第10話 同じ願い
翌朝、アレンがSクラスの教室へ入ると、窓際では数人の生徒が次の授業について話していた。
いつもと変わらない朝だった。机には教本が並び、黒板には今日の予定が書かれている。アレンも自分の席へ向かいかけたが、途中で足を止めた。
「お、アレン。おはよう」
カイルが通路の向こうから手を上げた。
「おはよう、カイル」
「今日は早いな」
「そうかな。カイルがまだ席にいないのも珍しいね」
「今来たとこだよ」
いつもの調子で言い返され、アレンは小さく笑った。
少し離れた席では、エステルが教本を揃えていた。その向こうに、リリアの姿もある。胸元には、ユウが残したネックレスが見えた。
「エステル、リリア。ちょっといいかな」
呼びかけると、二人が顔を上げる。
「おはようございます、アレンさん」
「……おはよう、アレン」
「おはよう。あのさ、今日の放課後、四人で話せる?」
カイルが首を傾げた。
「何だよ、改まって」
「この前話した、冒険者のことなんだ」
「ああ……」
カイルの表情が変わった。エステルも手を止め、アレンを見る。
「少し進んだのですか?」
「うん。ちゃんと話しておきたくて」
それだけ伝えると、アレンは自分の席へ向かった。
まだ他の生徒たちがいる。ここで話すことではないと思った。
席に着くと、アレンは今日の授業で使う教本を開いた。
まだ習っていない術式の図が目に入る。いつもなら、すぐに読み進めていただろう。
だが今は、放課後に三人へ伝えることが頭から離れなかった。
アレンはそっと教本を閉じ、授業が始まるのを待った。
◇
放課後、四人は中庭の奥にある長椅子のそばへ集まった。
校舎の方からは帰り支度を終えた生徒たちの声が聞こえる。葉の間を抜ける風は穏やかで、足元の影がゆっくり揺れていた。
カイルが先に口を開いた。
「それで、冒険者の話って?」
「この前、一般冒険者になってユウを探したいって話したよね」
「ああ。覚えてる」
「そのあと、図書館で制度を調べたんだ。学院に在籍したままじゃ、一般冒険者として自由に各地を回れないって分かった」
「じゃあ、どうするんだ?」
アレンは三人を見回した。
「俺、学院を退学することに決めたんだ」
カイルはすぐに返事をしなかった。
エステルがわずかに目を見開き、リリアの指が胸元の石へ触れる。
「……そこまで決めたのか」
「うん。昨日、家族にも話したよ」
「ご家族は、何と?」
アレンは昨夜のやり取りを思い返した。
「心配してた。もちろん、すぐに賛成してもらえたわけじゃないよ。先生たちにも相談して、手順を確かめるように言われたんだ」
「そりゃそうだろうな。学院で首席だったやつが、二年生になってすぐ辞めるっていうんだから」
カイルは腕を組み、少し離れた校舎を見た。
「……本当にいいのか? お前、学院の授業好きだろ」
「好きだよ。今もね」
アレンは頷いた。
「でも、学院にいれば行けない場所がある。ユウがどこにいるのか分からない以上、探しに行ける範囲は広げておきたいんだ」
学院で過ごした時間が、大切でなくなったわけではない。
「決めるまで、結構考えたよ。だから、勢いだけで辞めるつもりはない」
「……そっか」
カイルは短く答えた。
沈黙のあと、リリアが小さく口を開いた。
「アレンも……学院からいなくなるんだね」
「リリア……」
カイルが隣を見る。
「うん。退学が認められたら、今みたいに毎日は会えなくなると思う」
アレンは曖昧にせず答えた。
リリアは俯き、ネックレスをそっと包む。
「……ごめん。ユウのこと、思い出しちゃって」
「謝らなくていいよ」
「分かってるの。アレンがユウを探すために決めたことだって。でも……」
言葉が続かない。
アレンは、ユウがいなくなった後の出来事をすべて知っているわけではなかった。
それでも、手紙を読みながら涙を流していたリリアの姿も、夢の話をした朝、胸元のネックレスを握っていた姿も覚えている。
自分が学院を離れると聞いて、彼女がすぐには受け止められないのも無理はなかった。
「寂しくなるよね」
アレンが言うと、リリアは小さく頷いた。
「俺もそうだよ。だから、何も言わずに学院を離れることはしたくなかったんだ」
リリアは目元を拭い、顔を上げた。
「……話してくれて、ありがとう」
◇
「ところでさ」
カイルが腕を解いた。
「お前が外へ出るなら、俺たちはどうする? 全員で一般冒険者になるって方法だってあるだろ」
「それも考えたよ」
アレンは答えた。
「ただ、学院を離れたら、ここで集められる情報も追いにくくなる。先生たちに相談したり、資料を調べたりできるのは大きいと思うんだ」
「学院に残っても、探せることはあるということですね」
エステルが静かに言った。
「ユウさんについて何か分かれば、学院へ情報が届く可能性もありますから」
リリアが顔を上げる。
「でも……私たちが学院に残ったら、アレンだけが危ない場所へ行くことにならない?」
「危険な依頼を無理に受けるつもりはないよ。最初は、自分にできることから始めたいんだ」
「それは分かるけどさ」
カイルが頭を掻いた。
「俺だって、ただ待ってるだけってのは嫌だぞ」
「待つだけにはならないと思います」
エステルが答えた。
「学院の資料や、先生方が持っている情報を調べることはできます。学院冒険者として許可された依頼に出ることも、今までどおりできますから」
「それなら、俺たちにもやることはあるか」
「うん。もちろん、三人が学院に残るって、俺が決めることじゃないよ」
アレンは全員の顔を見た。
「もし俺が外から探して、みんながここで手掛かりを集められるなら、違う場所から探せると思ったんだ。どうしたいかは、三人の考えも聞きたい」
カイルは返事を急がず、エステルへ目を向けた。
「エステルは?」
「私は、学院に残って学びながら探したいです。調べられることも、まだたくさんありますから」
そう言って、リリアの方へ向き直る。
「リリアさんは、どうですか?」
「私は……」
リリアは胸元の石を見下ろした。
夢の中で、ユウに追いつくことはできなかった。けれど、その夢のことも、ネックレスの温もりも、まだ分かっていないことばかりだった。
「学院に残って、調べたい。ユウが残してくれた手紙もあるし……何か見つけられるかもしれないから」
言葉は小さかったが、アレンにははっきり届いた。
「……俺も学院に残る。こっちでしかできないこともあるだろうしな」
カイルが答えると、リリアが顔を向けた。
「……いいの?」
「俺も探したいんだよ。ただ、三人で集められる情報もあるなら、そっちをやってみたい。学院で強くなることだって無駄じゃないだろ」
「うん」
アレンは頷いた。
全員が同じ場所へ向かわなくてもいい。誰かが立ち止まることにもならない。
「何か分かったら、ちゃんと知らせ合おう。俺も、行き先が決まったら連絡するから」
「でも、途中で行く場所が変わったら?」
リリアが尋ねた。
「その時は、次にどこへ向かうか伝えるよ。連絡の方法も、出発する前に考えないとね」
「そうですね。行き先が分かれば、こちらからも知らせやすくなります」
エステルが頷いた。
「連絡もなく遠くへ行ったりするなよ」
「うん。約束する」
カイルがようやく笑った。
「ならいいけどさ」
エステルも表情を和らげた。
「学院長へのお話も、これからなのですね」
「そうだね。退学の手続きについて、まずは相談してみるよ」
「分かりました。何か私たちにできることがあれば、言ってください」
「ありがとう」
リリアはネックレスから手を離し、アレンを見た。
「……私も、ちゃんと探すね」
「うん。一緒に探そう」
四人はしばらくその場にいた。
やがて校舎の方から、帰り支度を終えた生徒たちの声が近づいてきた。
「じゃあ、そろそろ帰るか」
カイルが言い、エステルも頷いた。
アレンも鞄を持ち直す。
歩き出す時、リリアが隣に並んだ。
「アレン」
「ん?」
「話してくれて、よかった」
「……うん。俺も、話せてよかったよ」
四人は並んで、中庭を後にした。




