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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
王の帰還
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守るべきもの

【種族】ゴブリン

【レベル】60

【階級】デューク・群れの主

【保有スキル】《群れの統率者》《反逆の意志》《威圧の咆哮》《剣技B−》《果て無き強欲》《王者の魂》《王者の心得Ⅰ》《青蛇の眼》《死線に踊る》《赤蛇の眼》《魔力操作》《狂戦士の魂》《三度の詠唱》

【加護】冥府の女神(アルテーシア)

【属性】闇、死

【従属魔】コボルト(Lv9)

【状態異常】《聖女の魅了》





 目を覚ましたとき最初に目に入ったのは、泣きそうなレシアの顔と不安げに見守る手下のゴブリン達だった。場所は先ほどの洞窟の前から動いていない。

 俺の肩に牙を立てていた灰色狼はどけられ、今はその傷もふさがりかけている。

 いつ見てもでたらめな能力だ。

 その傷がふさがるのを待って俺は立ち上がるが、思わずふらつく。

 貧血気味だな。

 苦笑して頭を振ると、周囲の状況を確認した。

「ギ・ガーあれからどのくらい経った?」

「ギ・ギーに最速で走らせましたので、それほど時間は……」

 中天に輝く太陽はいまだ夕日にはなっていない。

「ギ・ギーさんとギ・ガーさんに感謝した方が良いですよ。私を運ぶために、ギ・ギーさんの魔獣はだいぶ酷使していたようですから。それとギ・ガーさんの判断にも、です! 後もう少しで取り返しのつかないことになることだったでは──」

「ああ、わかった。心配をかけたな」

 ぽん、とレシアの頭に手を置いて長くなりそうな説教を封じる。

「しし、心配などしてるわけがないですか……」

「ギ・ギー、よくやった。魔獣も労わってやれ」

 頭をたれるギ・ギーに頷く。

「ギ・ガーお前もだ。命を救われた」

「滅相もない」

 恐縮するギ・ガーに頷いて、洞窟に視線を向けているギ・ゴーに声をかける。

「中に入ったものはいるか?」

「……誰モ入ってオリマせン」

 叱責されたと勘違いしたギ・ゴーの言葉に、俺は苦笑して首を振る。

「そうではない。よく我慢したな」

 悪戯な犠牲を出さないでこの入り口を抑えた方が、無謀に突っ込んでしまうよりも良いだろう。ちょうど今回、俺が狼を追わせた判断を後悔し始めていたところだったから、ギ・ゴーの堅実さは得がたいものに感じた。

 特に今回はギ・ゴーは特別の思い入れがあるはずだ。その中でもしっかりと自分の群れを守るための行動を見せる判断は賞賛されて良いものだと思う。

「犠牲はほとんど出ていない。三匹一組(スリーマンセル)とか言ったか。なかなか面白いものを見せてもらった」

 ギ・ザーが最後に締めとして群れ全体の被害を報告してくれる。運が良かっただけだという言葉を飲み込む。

「さて」

 流しすぎた血を補って洞窟を調べなければならない。

 俺が断ち切った灰色狼の臓腑を鷲掴みにすると、牙を立て咀嚼し嚥下する。

「これで、多少はマシだろう」

 全員が瞠目している中、洞窟の探索を命じる。

「ギ・ザー、祭司(ドルイド)で優秀なのを3人選べ」

「俺のほかに二人ということだな」

 相変わらずの自信過剰っぷりに笑う。

「ギ・ガー、ギ・ゴー支度をしろ。洞窟の中に入るぞ。ギ・ギーお前はここの監視だ。何かあればすぐに知らせろ」

 一斉に頭を垂れる彼らを見下ろして、俺は再び灰色狼の臓腑に手を伸ばした。

 血を補わなければならない。

 こんな方法しか思いつかないが、何もしないよりはマシだろう。

「まさか。また一戦するのですか?」

 レシアが抗議の瞳を向けるが、俺は苦笑していなす。

「ここで灰色狼を討ち取らねばまた被害が増える。好機を見逃すのは、好きじゃないからな」

「好機を見逃すものを、運命は容赦しない。古い神託の言葉ですが、貴方が知っていたとは驚きですね」

「知らないが、まぁそうだな。頭は使うためにある。生きてるうちに、な」

「私が馬鹿だと言っているように聞こえたのですが!」

「自覚があるんだろう? 良かったな。まだお前は成長過程にある」

「……ついていきますからね!」

「守ってやれる保証はないぞ」

「結構です!」

 レシアの頑固さに苦笑する。

「好きにしろ」

 ふん、と怒り心頭のレシアを見送ると、洞窟に視線を向ける。

 さてあの灰色狼を狂わせたのは、一体なんだったのか。


◇◆◇


 薄暗い洞窟の中を進む。

 ゴブリンに関しては、暗い中でも視界が利くがレシアはどうしようもない。足元をライトの魔法で照らしながら進んでいた。

 洞窟自体はそれほど広くはない。

 少し進んだところで俺達は灰色狼の狂化の理由を知ることになる。

「なるほど、な」

 血の海に沈む灰色狼の死骸だ。その目は何も映すことがなく虚ろに見開かれていた。

 番の死を知ってあの灰色狼は、俺と戦う意志を固めたのか。

 その屍に近づく。何が原因で灰色狼がここまで出血したのか。

 その傷は腹の下から流れ出ていた。

「っ!?」

 それを見た瞬間。

 俺の脳裏に灰色狼の悲しそうな、そして意志を秘めた瞳がよみがえる。 俺が怒りだと感じたのは灰色狼の壮絶な決意だったのだろう。

 ──ああ、そりゃ引けねえよな。

 肩に噛み付かれたときに間近で視線を交差したあの狂気。

 その理由がやっとわかった。

「レシア、こっちに来い」

 首だけになっても俺を通せない理由が、確かにアイツにはあったのだ。

 そうして俺はそれをそっと抱き上げる。

 灰色狼の子供が、2匹蹲っていた。

 眠っているのか、最早死んでいるのかはわからない。だが、仄かに暖かいそのぬくもりを感じれば、まだ手遅れではないと思わせる。

 目を閉じて丸くなっているそれらを抱き上げると近寄ってくるレシアに差し出す。

「癒せ」

「か、簡単に言ってくれますね!?」

 若干引きつった声がするが、直後にレシアは2匹に手をかざす。

 今までの不満も、戸惑いも全て消し去った非人間的な聖女の表情。それがレシアが本気なのだという証だ。

全ての者に癒しを(ヒール)

 淡い光が洞窟の中を照らし、灰色狼の生まれたばかりの赤子を包み込む。

「終わりましたよ」

 見れば、赤子の狼達は静かに寝息を立てていた。

「偽善、だな」

 俺の中に忽然と沸いた自嘲の感情。

 親を殺してその子を奪い。助けると称して、結局は殺せない自分に嘘をつく。

 非情になりきれず、かといって温厚に過ごすにはいささか血生臭すぎる。

「……物事は一つの側面だけではありません」

 はっきりと言い切るレシアに俺は瞠目する。

 独り言が聞かれたのにも驚いたが、何を言い出すんだこの女は。

「貴方がそれを苦しいと感じるのは良心があるからでしょう? ならそれに従うべきです」

 俺を見上げるレシアの紫水晶の瞳は、女神のような硬質なものではない。だが確かに人を射抜く力を持った力強い瞳だった。

「馬鹿を言うな。俺は化け物だ。こいつらを助けるのも、いずれは俺の戦力にするため。変な勘違いはしないでもらおう」

 レシアに心の動きを見抜かれたのが気恥ずかしくて咄嗟に思いついた嘘を並べる。

 だが割りとありそうな話だ。

「見るものは見た。帰るぞ」

 手下のゴブリンを引き連れて洞窟を後にする。

「……本当の化け物は、自分のことを化け物だといったりしないものです」

 静かなレシアの声に俺は背を向けた。



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