流入
【種族】ゴブリン
【レベル】60
【階級】デューク・群れの主
【保有スキル】《群れの統率者》《反逆の意志》《威圧の咆哮》《剣技B−》《果て無き強欲》《王者の魂》《王者の心得Ⅰ》《青蛇の眼》《死線に踊る》《赤蛇の眼》《魔力操作》《狂戦士の魂》《三度の詠唱》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼(Lv1)×2
【状態異常】《聖女の魅了》
その知らせをもたらしたのは、ハイ・コボルトに進化したハスだった。
「人間キタ!」
俺の背を冷たい汗が伝って落ちる。
「数は?」
餌を投げ与え、それをハスが咀嚼するのを待って問いかける。
「15」
くっ、多いな。
あるいは全員が冒険者と考えて、今の兵力で太刀打ちできるか?
弱点を突けばあるいは……だがどちらにしろ賭けの要素が大きいか。
「よし、出る!」
覚悟を決めねばならないだろう。
レシア達を捕獲してほぼ一ヶ月半。
15という数が多いか少ないか、対オークに向けて仕上げておいたゴブリン達も概ね三匹一組の戦い方を覚えてきたところだ。
人間相手に通用するかどうかは未知数だが、ここで引いてはどこまでも追撃される可能性がある。
逃げ道など、最初からないのだ。
「ギ・ガー全員を集めろ」
「御意」
レア級以上のゴブリンを全員集めて命令を下す。
「ギ・ゴー集落の戦えぬ者を守れ」
「承知」
「他の者は動ける全員を連れて人間の迎撃に向かう」
「応!」
気勢を上げる三匹と、静かに闘志を燃やす祭祀ギ・ザー。
三匹一組を組ませた者から5個組15匹をそれぞれ率いさせて編成させる。残ったゴブリンについては、最悪の場合のために集落を守るギ・ゴーに率いさせた。
鋼鉄の大剣を握り、足元に擦り寄る灰色狼を一撫ですると、レシアに預ける。
「随分大勢でいくのですね」
「そうだな。無駄に争うつもりはないからな。戻るまでこいつらを頼むぞ」
レシアに駆け寄る灰色狼の子供を2匹とも抱き上げる。
「ギューネイとシンシアを預かるのに不満はありませんが……」
「何だその名前は?」
「お気に召しませんか? 神の尖兵、湖畔の淑女という意味なのですが」
嫌すぎる。
特にギューネイの名前は絶対に変えさせたい。
「まぁ、議論している暇もないようですので、貴方が戻ってきてからこの話については話し合いましょう」
「当然だ。神の尖兵などとコイツが可哀想すぎる」
「良い名前なのだと思いますが……ね、ギューネイ?」
尻尾を振ってレシアについていこうとする灰色狼の2匹。
大丈夫か? お前らは今とんでもない名前をつけられようとしているぞ。
「待っていますから、ね」
その言葉に一瞬俺は言葉に詰まった。どうやら俺は激励されていたらしい。
「心配せずとも人間も、俺達も被害は最小限にする予定だ。今、俺の敵は人間ではなく、オークだからな」
そう、今はまだ人間と争う時期ではない。
今はまだ、な。
その言葉をどう捉えたのかレシアは頷く。
「リィリィ、お前は一緒に来るか?」
「……人と、戦えと?」
その柳眉が跳ね上がる。
「降伏勧告でもしてもらおうと思ったのだがな」
「……良いでしょう」
「リィリィさん!?」
レシアの声に、リィリィは冷静に頭を振った。
「いえ、レシアさまはこちらで待機していてください。被害は最小限に食い止めて見せます」
その様子を醒めた目で眺める俺がいる。
何かを企んでいるなら、ちょうどいい好機だ。ここで一挙に片付けてしまうのも、悪くはない。
その為に餌を与えてやろう。
俺を殺せる機会だ。それをもってリィリィの企みを暴く。
「支度を急げよ」
そう告げると俺は牢屋に背を向けた。
◆◇◇
祭祀のギ・ザー、獣士のギ・ギー、元集落のリーダーであるギ・グー、唯一のノーブル級であるギ・ガーそしてリィリィを引き連れて俺は森の中を疾駆していた。
獣道のような細い道をハスの先導で走り抜ける。
人間を目撃したという地点までおよそ半日。
途中で見かけたダブルヘッド、三角猪などは無視して進む。人間の男であるマチスに作らせた燻製の干し肉や魚で飢えを満たし、走り続けること数刻。
流石冒険者といったところか、リィリィは多少息を荒げながらもしっかりとついてくる。
しばらくすると、先導するハスが立ち止まる。到着したようだな。
先に着いたギ・ギー、ギ・グーらに周囲の捜索を行わせ、先行させる。
「ギ・ガー、リィリィと共に来い」
「ギ・ザー、後方を警戒しろ」
後れて到着したそれぞれの部隊に指示を下すのと、ギ・ギーの部隊が戻ってくるのは同時だった。
「前方、人間」
近い。
「良し、このまま進む。音を立てるな」
命ずると、ギ・ギーの部隊に続いて姿勢を低く森の中をかける。
しばらくギ・ギーの先導で進むと何かが争うような声が聞こえてくる。
「ギ・グーの部隊はどうした?」
小声でギ・ギーに問いかけると、既に人間の後方に迂回しているとのこと。
「なるほど。わかった」
人間の集団を見つけたのはそれからすぐだった。
「これは……」
人間が争っていたのは一匹のオークだった。森の中の比較的開けた場所はオークの縄張りだったのだろう。15人もの人間に戦いを挑むオークも無謀だと思ったが、俺の予想に反して押しているのはオークだった。
それもそのはずで、人間たちは遠目にも分かるほど憔悴しきっている。
──どういうことだ? やつ等はレシアを取り戻しにきた冒険者ではないのか?
乳飲み子を抱えた女や、大きな袋を背負って悲鳴を上げる男。実際にオークを凌いでいるのは、二人程度の男でしかない。
「リィリィ、ちょっと来い」
藪を掻き分けリィリィを前に出して状況を確認させる。
「奴等はなんだ?」
端的な俺の質問に、彼女は眉をひそめる。
「おそらく……難民ではないかと」
ほう、驚いた。この世界にも難民がいるのか。
「戦で家を焼かれてこの森に迷い込んだ、と?」
認めたくないのだろう。渋々頷く彼女を確認すると俺は前方の状況を確認する。
これは、使えるかもしれないな。
「……殺すか」
少しカマをかけてやるか。
目を細めて呟く俺に、リィリィは瞠目する。
「被害は少なくするとレシアさまに誓ったではありませんか!?」
「面倒ごとは少なくするに限る」
こちらに気づいていない人間達とオークへの包囲網を縮める。
「ギ・ギー左に行け。人間どもを囲い込む。ギ・ザーは右だ」
無言で頷くゴブリンを確認すると。
「……貴方、それでも!」
「ならば、お前が助けるか?」
怒鳴りそうなリィリィに問いかける。
「助けてやってもいい。だが彼らに対する説得はお前がするのだ。当然彼らの面倒も、お前が見ることになる。それでも良いなら助けてやってもいい」
オーク対人間の戦いはどんどん人間が追い詰められていく。
「分かりましたっ! 貴方に面倒をかけるようなことはしません!」
「良かろう、ただしあまり時間はかけるなよ」
ここは人間の領域に近すぎる。
「グルゥゥアアァァ!」
にやりと口元を歪めて、立ち上がると同時【スキル】《威圧の咆哮》を発動させる。
「ギ・ガー! オークを殺せ!」
手元に残したギ・ガーに命じてオークを倒させる。手下を従えて槍を構えたギ・ガーは飛び出した勢いのままオークの体を貫き、悲鳴を上げるオークをさらに手下が切り刻む。
未だオークが悲鳴をあげる中を堂々と俺は藪を掻き分けて人間たちの目の前に姿を現す。
リィリィを伴ったその姿が人間たちにどう見えたのか。
先ほどオークと戦っていた戦士二人が、青ざめた顔で再び剣を構える。
俺に促されリィリィが人間たちの前にでる。
「お、お前は人間か? なぜゴブリンなどに!?」
「皆さん、落ち着いて聞いてください」
人間からの非難の声、剣を抜かないリィリィの声に、同じ人間と知って安心したのか非難の声があがる。
「こいつらは何なんだ!? お前の後ろに居るのは、高位のゴブリンだろう!?」
どこから説明を始めようと苦しい立場になるのはリィリィだ。それを分かっているのかいないのか、次々と非難の声を上げる人間に、俺は内心反吐がでる。
だが、やらせたのは俺だ。
目の前の人間が気に食わないとはいえ、使えそうなら使ってやる。
それこそ命が磨り減るまでな。
「私は皆さんを死なせたくはない」
俺とリィリィを交互に見る人間の戦士。後ろに居る非戦闘員達は固まって身動きすらしない。
「だからお願いです。今は黙って従ってください」
「そんなことがっ!」
「貴様人間でありながら、ゴブリンどもに誑かされていのか!?」
その罵詈雑言は聞くに堪えない。
そこで俺は助け舟を出してやることにした。
「おい、リィリィ。あまり時間はないぞ」
「くっ……」
あせった様子のリィリィに構わず、俺は一声周囲のゴブリンに声をかける。
「出でよ」
今まで茂みに身を潜めていたゴブリン達が一斉に立ち上がると、人間たちから悲鳴があがる。
「く、この数はっ!?」
戦士の悲鳴が聞こえる。
俺は努めて冷静に彼らを観察する。特に戦士をだ。
どの程度使えるのか、こいつらの利用価値と抱え込む際のリスク。
「くっ、まだ時間はあるはずです。お願いします。彼らに手は出さないでください」
俺に食い下がるリィリィの姿を人間の目に十分に晒してから、俺は口の端を歪める。
「問うぞ。人間ども」
鋼鉄の大剣を肩に担ぐ。
「服従か、死か」
10秒だけ時間をやろうと言い足して、俺は臨戦態勢で彼らの前に立つ。
人間たちと、リィリィの前にだ。
「答えはどちらだ? 死を望むか」
「やめてください。お願いします」
勝てないと知りつつも俺に剣を向けるリィリィ。その震える剣先が、彼女の恐怖を物語る。
人間たちは互いにどうしたら良いのか分からないのか結論すら出ないようだった。
「俺と戦ってみるか? 今度は命はないぞ」
オークを始末したギ・ガーが血塗れた槍を構えるが、俺はそれを片手を上げて抑えた。
さあ、リィリィ本性を見せろ。
俺を倒せる自信があるのなら、いつでも受けて立つぞ!
「……お願いします」
構えた剣を地面に突き刺し、許しを請うように膝を突くリィリィの姿に、人間達は争う気力もそがれたようだった。
「……良いだろう。こいつらは全員集落へ移動させる。逆らうようなら、その者は殺す」
肩に担いだ大剣を一振りする。
威嚇のための一振りは、思いのほか鋭い風圧となって彼らの恐怖を煽ったようだった。
「リィリィ、責任を持ってこいつ等を集落へ導け。良いな?」
「分かっています」
俯いて表情の見えない彼女は剣を収める。
「ギ・ガー奴等が逃げないようにしっかりと見張っておけ」
「御意」
「ギ・ギーは肉をコボルトに届けろ」
「はイ」
「他の者は、狩りをしながら戻るぞ」
そういって俺は集落へと引き上げた。




