絆の糸
「リリア……『何もしない』って何……?」
焔は唖然としながら呟く。
「言葉通りよ、何もしないの。公園でぼーっとしたり……」
「30日まで5日切ってるんだよ!?1日何もしないなんてできるわけない……!っ……」
焔が声を荒らげた時、彼は頭を押さえて顔を歪めた。
「言わんこっちゃない、リリアの言う通りだ。高度なパフォーマンスを維持する為には冷却期間が必要、これは機械でも人間でも同じことだぞ。」
ロクタが意見したことで、焔は少しいじけたように顔を赤くしてから
「……わかった……『何もしない』ってやつ、やるよ。」と呟き仰向けに寝転がる。
「……ま、リリアちゃまが面倒見てくれんなら大丈夫だろ。よーし、皆!あんまり長居してもヤバいからおいとましよう。グリーン先生は青山さんの車で帰ろうな。」
愛が呼びかけると、皆挨拶してから今を後にした。
「あ……明日!事務所近くの公園で待ち合わせね!絶対遅れないでよ、半人前!」
私はそう言い捨てて、早足に家を出る。
その時床に何かが落ちるような音がした気がするが、凛太郎と焔の時間を邪魔してしまうような気がして振り返れなかった。
「びっくりしたね、まさかあの体力おばけの隊長が倒れちゃうなんて……ちょっと生命力分けてから帰ればよかったな。……ていうかさ、こいつなんでいるの?」
焔の家の近くにあるファミレスに向かい、夜食を摂ろうという話になったのだが……店に入った時、店員さんに「3名様ですか?」と尋ねられ、振り向くとフユキが満面の笑みを浮かべていたのである。
「俺、2人とご飯食べたかったんです!」
フユキは屈託のない笑顔で言う。
「あのねフユキ……前にも言ったでしょ、ついてくる時はちゃんと声を掛けなさいって。
あなたに尾行されると昔から……私もナギも気付けないのよ。」
私がフユキに注意した瞬間、ナギのナイフを持った手が止まる。
「……昔から?」
その呟きに思わず口を押さえた。
(やば!とんでもない失言を……!)
「ナギ君、女の子って流行に敏感だから半年前でも『昔』とか『懐かしい』とか言うんですよ〜。」
オムライスを切り分けながら、私の失言を淡々と処理するフユキ。
ナギは少し宙を見つけて、納得したような表情をしていた。
「でも、寂しいですよね。コズミック7って別に隊長のワンマン隊じゃないのに、大事な時ほど頼ってくれないなんて。」
フユキが言うと、ナギも続いて
「……ん……だな。お揃いのミサンガ付けてても、足並みは中々揃わないのがウチの欠点かも。」と暗い表情で語る。
ナギの目線の先にはフユキの作った赤いミサンガがあった。
……あの後、フユキはミサンガをメンバー全員に配ったらしい。
――そして、凛太郎以外の全員がそれを身に着けている。
(「俺は仲間じゃない」とでも言いたげね。)
「形から入ったって、中身が伴うわけじゃないわ。安心して、焔は明日私がしっかり休ませるから。」
言いながら渋矢に戻ろうか、自宅に帰ろうか考えていた時……不意に、私のスマートフォンが震えた。
画面に目をやると、焔から【リリア、黒いチップが部屋に落ちたんだけど、凛太郎がリリアのだって言ってるよ。】とメッセージが来ている。
(黒!?ってことは龍族のチップだ……!あれ、ちょっと高いのよね。)
明日焔から受け取っても問題はないが、あまり人目のある場所で「コズミックレッド」がチップを受け渡しするのもリスクがある。
幸い、ここは焔の家の近くだ。
【今から取りに戻るわ】と返信してから席を立つ。
その時、2人が並んでいるところが俯瞰して見えた。
(あれ……座高が、ほぼ同じ……)
暫く固まっていると、フユキが
「……どうしたんですか?急に立ち上がったと思ったら間抜けな顔して……」と尋ねる。
「まっ……!?間抜けじゃないわよ!ちょっと忘れ物したから取りに行ってくるって言おうとしたの!じゃあねっ!」
私が息粗めにお金を置いて2人に背を向けると、少し歩いた先でナギの「お前さ、デリカシーなさすぎ。」という呟きが聞こえてきたのだった。
……
焔の家に戻る道中で、【近所迷惑かもだから、インターぽん押さずにはいってきていいよ。】という誤字混じりのメッセージが届く。
(まあ、言いたいことは伝わるし。)
言われた通りにインターホンも鳴らさず焔の家に上がった時、居間の方向から凛太郎の声が聞こえてきた。
――何か、話しているようだ。
そっと廊下を抜け、居間に続く扉に手をかける。
「だから、リリアに返しておくからはよ寝ろって。明日会えるんでしょ。」
そこで……凛太郎の、聞いたこともないくらい優しい声が聞こえてきて思わず手が止まった。
「ん……でも……爆睡してたら子供っぽい……て……思われるかも……」
「んな、むにゃむにゃ言ってる方が子供に見えるっつの。」
「やだ……じゃ、ねる……凛太郎、あのさ、皆に凛太郎が教えてくれたこと……話して、ごめんね……」
「兄ちゃんがメンバーを信用してんなら、別にいんじゃね。ほら……明日リリアと出かけんだろ?肌荒れでもあったら嫌われるぞ。」
「ん……おや……すみ……」
焔の寝息と、布団の擦れる音が聞こえて、私は恐る恐る扉を開ける。
「……凛太郎……?」
焔を起こさぬよう静かに声をかけると……
凛太郎は振り返り、目を見開く。
その頬には、何故か映画館で見たような一筋の涙が流れていた。
「あ……」
驚きで出そうになった声を何とか抑える。
見てはいけないもののような気がして、思わず顔を伏せた。
「……わり、コンタクトズレちゃってさ。これ取りに来たんでしょ?遅いし、タクシー呼ぼうか。」
凛太郎は一瞬で涙を拭ってからそう尋ねてくる。
「あ、ううん。一人で帰れる……あの、さ。大丈夫?みんなで集まった時もずっと暗い顔してた。私で良かったら聞くわよ、この前のあなたみたいに……」
言うと、凛太郎は眉をひそめ
「あのさ、今何時だと思ってんの。お前危なっかしいんだってば……今日は帰れ。」と無愛想に言い放つ。
「……じゃあ、また今度話聞いてあげる!ほら、今の私ならきっとあなたの傷も少しは理解できるかも……!」
「帰れったら、バーカ。」
凛太郎はそう言って私のおでこを軽くピンと跳ねると、静かに玄関へと押し出した。
「……凛太郎……あのさ、もうちょっと……歩み寄らない?私とか、仲間とかに。皆あなたが思ってるよりあなたのこと好きだと思うの。」
靴を履いてから玄関のドアノブに手をかけた時、凛太郎が気になりついそう口にしてしまう。
「迷惑なんだよ、勝手に懐くな。」
「……じゃ、さ!もし凛太郎が心細いなって時は……!フユキの作ったミサンガ、あれ付けてみて!仲間とか、私のこと思い出して力が湧いてくるかも!」
「元気、善意、綺麗事の押し売りは固くお断りしております。」
あまりにも表情を動かさずに凛太郎が言うので、私は唇を尖らせながら焔の家を出る。
(何よ、無愛想な奴。)
そう思って扉を閉めた一瞬、ドアの隙間から見えた凛太郎の顔が、また泣きそうなほど歪んで見えた気がして……帰り道、私の頭は明日焔とどう過ごすかと、凛太郎のことでいっぱいになっていた。
本日2話分投稿します




