第7話 噓の先に魔女
太陽が完全に顔を出した朝、緑髪と青髪は激しい痛みを感じながら目を開けた。
「あ、起きた」
男の声が聞こえたかと思うと、激しく身体を揺さぶられる。
「はっ!」
緑髪は自分の身に何が起きたのか思い出した。そしてすぐに妹を探して辺りを見回す。
「おはよ」
男がかがんで、目線を合わせてくる。透き通るように白い肌、真っ白な髪、人形のような創りの顔に緑髪は若干の恐怖を覚えた。
「あ、あ」
言葉にならない声が喉をついて出る。
「リム、喉潰したのか?」
「鳩尾に一発入れただけだ」
「ほんとかよ......なあ、殺しはしないからあんまり怖がらないでくれ」
「べ、別に怖がってないし。なにされても喋んないからね」
「ん? なんか隠し事があるっぽいぞ」
ミカがリム達の方を見る。
「まず名前を言いなさい」
リムが緑髪と青髪に名前を訊ねる。
「スイレンです......」
青髪の方がおずおずと名を名乗った。
「ちょっと、何名乗ってんのよ!」
緑髪がジタバタもがく。
「殺されちゃうかもしれないんだよ、名前ぐらい言っても大丈夫」
スイレンの言葉に緑髪が落ち着いた様子を見せる。
「ふう、言われればそうね。私はイヅナよ」
「よし、緑がイヅナ、青がスイレンだな」
名前を把握したミカは質問を続けていく。
「ここに何しに来たんだ?」
「リムって奴と戦うため」
「リムと? なんだってそんなこと───」
「武者修行ってやつです」
スイレンが答える。
「君ら私より年下でしょ? いつからやってんの?」
「十歳の頃から五年ぐらい」
「へ!? お前ら十五歳!?」
「私は十六歳よ」
イヅナとスイレンがまだ子供だと思っていたミカ達はたいそう驚いてしまった。そしてその若さで壁を切り刻む程の実力を持っていることに舌を巻くのだった。
「まだ子供なのに、お父さんとかお母さんは心配しないのですか?」
エレナが眉を曇らせながら言うが、スイレンが答えた。
「どっちも死んでるから大丈夫」
「大丈夫じゃないだろ!」
「死んでるんだぞ!」
「ご両親が悲しみます!」
ミカ達が大声を出したのにイヅナとスイレンが目を丸くする。
「いや、大丈夫かって聞かれたから───」
「こいつら、ここの子供じゃないよな。この服、あれじゃね? ミコトクニの着物と軽装甲冑じゃね?」
「エスタルキアの東に位置する国でしたっけ? 本で読んだことがあります。どの服も可愛いんですよ」
エレナが思い出したように言う。
「ミコトクニから旅をしてるのか?」
「うん。商人さんの用心棒とかしながら一緒に来たの」
ミカがリムにチラッと視線を送る。
「ふぅーん......働きつつか、偉いじゃん───じゃなくて、なんでリムと戦うなんてことしようとしたんだ」
「強い人と戦えば手っ取り早く強くなれるでしょ?」
「それで死んだら元も子もないだろ?」
「なにも言えなーい」
イヅナが調子に乗り出す。
「こいつ調子に乗ってるぞ」
「殺そうか」
「ちょ、ちょっと、冗談じゃん!」
「こっちも冗談だよ」
「子供にそんなことするなんて最低だよ!」
「お前らが仕掛けてきたからだろ。自業自得だ」
ミカが二人の縄をほどきながら言う。
「誰からリムの事を聞いたんだ?」
「赤い髪の女の人。ここにいるって言ってたよ」
「ああ、そうじゃなくて。リムが強いって誰から聞いたのかってことだよ」
ミカが笑いながら訊ねる。
「ああそういうこと? 別の冒険者から聞いたんだよ。巨人の棍棒を真っ二つにした騎士がいるって」
「口の軽いやつがいるもんだな。アイーダに文句言ってやろ」
「君達、相手はいつでもしてあげるから、ちゃんと断りを入れてくれ。私も君らを殺したくないんだ。剣術の鍛錬ならいつでも歓迎だ」
リムがイヅナとスイレンに向かって語りかける。
「はーい!」
「ありがとう、おばさん」
「おばっ......ふ、どういたしまして」
「壁に関しては......ふふ、魔法で直せるから......ふふっ、気にするな」
ミカが笑いをかみ殺しながら手をひらひらさせる。ただ視線は冷たく、二人を貫いている。
「じゃーね!」
「壁の件はすいませんでした。失礼します」
イヅナとスイレンはそう言うなり全力ダッシュで逃げていった。
ミカが崩れた壁を見ながらため息をつく。
「ふう、壁を斬った、か。この壁とあの森の樹、どっちがかたいんだろ」
「───飛躍しすぎでは?」
「俺の勝手な妄想だぞ。あいつらが、多分悪意もなく遊び感覚で斬ってたんじゃないか?」
「それでちょうど起きたウルが滅茶苦茶怒ったって訳か」
「それか商人ってのが噓で、何か裏に組織がいるとか。諸々尻尾ださせようと思って、逃がしてみた。
そもそも十五、六の子供をたった二人、用心棒に雇う商人ってありえないしな。噓はついてると思う」
ミカが推理したとき、アイーダが外から顔をのぞかせた。
「ちょっと、これどうなってんの!?」
「ああ、ちょっとな。中に入ってくれ」
アイーダが中に入ると、ミカは修復魔法を発動し、きれいさっぱり元通りにした。
「大工は商売あがったりね......」
アイーダがドン引きしながら呟く。
「あ、そういえば刀持った姉妹がこっち来なかった? リムを探してたみたいだけど」
「きたぞ。そいつらが壁をぶっ壊したんだ」
「ああー、ホントにごめん。そいつらにリムの場所教えたの私だわ」
アイーダが天を仰いで目頭を押さえる。
「赤い髪のやつから聞いたって言ってたけど、お前だったのか」
「うん、小さい頃リムにお世話になったって言ってたわ」
「え? あいつら、お前じゃない冒険者からリムのこと聞いたって言ってたぞ?」
「は? 昨日森にいた冒険者全員には緘口令敷いてるわよ。喋るわけないじゃない」
「───じゃあ、私の強さを見ていたのは消えた猟師だけになるな」
リムが結論を出すが、ミカが待ったをかける。
「そんな都合よく繋がるか?」
「確実に噓はついてたし、いずれにせよ探る必要はある」
「そうだな。リム、イヅナとスイレンの動向を探ってくれ」
「分かった。今日は一日一緒にいられそうにないからキスしてもらってもいいか」
「なに言ってんのあんた」
呆れるアイーダをよそにミカはしゃーなしでリムの頬にキスしてやった。
「ありがとう!」
リムはやる気マックスで外へ出ていった。
「もう鬱陶しいからキスしてやったんだよ。聖女の件で来たんだろ?」
「そうよ。一から説明してもらうわ」
アイーダが椅子に座る。その向かいにミカが座り、事の顛末を話した。
話し終わると、アイーダはいまだ信じられないという表情のまま首を傾げた。
「あのミケちゃんが男にねぇ」
ミケちゃんというのは、昔のミケーネのあだ名である。
「それで、聖女に戻るための素材は一つも集まってないのね。都合よく判明はしたけど、集めるのはかなりの困難を伴ってるのね」
「そう。巨人の脊髄はウルのをもらわないといけないかもしれないし、クラーケンも出現させないといけないしで」
「ウルとクラーケンをぶつけて同時にゲットするしかないんじゃない?」
「それも考えたけど───いい気分じゃないだろ」
「ほんとに聖女に戻りたいの? どうしても戻らないといけないなら、そういう倫理観は無視すべきじゃないの?」
「簡単に言ってくれるなよ───俺だって聖女である前に一人の人間だぞ。出来るだけ穏便に事を収めたいんだよ」
「てかさ、そもそも聖女が人かどうかも怪しいでしょ。なに聖魔法って」
「知らない。使えるから使うんだよ。それで、人の幸せが守られるんならいいだろ」
そう言った途端、アイーダはミカの顔を凝視し始めた。
「あー、あんたちょっと、気分転換しない? 船だすから、海行こ」
「何を言って───」
ミカが眉をひそめたが構うことなくアイーダはミカの手を取って家から出て港へ走った。
「あーん、私も連れていってくださいー!」
エレナが悲痛な声で呼び止めるが、アイーダは脚を止めることなく、ミカを港の方に連れ去ってしまった。
全力疾走をかましたイヅナとスイレンは路地に入ってやっと脚を止めた。
「はあ、はあ、なんとかなったかな」
「多分、計画の事バレてないと思う。このままアジトに戻ろう」
「ここにいてもいいことなさそうだし」
二人がまた走りだそうとした時、しゃがれた声が二人を引き留めた。
「これ、どこへ行くんじゃ。わしがお前達を占ってやるぞ」
二人の後ろにはおんぼろの小屋があった。その小屋の扉からアンリエッタが顔をのぞかせていた。
「それとも、わしが怖いかね?」




