第6話 襲撃
「それで、どうだ」
暗闇に低い声が響く。
「めんどそうなのが混じってる」
別の声が答える。
「白魔導士とかいうやつが紛れてやがった」
「魔導士? なんだってそんな奴がこんなところに」
「さあな。取り巻きの金髪の騎士も厄介そうだ。メイドもどっかで見たような気がするが───」
「そいつら強い? 特に金髪の騎士」
甲高い声が響き渡る。と同時にランプに光が灯される。腰に差された刀の鍔がきらめいている。
「姉さん、まさか会いに行くの? やめた方がいいよ」
今度は低めの、おどおどしたような声が聞こえる。甲高い声の女がランプをそちらに向ける。
「そう決めつけないでよ! 聞いただけじゃん!」
「お前ら、声がでかい。ウルの奴に嗅ぎつけられたらどうする」
「きゃはは、あいついるの忘れてた。森は荒らしまくったけど怒ってた?」
「当たり前だろ、死にかけたぞ」
ランプで照らされた男の表情はげんなりしている。彼は日中猟師として調査隊と行動を共にしていた男である。
「無事で良かったです」
「ったく、心配してくれるのはお前だけだぜ」
「ちょっと、質問に答えなさいよ。その金髪の騎士ってやつ強かった? 名前は?」
「名前はリムっていったかな、尋常じゃない強さだ。ウルと真正面からぶつかって棍棒をぶった斬りやがった」
「え、アレを? ......決めた、明日ちょっかい出しに行く!」
「姉さん、駄目だよ」
「いや、好きにしろ。計画について漏れなければ大丈夫だ」
顔に傷のついた男が虚ろな三白眼で姉妹を見つめる。
「ヨユーだし、なんなら頸持ってきてあげよっか」
「まあ、戦力を削ぐ目的にはなりますし───」
姉妹が不敵な笑みを浮かべる。
脱衣所で服を脱いミカは自分の裸をまじまじと見つめる。薄く割れた腹筋をなぞってみる。男の体を見ることはそんなになかった。
せいぜい露出狂の樽のような腹だけである。
「本当に男になったんだな」
言葉にすると少し恥ずかしくなってきた。
「なったものはしょうがないか」
そう呟くと、浴室に入った。浴槽のお湯を桶ですくうと頭からかぶり、浴槽に飛び込んだ。
「はぁ」
思わずため息が漏れる。
(明日アイーダが来るでしょ、私が聖女なことはバレてるし、どう対応したもんかな。そして巨人の脊髄! これが今一番めんどくさい、ウルをどうやって説得するか。クラーケンと同士討ちさせて娘の脊髄を───泥棒と変わんないか。てかクラーケンも出現させないとじゃん。あー、やることの密度が高すぎ)
ミカが目をつぶって思案していると、浴室のドアが開く音がした。
視線を向けると、真っ裸のリムとエレナが入室してきていた。幸か不幸か、十中八九幸で湯気が二人の裸体をぼやかしている。
「───エッ!?」
ミカがあまりの衝撃でざぶんと湯に潜る。
(え、風呂には入ってこないと思ってた。これ覗きの百倍ヤバイ犯罪だろ? 男が女にやって犯罪になることは女が男にやっても犯罪だろ)
ミカは恐る恐る顔を出す。ちょうどリムが湯を身体にかけ流すところだった。
「今更恥ずかしがることないだろう? 同じ身体を流した仲間だし」
「同じ釜の飯みたいなこと言うな。というか今俺は男なんだよ。こんな所母さんに見られたら───」
「お義母さんが入っていいとおっしゃいましたので」
エレナが頭をシャンプーで洗いながら言う。
「だからって入らないだろ、お前ら子供じゃないんだぞ、いい歳こいた大人だぞ」
ドン引きするミカに対して湯船に浸かったリムがスーッと接近する。
「大人だって、一緒の風呂に入ってもいいと思うが」
リムはミカに身体をぴったりとくっつける。リムの鍛え抜かれた肉体の感触が嫌と言うほど伝わってくる。
「そんなことより、巨人の脊髄についてなんだが」
「へっ? ああ、脊髄な。急に真人間に戻るなよ」
ミカが呆れたように肩を落とす。
「ウルの娘のを譲ってもらうしかないけれど、どうやって交渉するかだよな」
「そもそも脊髄が残ってるかどうかも怪しいのでは? 白骨化してからかなり時間が経っているみたいですし、柔らかい部位はあらかた分解されているのでは?」
エレナが湯船に入りながら疑問を口にする。
「確かに。よく知ってるな。脊髄が残っていなかったら、ウルのをもらうしかなくないか?」
「生きたまま脊髄を取り出すことなんて───というか脊髄って何だ? 背中にある何かぐらいの感覚なんだが」
リムが首をかしげる。
「うーん、説明が難しいな。背骨と一緒に伸びてる柔らかい部位だ」
「ウルのものを取るとしたらかなり太いんじゃ」
「削り取ればいいだろ。それをするならウルが死ぬ必要があるけどな」
三人がその事実に言葉を失う。何も言わずにミカが湯船から上がり、浴室から出る。
彼は服を着ると髪も乾かさずに寝室へ直行し、そのままベッドに潜り込む。そして目の前の現実から目を背けるように、自分に睡眠魔法をかけて眠りに落ちていった。
まだ日も登りきらない早朝、ギルド前でトレーニングをおこなっていたアイーダは声をかけられて動きを止めた。
「すいませーん」
腰に刀を差した女の子二人がこちらに歩いてくる。
「こんな朝っぱらから、元気な子らね」
自分の事を棚に上げて、感心したように汗を拭う。
「あのー、人捜してて」
緑色の髪をツインテールにした女の子がニヤニヤしながら訊ねてくる。
「人? こんな時間に起きてるの、漁師ぐらいよ。漁港の方にいきなさい」
「おばさんも起きてんじゃん」
「おば......私はまだ十八歳よ! 失礼な子ね」
アイーダが目の前のクソガキをにらみつける。が、気を取り直していいお姉さんでいようと言葉を続ける。
「誰を捜してるの? 私でよければ力になるけど」
「ありがとうございます」
青い髪をポニーテールにした女の子が頭を下げる。
「こっちは礼儀正しいのね。どういたしまして。お姉ちゃんか妹ちゃんか知らないけど、礼儀正しいわね」
「妹です」
「ふーん、妹ちゃん。捜してる人の名前を言ってごらん」
「えーと、確か」
「リムっていう人!」
「リム......ああ、あの金髪の。君ら王都の?」
「うん! 小さい頃お世話になってたんだ!」
緑髪の子供らしい返事にアイーダが思わず吹き出す。
「ふふっ、そうなんだ。ここをまっすぐに進んだら、屋根にミケベルが乗っかった家があるの。そこにいるんじゃないかな」
「ミケベルが屋根に? おばさん私達をからかってるの?」
緑髪がアイーダをにらみつける。
「や、ほんとだから。刀に手をかけるのをやめなさい!」
アイーダが後ずさる。
「噓だったら斬っちゃうからね」
「さよなら、お姉さん」
二人はそのまま去っていった。
(教えても......大丈夫だったよね。私より年下の子供がリムに勝てっこないわよね)
アイーダは緑髪の放った一瞬の殺気に驚きながら二人を見送りながら、一抹の不安を抱くのだった。
「ありがとうね、朝早くから」
「いえ、泊めていただいていますから。これぐらいはさせてください」
ミカの母親とエレナは朝ごはんの支度をしていた。エレナは手早く食器を並べていく。
「いつもこんな時間から?」
「そうよ。漁は部下に任せてるけど、ミケベルの水揚げには私も立ち会ってるのよ。何から何まで任せっきりはなんか嫌じゃない?」
「まあ、ご自身も現場に立たれるなんて、素晴らしいです」
「あらそう? そんなに褒めたってなにも出ないわよぉ!」
母親がエレナの頭をわしゃわしゃと撫でる。さながら大型犬を溺愛する飼い主である。
「くすぐったいですわ、お義母さん」
二人が年甲斐もなくじゃれていた時、玄関のドアがどんどんとノックされた。
「こんな時間になんでしょう」
「部下たちは漁に出てるから、誰かしら」
耳をすますと
「え、まだ寝てんのかな」
「まだ薄暗いよ、起きてないんだよ」
「てかホントに屋根にミケベルが乗ってるんだ。何考えてんだろ、ここの家主」
「ミケベルが大好きなんだよきっと───ってそんなことはどうでもいいよ」
「そうね、出てこないならぶった斬っちゃいましょ」
などと聞こえてきた。
「え、ぶった斬るって、やだこの家を?」
「リム様とミカ様を───」
その瞬間、雷鳴のような音が轟き、壁紙バラバラに切り裂かれた。
「お邪魔しまーす!」
「お邪魔します」
二人の女の子がずかずかと入り込んできた。エレナはミカの母親を自分の後ろに下がらせると、問いかけた。
「誰ですか! 人の家を許可なく斬るなんて失礼すぎます!」
「家を斬ることにはなんの疑念も抱かないの? まあいいや。私らはリムっていう騎士に用があって来た!」
「来た!」
「私にか?」
それに応えるようにリムが姿を現した。随分と怒っているようで、額に青筋が浮かんでいる。
「そうよ、リム。あなたと遊びに来たの」
「ちょっとだけですけど」
二人が刀を抜いて切っ先をリムに向ける。当のリムはテーブルに置いてあるフォークを手に取った。
「せっかく気持ちよく眠ってたのに───」
リムがユカを蹴って緑髪に向かってフォークを突き出す。
「ふわっ!?」
緑髪は咄嗟に刃で受けたが、物凄い力で外に吹っ飛ばされる。その隙をついて青髪がリムの頸めがけて刀を振り下ろす。
(取った、この人の頸......!)
青髪が確信した瞬間、リムがフッと消えた。振り下ろす刃に手ごたえはなく、空を虚しく斬るだけだった。
「消え───」
リムが青髪を殴り飛ばした。壁に激突した青髪は痙攣したまま倒れている。リムは一瞥すると外から走りこんできた緑髪の振り下ろす刃を避けると、収納魔法から剣を取り出し、柄の頭の部分を鳩尾に叩きこんだ。
「ぶっ!」
緑髪がうずくまってそのまま動かなくなる。
「なんかすごい音したけど、大丈夫か⁉」
遅れてミカがやってきた。彼の目の前にあるのはぶっ壊れた家の壁、地面に転がっている二人の女、ウトウトしているリム、母親とエレナである。
「えーと、リムが寝ぼけてやったわけじゃないよな」
「急に女の子達が襲ってきて」
「そこの二人がやったって訳か」
エレナの説明にミカは頷くと、魔法で縄を創り、転がっている緑髪と青髪をまとめてきつく縛り上げた。
「こいつらが起きたら、洗いざらい吐いてもらおう。どこのどいつで、何が目的でこんなことをしでかしたのか」
ミカが気を失っている二人を見下ろして、怒りをみなぎらせながら言った。




