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白き天使と金色の竜眼Ⅱ  作者: 蒼空れっど
第一章 新たな学年
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第8話 もう一つの人生

 翌日の放課後。


 アレンは一人、実技場へ向かっていた。


 昨日、図書館で冒険者制度について調べてからも、学院を離れるという考えは何度も頭を巡った。


 その夜も考えた。


 朝になっても、授業が始まっても、気持ちは消えなかった。


 実技場の扉を開ける。


 中に人の姿はない。


 昼間なら生徒たちの魔法や教師の声が響いている場所も、今は静まり返っていた。


 アレンは中央まで歩き、足を止める。


 学院に残れば、これまでと同じように授業を受けられる。


 仲間とも一緒にいられる。


 学院冒険者として、許された範囲で依頼へ出ることもできる。


 一般冒険者として各地を回るなら、学院を離れることになる。


 今まで当たり前にあった毎日を、自分から手放す。


「…………」


 アレンは右手を持ち上げた。


 掌へ魔力を集める。


 魔法へ変換することはせず、そのまま小さな球状にまとめた。


 淡い魔力の塊が、掌の上に浮かぶ。


 意識を集中させ、それを二つに分ける。


 同じ大きさの小さな塊が、並んで宙に浮かんだ。


 片方から少しだけ魔力を抜き、もう一方へ移す。


 一方が小さくなり、もう一方が大きくなる。


 今度は反対へ戻し、二つを同じ大きさに整えた。


 最後に二つを合わせ、元の一つへ戻す。


 淡い輝きは崩れることなく、掌の上に残った。


 アレンはしばらく見つめたあと、指を閉じる。


「……まだ無駄があるな」


 学院で求められる水準なら、十分に安定している。


 それでも、アレンの目にはまだ粗さが残っていた。


 二つへ分けた瞬間、ほんの少しだけ形が揺れた。


 魔力を移した時にも、ごくわずかな量が外へ漏れた。


 一つへ戻した時には、中心がわずかにずれている。


 もっと正確にできる。


 もっと無駄を減らせる。


「昔から、これは変わらないな……」


 魔法を見れば、仕組みを知りたくなる。


 知らない術式を見つければ、自分でも試したくなる。


 失敗すれば原因を探し、成功しても別の形を考える。


 今の人生で身についたものではない。


 ――もっと前から、そうだった。


 アレンは目を閉じた。


 意識の奥に、今とは異なる景色が浮かぶ。


 ここには存在しない国。


 見覚えのある町並み。


 今とは違う形で組まれた術式。


 夢ではない。


 実際に歩いた。


 実際に触れた。


 そこで学び、笑い、生きた。


 アレンには、もう一つの人生があった。


     ◇


 前の世界にも、魔法は存在した。


 幼い頃から、アレンは魔法に惹かれていた。


 火が生まれる仕組みを知りたかった。


 風が形を持つ理由を調べたかった。


 同じ魔法でも、術式を少し変えるだけで性質が変わる。


 それが面白かった。


 一冊の本を読み終えれば、次の本を探した。


 既に知られている術式を覚えれば、自分なりに組み替えた。


 何度も失敗した。


 失敗したのなら、どこかに原因がある。


 そこを見つければ、次は変えられる。


 学び続けるうちに、既存の魔法を覚えるだけでは満足できなくなった。


 新たな術式を作った。


 誰にも解けなかった魔法を解析した。


 古い理論を組み直し、異なる属性を重ねた。


 その先に何があるのか知りたくて、ひたすら進んだ。


 やがて、その世界でアレンより魔法を極めた者はいなくなった。


 人々は敬意を込め、彼をそう呼んだ。


 ――《賢者》アレン。


 それが、前の人生でのアレンだった。


     ◇


 アレンは目を開いた。


 静かな実技場が視界へ戻る。


 前の人生でも、名はアレンだった。


 そして今も、アレン・クロイス。


 なぜ二度の人生で同じ名を持ったのか。


 その理由は、アレンにも分からない。


 前世の身体も、そこで蓄えた膨大な魔力も残ってはいなかった。


 生まれた直後の身体も魔力も、ほかの赤子と大きく変わらない。


 違いが現れ始めたのは、成長してからだった。


 年齢を重ねるほど増していく魔力量。


 魔力が身体へ馴染んでいく速さ。


 新しい術式を覚え、自分のものへ変えていくまでの時間。


 前世の記憶があるからこそ、比較できた。


 前の人生で今の年齢だった頃より、明らかに速い。


 昔の力をそのまま持ち越したわけではない。


 今のアレン・クロイスとして、一から育ってきた。


 その成長の速さは、前世の自分を上回っていた。


 持ち越したものは、記憶と知識。


 それから、魔法への尽きない興味だった。


 今の魔法を学ぶことも楽しかった。


 前の世界と似ているようで、同じではない。


 魔力の巡り方。


 術式の組み方。


 属性へ変わるまでの過程。


 前世にはなかった考え方も、いくつもある。


 ユウが《光障壁》を斜めに展開し、カイルの足場にした時もそうだった。


 前世の自分にはなかった発想だった。


 アレンはその考え方を、自分の魔力で作る板へ置き換えて試した。


 最初はうまくいかなかった。


 角度や魔力の固め方を変え、何度も繰り返した。


 やがて、自分なりの形で扱えるようになった。


「……ユウも、面白いこと考えるよね」


 小さく呟く。


 前世では魔法の頂点まで進んだ。


 それでも、今の世界には知らないものがある。


 その事実が嬉しかった。


 学院は、まだ知らないものに触れられる場所だった。


 ただ、魔法を学びながら、その先に何を目指すのかまでは考えていなかった。


 魔法を知りたい。


 もっと上手くなりたい。


 その気持ちはずっと変わらない。


 授業でも、対抗戦でも、その時の自分にできることは全力でやった。


 仲間の命が危険に晒された時、力を残していたことなど一度もない。


 自分の限界そのものを追い続けようとはしてこなかっただけだ。


 今は違う。


 探したい相手が、一人いる。


「ユウ……」


 ユウの居場所は掴めていない。


 王国の外まで考えれば、探す範囲はいくらでも広がる。


 学院生では足を運べない土地もあるだろう。


 なら、自分がそこまで行けるようになればいい。


 冒険者として経験を積む。


 ランクを上げる。


 各地を歩きながら、ユウへ繋がる手掛かりを探す。


 その中で、自分自身も強くなる。


 今の成長を続ければ、いつか《賢者》だった自分より先へ行ける。


 そう思えるだけの手応えがあった。


「もっと上を目指してみようかな」


 ユウを探しに、どこへでも向かえる自分になる。


 その道を歩けば、まだ知らない魔法にも出会える。


 そう考えると、自然と気持ちが前を向いた。


     ◇


 アレンはもう一度、同じ魔力操作を繰り返した。


 今度は二つへ分けた瞬間にも、ほとんど形が揺れない。


 魔力を移しても外へ漏れず、最後には二つの塊が滑らかに一つへ戻った。


「……うん」


 少しだけ良くなった。


 魔力を消した時、前世の記憶が脳裏をよぎる。


 学んだ魔法。


 出会った人々。


 過ごした時間。


 そこまでは、はっきり覚えている。


 ただ、その人生の最後だけがない。


 最後に何と戦っていたのか。


 どうして命を落としたのか。


 そして、なぜ自分は今の世界で生まれたのか。


 そこへ辿ろうとすると、記憶は途切れてしまう。


「…………」


 何度思い返しても同じだった。


 気づいた時には、アレン・クロイスとして生きていた。


 今すぐ答えを求めようとは思わない。


 前の人生ではなく、今の人生を生きている。


 そう考えてきたからだ。


 アレンは実技場を見回した。


 一年間、ここで仲間たちと魔法を使った。


 対抗戦へ向けて練習もした。


 図書館には、まだ読みたい本がある。


 授業で知りたいことも残っている。


 学院が嫌になったわけではない。


 むしろ好きだった。


 だから昨日は、答えを出さなかった。


 夜になってからも考え続けた。


 今日一日を過ごしても、進みたい道は変わらなかった。


 学院に残り、これまでの日々を続ける。


 学院を離れ、冒険者としてユウを探しながら歩く。


 どちらを選びたいのか。


 もう、答えは見えていた。


「……決めた」


 王立魔法学院を辞める。


 正式な一般冒険者になり、各地を歩く。


 依頼をこなし、実績を積み、行ける場所を増やす。


 自分は学院の外からユウを探す。


 もし三人が学院に残るなら、学院にいるからこそ拾える情報もある。


 離れていても、四人で探すことはできる。


 アレンは深く息を吸った。


 学院へ話す前に、まず家族へ伝えよう。


 父。


 母。


 そして、まだ幼い弟。


 学院を辞め、一人で冒険者として旅をする。


 反対されるかもしれない。


 それでも、黙ったまま進めるつもりはなかった。


「まずは家に帰ろう」


 リリアたちにも、改めて話す。


 クラスのみんなにも。


 一緒に戦ったルークたちにも。


 何も言わないまま、ある日突然いなくなる。


 そんな去り方はしたくなかった。


 アレンは実技場の出口へ向かう。


 扉に手を掛け、一度だけ振り返った。


「待っててくれ」


 静かな声が落ちる。


「今度は、俺たちが探しに行くから」


 扉を開ける。


 夕方の光が廊下へ差し込み、その中へアレンは歩き出した。

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