中に立てこもり事件に遭遇しました。赤城焔……応援に入ります。」
「焔!」
静止も聞かず、焔はヒーローたちに歩み寄る。
「うわ、コズミックレッド……!良かった、大変なんです!中学生くらいの少年が、同じく中学生くらいの大柄な少年に捕まっていて……!先程2階から『ヒーローを呼ばないとこいつを殺す』という宣言があったみたいなんです。」
おどおどとした様子で赤い隊服のヒーローが説明する。
「それで俺たちが駆けつけたんですけど、何の反応もなくて……」
続いて、青い隊服の男も状況を伝えた。
「シャッターを破ろう。商店街の方には申し訳ないけど、やむを得ない。」
「え?あー……!じゃあえっと、お前、シャッター壊せる?」
「は!?無理だよ!俺物浮かせて投げるだけだもん!」
――新人だろうか、見た目はアイドルのように爽やかだが、足並みが全く揃っていない。
見かねた焔は、ヒーローたちに「下がってて」と告げてから思いきりシャッターを蹴飛ばした。
するとひしゃげたシャッターに隙間ができたので、焔が隙間に手を入れて持ち上げる。
「すご!今の能力使ってなくない!?」
野次馬は呑気に言いながら、焔を勝手にスマートフォンで撮影していた。
呆れつつも、私は心配になって焔の後に続く。
シャッターの中は、あまり手入れの行き届いていない中華料理店だった。
恐らくは閉店してからかなり時間の経っている場所のようだ。
2階に続く階段を上がると、少年たちの声が微かに聞こえてくる。
焔は人差し指を唇に添え、耳を澄ます。
すると、上機嫌な少年の笑い声と「なあ、あのヒーロー知ってる?なんだっけ、アニマルなんとかかんとか……」という言葉が聞こえてきた。
「知らない。調べたらなんか新人らしいよ。でも全然何もしてこないしティア低いよな〜」
「なんだつまんねー、ガチャ続行だな。もっと有名なのが来るまで回し続けないと。」
「てか俺の演技やばくなかった?助けてくださぁい!ってさ!」
2人の少年の無邪気な会話に、唖然とする。
――焔が、普通の男の子でいる時間を捨ててまで助けに来たのに、そんなしょうもないことでこの少年たちは騒ぎを起こしたのか?
無性に悔しくなって、握った拳が震えてしまう。
焔がため息をつきながら2階に上がる。
すると、少年たちは興奮した様子で「すげぇ!コズミックレッドだ!ティアSS来た!」と言いながら焔を動画に撮りはじめた。
「……君たち、イタズラでこんなことしちゃだめでしょ?ほら、飴あげるから一緒に下に降りよう。」
焔が言うと、少年の1人が「あの!炎出して下さい!学校で自慢するんで!」と高揚した様子で言い放つ。
(なんだ……こいつら……!)
――焔は、今も自分の能力があまり好きではないはずだ。
私と戦った時、確かに彼は熱いのが怖いと口にしていた。
手品や、芸とは違う。
焔は文字通り命や、時間を削ってヒーローをしているのに。
何が「ヒーローガチャ」だ、何が「学校で自慢」だ……!
「「ふざけないで。」」
呟いた言葉に、自分とは違う少女の声が乗る。
瞬間、一気に空気は冷え、焔がまるで信じられないものを見るかのような瞳で私を見た。
部屋の壁が白く変色し――少年たちの唇が紫色に変色していく。
許せない……焔をヒーローとして縛って離さない、この世界が……!
感情の昂りと共に冷え込む空気。
そして、焔の「リリア!」という叫びで、はっと我に返る。
見ると、焔がとても険しい顔でこちらを見ていた。
「事件じゃなくてイタズラでした、で終わる話だよ。……それ以上はやりすぎ。」
焔の温かい手が私の冷たい手を包んだ時、何故か目から涙がこぼれ落ちる。
「だって……!焔、お休みだったのに……!昨日倒れたばっかりなのに……!こんなの、こんなの酷いよぉ……!」
私は子供のように泣きじゃくる。
さっきまではしゃいでいた少年たちも、私と焔の様子を見て暗い顔で黙り込んでいた。
……
事件がひと段落して、ヒーロー本部での報告を終えた頃。
私は初めて「反省文」というものを提出した。
「『能力の暴走』ってことで、注意程度で済んで良かったね。少年たちも無事だって。急に部屋が真冬みたいに涼しくなるからすげービビったわ。」
焔は笑うも、私の気分は晴れない。
きっと、あの感情がリリアの抱えていた「怒り」の1部。
あともう少しで、私はあの少年たちを氷漬けにしてしまう所だった。
「……ごめんなさい。あなたに苦労をかけて……」
「何で?あの中学生の頭も冷えただろうしいいじゃん。正直、あいつらのやったことって最低だし。」
私は、交差点の前でふと足を止める。
「……焔、あのね。私……今日凄く楽しかったの。『何にもしない』とか言っておきながら、あなたと沢山遊び回ったりして……それが、普通の女の子に戻れたみたいで……すっごく楽しかった……」
「うん、俺も楽しかったよ。いい思い出になった。」
「……それでね、やっぱり思ったの。普通の焔だけじゃなくて、ヒーローの焔も素敵だって。メンバーに慕われてて、頼れるヒーロー……その姿も、『赤城焔』なんだよね。」
そう口にすると、焔は少しだけ目を丸くしてから「そっか、嬉しい。」と答えた。
「……でもね、焔。ヒーローでいるには、絶対に心と、命と、時間を削っていく。いくら焔でも、そろそろ止まらなきゃ本当に死んじゃうの。」
焔のシャツ裾を掴みながら、震える唇をなんとか動かす。
「……止めさせて。あなたが今日、私にしたみたいに。……明日、もう一度模擬戦をしよう。
今度こそ、私が……『コズミックレッド』を壊すから!」
初夏の澄んだ空気に、私の震えた声が響く。
見上げた焔の目は少しだけ潤んでいて、目に映る私の顔が歪んでいる。
「……分かった。リリア、俺を壊しにきて。今度こそ、全力で。」
夕焼けの中、焔のその縋るような瞳を見て――私は、もう負けないと心に強く誓ったのだった。
模擬戦前のエピソードが膨らんでしまい、明日は1時と18時2回投稿になります。




