プロローグ 二年目の春
あれから、数か月が過ぎた。
季節は巡り、王立魔法学院にも新しい学年が始まろうとしていた。
朝から校舎の中央廊下には大勢の生徒が集まり、壁に張り出された四枚の名簿へ視線を向けている。
二年生からは、一年次の成績に応じてクラスが振り分けられる。
成績上位から、Sクラス、Aクラス、Bクラス、Cクラス。
名簿を前にした生徒たちの反応は様々だった。
「うわ、マジか!」
「よかった……!」
「待って、私どこ?」
「そこじゃない? ほら、下の方!」
あちこちから声が飛び交う。
その人混みの後ろで、アレン・クロイスはSクラスの名簿を見上げていた。
「アレン、あったぞ」
隣からルークが声を上げる。
「一番上」
「うん、見えてる。ありがとね」
並んだ名前の中に、
――アレン・クロイス。
確かに自分の名前がある。
「まあ、お前はそうだよなあ」
ルークが腕を組んだ。
「首席がSじゃなかったら、逆に何したんだって話だし」
「一年の最後だけ全部寝てたとか?」
セリアが横から言う。
「それでもアレンならSに残りそうなのが腹立つ」
「そこは素直に褒めてくれてもいいんだけど」
アレンが困ったように笑う。
「なんとなく嫌です」
「ひどいなあ」
その横では、ディンが別の名簿へ目を向けている。
アレンもルーク、セリア、ディンの名前を順に探した。
三人とも名前はあった。
ただし、自分と同じSクラスではない。
「……やっぱり教室、変わるんだな」
ルークが呟いた。
先ほどまでの軽い調子が僅かに薄れる。
一年生の間、四人で組んできた。
普段の授業だけではない。世界樹遠征も、学年別対抗戦も、四人で乗り越えてきた。
それだけに、いざ名前が別々の場所へ並んでいるのを見ると、不思議な感覚があった。
「ちょっと変な感じはするね」
アレンも三人の名前を見ながら言った。
「ずっと同じ班だったし」
「だろ?」
「でも、教室が変わったって会えなくなるわけじゃないよ。昼だって一緒に食べられるし」
「それはそうだけどさ」
ルークが頭の後ろで手を組む。
「なんかこう……班が終わった感あるじゃん」
「教室が変わるだけですよ。そんなに大げさに言わなくても」
セリアが横から言う。
「分かってるって!」
「ならいいですけど」
「今、絶対からかってるだろ」
「気のせいです」
二人のやり取りを眺めていたディンが、静かに口を開いた。
「教室が違っても、関係まで変わるわけじゃない」
「そうだね。俺もそう思う」
アレンが頷く。
ルークは三人を順に見てから、観念したように息を吐いた。
「分かったよ。じゃあまあ……これからもよろしくってことで」
「何それ」
「いいだろ、別に!」
セリアは肩を揺らす。
「はい。これからもよろしくお願いします」
「俺も」
ディンが続いた。
三人の視線がアレンへ向く。
アレンは目元を柔らかくして頷いた。
「こちらこそ。これからもよろしく」
そう返したアレンを見ていたルークが、ふと首を傾げた。
「……そういやさ、アレンってちょっと変わったよな」
「急に何?」
「いや、前よりよく笑うようになったっていうか……なんか肩の力抜けたよな」
「そうかな?」
アレン自身には、あまり自覚がないらしい。
「前から話しにくかったわけではないですけど、今の方が声はかけやすいですね」
セリアまで加わると、アレンは眉を下げた。
「セリアまで……」
「悪い意味ではないですよ」
「俺もそう思う」
ディンが短く続ける。
「ディンまで?」
「うん」
三人から揃って言われ、アレンは照れたように頬を掻いた。
「……そっか。じゃあ、悪くないのかもな」
「お、照れてる」
「ルーク、それ以上言うなら昼は別々に食べる?」
「すみませんでした」
即答するルークに、セリアが肩を揺らした。
一年間積み重ねてきたものまで、教室が変わっただけでなくなるわけではない。
「で?」
ルークがアレンの肩を軽く押した。
「お前はSクラスの連中を見なくていいのか?」
「連中って言い方はどうなの」
「細かいなあ。誰がいるか気になるだろ?」
「それは気になるけど」
アレンは再び名前の列へ視線を戻した。
見覚えのある名前は、すぐに見つかった。
「……カイルもいる」
「お、本当だ」
――カイル・フェルド。
その少し先には、
――エステル・ヴァレイン。
さらに、
――リリア・フェルナ。
「三人ともいるな」
「カイルたちもSか」
ルークが名簿を覗き込む。
「そうですね」
セリアも名前の列を追う。
「知っている名前だけでも、四人いますね」
「……なんか上位に集まってるな」
「まあ、成績で分けたなら、そういうこともあるんじゃない?」
「それもそうか」
ルークがあっさり納得した、その時だった。
「何してるんだ?」
聞き覚えのある声に振り返る。
人混みを抜けてきたカイルが立っていた。
その後ろには、エステルとリリアもいる。
「カイル」
「やっぱりアレンもSだったか」
「そんなに分かりやすかった?」
「だって首席だろ。いなかったら驚くって」
「それなら仕方ないか」
アレンが小さく笑う。
エステルはアレンたちへ丁寧に頭を下げた。
「おはようございます、アレンさん。皆さんも」
「おはよう」
アレンが返す。
リリアもその隣で小さく頭を下げた。
それきり何も言わず、壁に並ぶ名簿へ視線を向ける。
カイルはSクラスの紙を指差した。
「俺もさっき見た。まさか俺たち三人もSで、アレンと同じ教室になるとは思わなかったけどな」
「一年生の時とはクラスの分け方自体が違いますからね」
エステルが静かに答える。
「ですが、知っている方が同じ教室にいるのは心強いです」
「俺も。知らないやつばっかりの中に放り込まれるより全然いい」
「カイルなら、知らない人ばかりでもすぐ馴染みそうだけど」
アレンが言った。
「そんなに話しかけやすそうに見えるか?」
「だって、話しかけやすいから」
「褒められてる気がしないんだけど」
「ちゃんと褒めてるよ」
カイルが納得しきれない顔をする。
その横で、エステルが口元へ手を添えた。
「私も、アレンさんと同じ意見です」
「エステルまで!?」
「よかったな、カイル」
ルークが横から肩を叩く。
「絶対面白がってるだろ、お前」
「そんなことないって」
賑やかなやり取りの中、リリアは静かに名簿を見ていた。
視線が時折動くものの、会話へ入ってくる様子はない。
「アレン、新しいクラスでも退屈はしなさそうですね」
セリアが言った。
「ああ、それは大丈夫そうだね」
「否定しないんですね」
「だって楽しそうだし」
答えながら、セリアたちは廊下の先へ目を向けた。
そろそろ、それぞれの教室へ向かわなければならない。
「じゃ、俺らは行くわ」
ルークが片手を上げる。
「じゃあ、また後で」
「昼とか見かけたら声かけるからな」
「見かけなくても来ればいいよ」
「じゃあ遠慮なく行く」
「最初から遠慮する気なかっただろ」
「ばれた?」
アレンが呆れながらも口元を緩める。
「また後でな」
「また」
セリアとディンもそれぞれ言葉を交わし、三人は人の流れに混じっていった。
アレンは、その背中をしばらく見送った。
「セリアたちとは、別の教室になったのですね」
エステルが隣へ並ぶ。
「まあ、ちょっと寂しくはあるけどな」
「そうですよね」
「でも、昼にはまた来るって言ってたし」
「ルークなら本当に来ると思うぞ」
カイルが口を挟んだ。
「それなら、あんまり変わらないかも」
アレンが笑う。
ふと、その向こうにいるリリアへ視線が向いた。
彼女は変わらず静かに立ち、名簿の一角を見つめている。
アレンは何か声を掛けようとして――やめた。
代わりに、もう一度Sクラスの名簿へ目を向ける。
カイル、リリア、エステル。
一年前なら、この三人と同じ教室へ入ることになるとは思っていなかった。
世界樹遠征では同じ合同班として行動し、学年別対抗戦では敵としてぶつかった。そして最後には、予期せぬ敵を相手に共に戦った。
いくつもの出来事を経て、今度は同じ教室で二年目を過ごすことになる。
そのまま眺めているうちに、アレンの視線がSクラスの名簿を離れた。
隣に並ぶAクラス。
その先のBクラスとCクラス。
四枚の名簿を順に目で追っていく。
そして、自分が一つの名前を探していたことに気づいた。
ユウ・リシェル。
その名は、どの名簿にもなかった。
数か月が過ぎても、ユウは学院へ戻ってきていない。
アレンの表情が、ほんの僅かに曇る。
その時、すぐ近くで何かが動いた。
リリアだった。
彼女もまた、四枚の名簿からゆっくりと視線を外す。
ほんの一瞬だけ伏せられた赤い瞳を、アレンは見逃さなかった。
「……」
声を掛けるより先に、始業前の予鈴が校舎へ響いた。
「おっと、そろそろ行かないとな」
カイルが廊下の先を見る。
「初日から遅れるわけにもいかないし」
「そうですね」
エステルが頷いた。
リリアも二人に続いて歩き始める。
「アレンも行こうぜ」
「ああ」
四人で廊下を進んでいくと、やがて目的の教室が見えてきた。
扉の上には、まだ見慣れない札が掛けられている。
『二年 Sクラス』
アレンは一度それを見上げた。
「ほら、アレン!」
先に扉へ手を掛けたカイルが振り返る。
「行こうぜ」
「おう!」
アレンは三人に続き、新しい教室へ足を踏み入れた。




