第1話 Sクラス
教室へ入ったアレンは、まず中を見渡した。
すでに多くの生徒が席についている。知っている顔もあれば、ほとんど話したことのない生徒もいた。学年別対抗戦で見かけた覚えのある者もいる。
「やっぱり、結構いるな」
隣に立ったカイルが教室の奥まで見渡した。
「うん。対抗戦で見た顔もいるね」
「だな。名前までは知らないやつも多いけど」
カイルが軽く返し、空いている通路を進んでいく。黒板には今日から使う座席が記されていた。
「俺は……あっちか」
カイルが指差す。
「俺はこっちだな」
アレンも自分の名前を確認した。
同じSクラスとはいえ、四人が近くに座るわけではないらしい。エステルは中央より少し後ろ、リリアは窓側。アレンとカイルも、それぞれ離れた席だった。
「じゃあ、また後でな」
「ああ」
カイルと別れ、アレンは自分の席へ向かう。椅子へ座り、周りの席へ目を向けた。
一年生の頃とは、顔ぶれが随分違う。離れた席では魔法の話が交わされ、別の一角からは一年次の試験を振り返る声が聞こえてきた。
アレンは机に片腕を置きながら、教室の様子を眺めた。
「……悪くないかもな」
小さく呟く。
間もなく教室の扉が開き、それまで続いていた話し声が次第に収まっていった。入ってきた教師は教壇へ立ち、出席簿を開く。
「全員、席についてください」
生徒たちがそれぞれの席へ戻る。アレンも姿勢を整えた。
「今日から皆さんは二年生です。すでに知っていると思いますが、この学年からは一年次の成績をもとにクラスが編成されています」
教師の視線が教室全体を巡る。
「ここにいる皆さんは、その中でも特に高い成績を収めた生徒たちです。ただし、Sクラスに入ったこと自体が目的ではありません」
何人かの生徒が真剣な表情で話を聞いている。
「一年生の頃より授業内容は難しくなります。実技についても、より高度な判断と応用が求められるようになります」
アレンの口元が僅かに上がった。
授業が難しくなるのは、むしろ歓迎したい。知らないことを覚え、できなかったことができるようになる。その感覚をアレンは嫌いではなかった。
「まず今日は、新年度の予定と授業について説明します。その前に出席を確認します」
教師が名簿へ目を落とした。一人ずつ名前が呼ばれ、返事の声が教室に続く。
アレンも自分の名前が呼ばれると、「はい」と答えた。
「リリア・フェルナさん」
「……はい」
小さな声が聞こえ、アレンは窓側へ目を向けた。
リリアは前を向いたまま座っている。返事そのものは普通で、姿勢も崩れていない。
今朝、廊下で感じた違和感は、教室に入ってからも消えなかった。世界樹遠征で同じ合同班だった頃や、学年別対抗戦で顔を合わせた時を思い返しても、こんなに静かな印象ではなかったはずだ。
教師の説明が再び始まり、アレンは視線を前へ戻した。
◇
最初の説明が終わる頃には、教室の緊張もかなり解けていた。
休憩に入ると、席を立つ生徒が一気に増える。去年からの知り合いを見つけて話す者もいれば、初めて同じクラスになった相手へ声を掛ける者もいる。早くも数人で輪を作っている生徒たちもいた。
「アレン」
振り返ると、カイルが歩いてきた。
「どうだった?」
「何が?」
「Sクラス」
「まだ説明聞いただけだろ」
「それでも雰囲気くらい分かるじゃん」
「そうだな……」
アレンは周囲を見る。
「結構楽しそうじゃない?」
「だよな」
カイルが頷く。
「強いやつも多そうだし」
「そっち?」
「アレンだって気になってるだろ」
「まあね」
二人で話していると、エステルもやってきた。
「アレンさん、カイル」
「エステル」
「どうした?」
「次の授業で使うものを確認しておこうかと思いまして」
「もう?」
カイルが驚く。
「まだ休憩始まったばっかりだぞ」
「直前になって困るよりはいいと思います」
「それはそうなんだけどさ」
三人で次の授業に必要な教材を確かめたあと、アレンは窓側へ目を向けた。
リリアは席に座ったまま、机の上に置いた資料を見ている。周囲ではいくつもの会話が飛び交っているのに、彼女はそのどれにも加わっていなかった。
「……カイル」
「ん?」
アレンは声を落とした。
「リリア、最近はあんな様子なの?」
カイルの表情が変わった。ほんの一瞬だったが、アレンには分かった。
「……ああ」
カイルもリリアの方を見る。
「前はもっと喋ってたんだけどな」
「ここ数か月、以前より静かにしていることが多いです」
エステルも声を落として答えた。
「数か月……」
アレンの脳裏に、学院から姿を消した少年が浮かんだ。
「……あの頃から?」
尋ねると、カイルはすぐには答えなかった。エステルも僅かに目を伏せる。
「……ああ。いろいろあったんだ」
カイルが静かに言った。普段の彼からは珍しい声音だった。
「詳しいことは、俺から勝手に話すことじゃないと思う」
「そうなんだ」
アレンはそれ以上聞かなかった。本人が話していないことを、無理に聞き出すつもりはない。
「俺もエステルも、ずっと気にしてる。いつもあのままってわけじゃないんだけど……前みたいには、まだな」
カイルが続けると、エステルも頷いた。
「話しかければ、ちゃんと返してくださいます。授業もきちんと受けています」
アレンは再びリリアを見る。彼女が資料の頁を一枚めくった。
そういえば、今朝からリリアが笑っているところを一度も見ていない。
「……そうなんだな」
「あんまり気を遣いすぎなくていいと思うぞ」
カイルが言った。
「そういうの、リリアも分かるだろうし」
「そうだね」
アレンが頷いたところで、エステルが通路へ顔を向けた。
リリアが一枚の紙を手に、こちらへ歩いてきていた。エステルの前で足を止め、その紙を差し出す。
「……エステルの分、私のに重なってた」
「ありがとうございます、リリアさん」
エステルは両手で受け取った。リリアは軽く頷き、そこでアレンと目が合う。
「リリア、今日から同じクラスだな。よろしく」
リリアは一瞬だけ目を瞬かせた。
「……うん」
それだけ答え、自分の席へ戻っていった。アレンはそれ以上引き止めず、その背中を見送る。
次の授業の予鈴が鳴った。教室に散っていた生徒たちが、それぞれの席へ戻り始める。
「じゃ、俺も戻るわ」
「また後で」
「おう」
カイルが自分の席へ向かい、エステルも軽く頭を下げて離れていった。
アレンは机へ向き直り、次の授業で使う教材を取り出した。
ほどなくして別の教師が教室へ入り、教壇へ立つ。窓から差し込む春の光の中、教師が白墨を手に取った。
黒板へ最初の文字が書き記されていく。
アレンは顔を上げ、その文字をまっすぐに見つめた。




