第8話 水底に集いゆく
「それとも、わしが怖いかね?」
アンリエッタが訊ねると、イヅナがムキになって言い返す。
「おばあさんなんか怖くないよ。私たちの方が強いもん」
「強い? 強さだけが人に怖さを想起させるのか? 他人に自分の内面を見透かされるのも怖いと思わんかね?」
「......行こう」
スイレンが促すが、イヅナは首を横に振る。
「内面を見透かす? そんなの出来たら人間関係苦労しなさそうだね。でも出来てないからこんな路地の奥に引きこもってるんじゃないの?」
「お姉ちゃん」
スイレンがイヅナの腕を引っ張る。彼女の直感がアンリエッタが危険な存在であると叫んでいた。
「逃げるかの? こっちに来るよりひどい目にあうぞ?」
アンリエッタがキシシッと笑って言う。それを無視して路地を出ようとしたイヅナ達の視界に、ちょうどリムが道を歩く所が入った。
その瞬間、イヅナとスイレンはその場から瞬間的に離れ、アンリエッタのもとへ飛んだ。そして一目散におんぼろの小屋に逃げ込んだ。
「だから言ったろう」
満足そうに言ったアンリエッタは扉を閉めた。
「びっくりした......」
「こっち見てなかったよね」
びっしょりと汗をかいている二人を見てアンリエッタがプッと吹き出した。
「その様子じゃこっぴどくやられたらしいの」
「笑い事じゃないよ。あの人が本気だったら私達死んでたんだから!」
「わしに怒ったってしょうがないじゃろ。身から出た錆じゃろうに。少しは反省せんか」
するとイヅナが腕を組んでそっぽを向いた。
「お説教はイヤ!」
「お菓子食べるかい?」
アンリエッタが焼き菓子を魔法で台所から引き寄せる。
「食べる!」
イヅナが目を輝かせると、すぐに椅子に座る。スイレンもその隣に座る。
「やっぱり子供じゃの。たんとお食べ」
「子供ォ? お菓子なんて老若男女好きでしょ」
焼き菓子をぱくつきながらイヅナが得意げに言う。
「いただきます言って、あと口にもの入れながらしゃべらないで」
スイレンが行儀の悪い姉をたしなめる。
「刀、差したままなのかい?」
「......確かに」
「他に人の気配はないし大丈夫だと思う」
二人が腰に差している刀を抜いて床に置いた。
「やっと安心して話ができるわい」
アンリエッタが二人の真向かいの椅子にゆっくりと腰を下ろす。
「おばあちゃん、何歳?」
「レディに歳を聞くのは良くないのう、三桁歳とだけ言っておこうか」
「え、めっちゃ年寄りじゃん! 身体には気を付けた方が良いよ」
「......まだまだ元気じゃがな。して、計画の方はどうじゃ?」
アンリエッタの唐突な質問に二人が驚いてせき込む。
「げほぉっ! な、なんでそれを......」
「占いの結果で出たんじゃよ」
アンリエッタが皿に残っていた焼き菓子に手をかざすと、それが真っ赤な宝石に形を変えた。
「え、私宝石食べてたの?」
スイレンが顔面蒼白になって口元を押さえる。
「おえー、おばあちゃん、趣味悪いよ」
イヅナも心底不快そうに口元を拭う。
「食べた者の行く末を占うものじゃからな」
「へえ、んで赤色はどうなのよ」
「最悪じゃな。多分計画のせいで」
「......私達が来る前から焼き菓子用意してたましたよね。私達のこと騙そうとしてます?」
スイレンが疑いの目を向ける。
(まるで私達がここに来ることが分かっていたかのような行動、未来でも見えてるのかな。あるいは知らない協力者? そんな人がいるなんて聞いたこともないけど)
「ほー、なかなか危なっかしそうな男じゃの。なにしたらあんな傷が顔につくのかのう」
アンリエッタが何かを吟味するようにスイレンの顔を見る。
「なっ、オットーさんのことまで、......そ、それも占いですか」
「答えを求めてばかりじゃいかんぞ。ところで───」
アンリエッタがグワーッと目を見開く。
「スイレン。怖がっとるの、刀を今すぐ拾いたいほどに」
「こ、怖がって、ません」
「スイレン、この人やばいよ」
血の気がすぅーっと引いていくのを感じたイヅナがスイレンの手を握って逃げようと促す。
「......どっちに進んでも地獄じゃぞ。イヅナ、スイレン、おぬしらの事を聞かせてくれんか。自分達の言葉で。そっちのほうがまだいい未来が待っておるかもの」
アンリエッタの言葉に二人は顔を見合わせる。目の前の老婆と自分たちの直感、どちらを信じるかを決めかねたように。
アイーダとミカは港から出発し、小舟で波に揺られていた。
「うう、酔いそう......」
グロッキーな顔になったミカが船の縁から顔を出す。
「船酔い? 意外ね、全能感滲んでたから」
「それ、どういう......おえー」
「人の吐しゃ物も一応魚の餌にはなるから」
「クラーケンは怒らないか?」
「たかが人間一人ので怒るほど器小さくないんじゃない」
アイーダが櫂を動かしながら肩をすくめた。そうしてしばらく海を進んだ二人は小島に到着した。白い砂浜に船を乗り上げると、二人は船を降りた。
「ここはね、あたしのお気に入りの場所なの」
「そ、そうなのか。でも、他の漁師とかから見えたりしないのか?」
「ふっふっふ、甘いわね。ついてきなさい」
アイーダがにやっと笑ってミカの手を引いて、背の低い草花でびっしりの島を登りだす。しばらく登ると、石柱に囲まれた池のようなものが目の前に現れた。水面は陽光で煌めいており、静かに揺らいでいる。
「ここは?」
「さ、飛び込みましょ」
「は? 水着持ってきてないが」
「いらないわよ。ほらびびってないで行くわよ!」
「びびっては───ちょ、待って!」
アイーダとミカは池に飛び込んだ。
瞬間、脚が地面に着く。水中にいるはずだが、何故か息ができるし、濡れている感覚もない。
見渡す限り、背の高い海藻が乱立しており、水面から差し込む光が揺らめいて幻想的な空間を作り出している。
「ここは?」
「分かんない。多分魔法の類だと思うけど、私にはお手上げ」
「そうか。解析」
ミカが解析魔法を発動する。
「えーと、水棲生物の特殊な能力で構築された空間、だとさ」
「水棲生物のね。なにが目的でこんな空間を───あれ、なにこれ」
アイーダが足元に落ちていた木の実を拾い上げる。
「うわ、カッサカサなんだけど。いつのか分かる?」
「解析してみる......風化して百年ぐらいたってるらしいぞ」
「そんな昔の!? 結構ここに来るけど、足元なんて見ないからね」
背の高い海藻の森に降り注ぐ青白い陽光。意識が上に向いても仕方がないだろう。
それ以上にミカには気がかりなことがあった。
(百年前の木の実が何でこんなところにあるんだ? この島のではないだろうし───百年前、ウルとクラーケンが喧嘩してたよな。ここでやったのか? いや、ウルに対して不利すぎるな。娘が仲裁に入ったっていうけど───もしかしてここにいたとかか? クラーケンがウルの娘をここに住まわせて、それに激怒したウルが取り返しに来て......って、また飛躍してしまった)
「何考えてんの? そういうの辞めて気分転換して欲しいからここに連れて来たんだけど。別に心配はしてないけどね!」
「わ、悪い。そうだよな。案内してくれよ」
「そうこなくっちゃ! きっとあんたもここの虜になるわよ」
二人は海藻の森を並んで歩きだした。
テンカーン村の森のとある洞窟にて。
「イヅナとスイレンが帰ってこない。何があったと思う、サリヴァン?」
虚ろな三白眼の男・オットーがポツリと呟いた。
「......まさかリムにやられたとか?」
猟師を騙る男・サリヴァンが肩をすくめて答えた。
「それか、どっかで油売ってるか」
「ふ、まあいい。俺はこれから計画の最終段階の確認に向かう」
オットーが懐から小さな袋を二つ取り出した。
「この大容量アイテムボックスを例の小島の地下の水中森林で起爆させる」
「それにたんまり入ったガラクタ汚物が海の中にばら撒かれて、ブチギレたクラーケンが出現するって寸法か」
「ギルドに潜入させてるスパイから、情報も続々と上がってきてる」
「俺以外に?」
「どっかの国の元諜報部員らしい。そいつによると、ギルドはお前に目星をつけてる」
「え、しくじったのか? ギルドの目をウルに向けておくって作戦だったよな」
「初期段階はな」
「じゃあ、俺は森に潜伏しっぱなしのほうがいいな」
「ああ。こちらの動き自体はまだギルドにつかまれていないようだし、クラーケンが出現したら、ウルを連れて港まで来い」
「ああ、分かった。あ、そうだ。白魔導士が来てるのは言ったよな、そっちにも注意しろよ」
「当然」
オットーはサリヴァンの忠告に頷くと、立ち上がり、アジトの洞窟を出た。




