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白き天使と金色の竜眼Ⅱ  作者: 蒼空れっど
第一章 新たな学年
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第9話 帰る場所

 学院の門を出た頃には、空が茜色に染まり始めていた。


 アレンは鞄を肩に掛け直し、家へ向かう道を歩いていた。


 昨日は図書館で冒険者制度を調べ、今日は実技場で魔力操作を繰り返した。どちらも、これまで何度となく足を運んだ場所だった。


 普段なら、帰る途中で新しい術式を思いつき、学院へ引き返すことさえあった。


 けれど今日は、もう戻らなかった。


 家族へ話すと決めたことがある。


 どう切り出すかは考えていた。けれど、頭の中で何度言葉を並べても、最後には同じところへ戻ってくる。


 学院を辞める。


 自分で決めたことなのに、家族へ伝えようとすると、その重みが違って感じられた。


     ◇


 家の扉を開けると、奥から慣れ親しんだ声が聞こえた。


「アレン? おかえりなさい」


「ただいま、母さん」


 廊下へ顔を出した母は、幼い弟を抱いていた。


 弟はアレンの姿を見つけるなり、母の腕の中から手を伸ばす。


「おっと」


 アレンが指を差し出すと、小さな手がしっかり握ってきた。


「元気そうだね」


「さっきまで眠そうにしていたのよ。あなたの顔を見たら、目が覚めちゃったみたい」


 母は笑い、それからアレンの顔を覗き込んだ。


「今日は何かあった?」


「え?」


「いつもと少し違う気がして」


 アレンは思わず苦笑した。


「……母さんには分かるんだね」


「長いこと母親をしているもの」


 母は冗談めかして言ったが、目には心配そうな色があった。


「父さんにも話したいことがあるんだ。帰ってから、少し時間をもらえるかな」


「ええ、もちろん。……悪いことではないのよね?」


「何か失敗したわけじゃないよ。ただ、大事な話なんだ」


 母はそれ以上問い詰めなかった。


「分かったわ。夕食の後にしましょう」


 弟が指を離したがらず、アレンはもう一度だけその手を握った。


 家の中には、食事の支度をする音が聞こえていた。


 普段と変わらない夕方だった。


     ◇


 父が帰宅し、家族で夕食を済ませると、アレンは居間で両親と向かい合った。


 弟は母のそばで、手にした小さな玩具に夢中になっている。


 名の知られた商会を率いる父は、この日も仕事の書類を持ち帰っていたが、今はそれを脇へ置き、アレンの方へ身体を向けていた。


「話があるそうだな」


 父が先に口を開いた。


「うん。二人に、ちゃんと聞いてほしくて」


「学院で何かあったのか?」


「学院で問題を起こしたわけじゃないよ」


 アレンは両手を膝の上に置いた。


「俺、王立魔法学院を退学することに決めたんだ」


 母の手が止まった。


 父もすぐには答えず、アレンの顔を見つめていた。


「……退学?」


 母が聞き返す。


「どうして? 二年生になったばかりでしょう?」


「うん。授業も面白いし、学院が嫌になったわけでもないんだ」


「それなら、なおさら……」


 続きかけた母の言葉を、父が静かに引き取った。


「まず、理由を聞こう」


 アレンは頷いた。


「同じ学院で知り合った友達が、今も行方不明なんだ。ユウ・リシェルっていう」


 名前を口にすると、実技場で魔法を使っていたユウの姿が浮かんだ。自分には思いつかなかった方法で魔法を扱い、尋ねれば丁寧に答えてくれた。その声も、よく覚えている。


「俺たちは、ユウを探すって決めた。でも、どこにいるのか分かっていない。学院の中から調べられることもあるけど、それだけじゃ届かない場所があると思う」


「それで、退学するのか」


「正式な冒険者になりたいんだ。依頼を受けながら各地を回って、捜せる範囲を広げたい」


 父は少し眉を寄せた。


「学院にいるままではできないのか?」


「学院冒険者と、一般の冒険者は別の制度なんだ。在学中は学院の管理を離れて活動できない。休学しても、学院生としての制限は残るんだ」


「なるほど。だから正式に辞める、と」


 アレンは頷いた。


 父は考え込み、それから口を開いた。


「学院で首席になり、ようやく二年目を迎えたところだ。その先で学べるものも多いはずだろう?」


「そうだと思う。まだ読みたい本もあるし、教わりたい魔法だってあるよ」


 言葉にすると、教室や図書館の光景が蘇った。


「そこを離れるのは、俺も寂しい。でも、卒業まで待てばユウが見つかるってわけじゃないから」


 母が視線を落とした。


「その子は、そんなに大切なお友達なのね」


「うん」


 迷わず答えた。


「学院で知り合って、世界樹への遠征では同じ合同班だったんだ。対抗戦の決勝で戦ったときは、最後まで勝負がつかなくて。いつか続きをしようって約束もした」


 ユウと交わした約束を思い出し、アレンはわずかに笑みを浮かべた。


「魔法についても、ユウと話して初めて知ったことがある。まだ、話したいことがたくさんあるんだ」


「……そう」


 母は弟の背を撫でた。


「でもね、アレン。知らない土地へ一人で出かけるというのは、学院の実習とは違うのよ。困った時に先生が駆けつけてくれるとは限らないわ」


「分かってるつもりだよ」


「つもりでは困るの」


 母の声は強くなかった。ただ、その言葉だけははっきりしていた。


 アレンは軽く頭を下げた。


「……うん。そうだね。簡単なことだとは考えてない」


 父が口を開いた。


「私の商会でも、遠くへ出る者はいる。道が通れなくなることもあれば、行き先で思わぬ危険に遭うこともある。腕が立つだけでは足りない」


「うん」


「まして、お前が探そうとしている相手の居場所は分かっていない。行き先を決めるだけでも難しいだろう」


「だから、いきなり遠くへ行くつもりはないよ」


 アレンは父の目を見た。


「まずは自分にできる依頼から始めたい。実績を積んで、少しずつ行ける場所を増やしていくつもりだよ」


「冒険者として活動を始めるには、どんな手続きが必要なんだ?」


「うん。学院での活動実績をもとに推薦をもらって、ギルドの審査を受ける必要があるんだ。まだ正式に認められたわけじゃないから、まずはそこからだね」


 父は椅子の背に身体を預けた。


「商会の伝手を使って調べることなら、こちらでもできるかもしれない」


「ありがとう。何か分かったら、教えてもらえると嬉しい」


 アレンは素直に答えた。


「ただ、人づてに聞くだけじゃなくて、自分の足でも探したいんだ。知らない土地を歩いて、今よりもっと力をつけたい。魔法の勉強も続けたいしね。学院の外にも、まだ俺の知らないことがたくさんあると思うから」


「……お前らしいな」


 父の口元がわずかに緩んだ。


 それでも、すぐに賛成の言葉が返ってくることはなかった。


「一つ聞かせてくれ。仲間には、もう話したのか?」


「一般冒険者になりたいって考えてることは話した。でも、退学すると決めたことはまだ伝えてないんだ」


「先に私たちへ話しに来たのか」


「うん。黙って手続きを進めるのは違うと思ったから」


 父はゆっくり頷いた。


「なら、仲間たちともきちんと話しなさい。学院を辞めるのはお前自身の選択だ。ただ、仲間と一緒に探すと約束したのなら、これからどう動くかは相談するべきだろう」


「そうするよ」


     ◇


 話が一区切りついた頃、弟が玩具を落とした。


 床に転がったそれをアレンが拾い上げると、弟は嬉しそうに両手を伸ばした。


「はい、どうぞ」


 受け取った弟が笑う。


 その顔を見て、母が小さく息をついた。


「……本当は、引き止めたいわ」


 アレンが顔を上げる。


「あなたが学院で頑張っていたことも、楽しそうに魔法の話をしていたことも知っているもの。それに、遠い場所で何かあっても、私たちはすぐには助けに行けないでしょう?」


「母さん……」


「だから、賛成だってすぐには言えない。でも、今の話が思いつきじゃないことは分かったわ」


 母はアレンを見つめた。


「お願いだから、自分の命も大事にしてね。探しているお友達だって、あなたが傷つくことを望んではいないはずよ」


「……うん。約束する」


 父も静かに頷いた。


「退学の手続きを急いで進める前に、学院の先生にも相談し、手順を確かめなさい。その上でも気持ちが変わらないなら、私も向き合おう」


「ありがとう、父さん」


 アレンは二人へ頭を下げた。


 反対される覚悟はしていた。


 気持ちを伝えれば、すぐに安心してもらえるとも思っていなかった。


 それでも、最後まで話を聞いてもらえたことが嬉しかった。


 弟がまた手を伸ばしてきた。


 指先を握らせると、その小さな手は先ほどよりも強く感じられた。


「……また帰ってくるからね」


 弟には、何の話だったのか分からないだろう。


 小さな手は、変わらずアレンの指を握っていた。


 母が席を立ち、温かい飲み物を淹れに向かう。父は椅子を弟のそばへ寄せ、優しく声をかけていた。


 しばらくして、居間にはいつもの家族の声が戻ってきた。


 アレンは湯気の立つカップを受け取り、その温かさを両手で確かめた。

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