第5話 ウルのお願い
ミカは森の番人を名乗る巨人・ウルに話を聞くため、魔法を準備していた。ウルはかなり怒っているようで、武器を失ってなお、巨大な拳でアイーダ達を握りつぶさんと振り回している。
その猛攻をすり抜けるようにアイーダ達が飛び回る。
「どれぐらい時間がかかりますか⁉」
エレナがウルの腕を駆けあがりながら叫ぶ。
「魔法を組み合わせるから、もうちょい引き付けろ!」
ミカが叫び返す。
「エレナ危ない!」
エレナに迫る手をリムが蹴り飛ばした。そしてエレナの手を取り、樹の幹に取り付く。
「大丈夫か、よくあそこまで肉薄したな」
「こ、怖かったです」
エレナが震えながら言う。アイーダ達やリムと違い、エレナは戦闘要員でもない。これ以上彼女に危険な真似はさせられないと判断したリムは指示を出す。
「ミカの所で待機しているんだ、いいね」
「───分かりました」
エレナがミカの所に向かう。それを見届けたリムはウルのもとへ飛んだ。
「ミカ様、作戦は」
「エレナか。創樹魔法と伸縮魔法の組み合わせでウルを拘束しようと思ったんだが、魔力の細かい制御が効かないんだ」
「ミカ様が珍しい、男性の身体になったのが関連しているのでしょうか」
「さあね、考察してる暇ないから。単純な魔法で無理やり拘束する!」
ミカが手に魔力を籠めると、魔法を唱えた。
「土掌握!」
ウルの足元の土が隆起し、土の手に姿を変え、ウルの脚を強くつかんだ。
「な、なんじゃこれは!?」
驚きの声を上げたウルがバランスを崩して前に倒れこむ。すかさず土の手がウルの上半身をがっしりと固定した。
「よし、ひとまず拘束は完了したな。みんな、ありがとう!」
ミカが樹から飛び降り、ウルの所へ向かう。
「何とかなってよかったですぅ」
エレナが枝に座り込む。アイーダ達もほっとしながら地面に降り立つ。ウルの荒々しい息が枝葉を巻き上げる。
「落ち着いて。俺たちは敵じゃない」
ミカがウルに話しかける。
「森を傷つける奴は敵だ!」
「いや、俺らはついさっきこの森に入ったばっかりだし。俺らより前にこの森に入ってきた奴らがいただろ?」
ウルの怒りなど全く気にしないでミカは質問を投げる。
「ああ、わしが起きた時、その場にいたからのォ。森を傷つけた輩には代償を払わせてやらんとなァ、でも取り逃がしたッ!」
ウルの大声に全員が耳を塞ぐ。
「いちいち声がでかいな。んで、そいつらがやった証拠はあったのか」
「ふん、荒れた森におったんじゃから、そいつらに決まっておろう」
「番人やめちまえ」
ミカがため息をつく。その時、冒険者の一団がこちらにやってきた。
「あれは、ラート班ね」
アイーダが手を振る。
「アイーダ、先遣隊は無事だった」
ラートが後続の冒険者達を指さす。
「よかった、怪我は?」
「七名中三名が負傷しているが、いずれも軽症だ。ずっと木の上に身を潜めていたらしい」
ラートの報告にアイーダが胸をなでおろす。
「なあ、あんたら、ここらの森を荒らしたか?」
ミカが救出された先遣隊の面々に訊ねる。
「荒らすわけがないだろ。俺たちが巨人領域に到達した時点でここらは荒らされてたさ」
「───だとよ」
「それに道中、樹が何本か倒れていたが、明らかに人の手によって切断されたと分かるものがあった。バカにするわけではないが、彼ら冒険者には到底不可能な所業だ。人の胴体より何十倍も太い樹だし」
リムが言いながらウルに近づく。
「もっと別の何かがいたのではないのか?」
「ふん、わしが起きた時にはすでにこうなっておったわい」
「起きた時? その前起きたときは?」
「確か、百年前? とかそこらじゃろうな」
ウルの言葉を聞いたアイーダが辺りを見渡す。
「一番最初にウルを見た猟師に話を聞くのが手っ取り早いんだけど───あいつどこ行った?」
いつの間にか猟師がいなくなっている。
「まさか、やられて?」
「初っ端の咆哮で吹っ飛んだまま気絶してるのかもな」
ミカが言うが、アイーダはそれを否定した。
「いや、あいつ体勢を一切崩してなかった。見てたもん」
「え、じゃあ、あいつどこ行ったんだ。逃げたならだれか気が付いてただろうし。ま、捜索はお前達に任せるぞ」
「しょうがないわね。ラート、グレイス班と合流して猟師を探して。夕暮れには村に戻っていいから」
「分かった。いくぞ!」
ラートは頷くと班員に促して飛び上がった。
「よし、話を戻そう。落ち着いたか、ウル」
「貴様らが森を荒らしたのではないのか?」
「荒らしてないわ。そもそも私たちは森にあまり来ないのよ。漁業が盛んな街だから」
「ふむ、今のが信用に値するわけではないが、ちゃんと話がしたい。拘束を解いてくれんかの」
「いいぜ」
ミカが手をグッと握ると、ウルを押さえていた手が土くれにもどった。
「ふう」
ウルは一息つくと、胡坐をかいてミカ達を見下ろした。
「わしはこの森の番人ウルじゃ。ざっと数えても千年以上かの」
「へえ、ずっとこの森を守ってるんだな」
「いかにも。や、話も聞かずに手を出してしまった非礼は詫びる。すまんかった」
「まあ、誰も死ななかったし、いいんじゃない」
アイーダが銃を肩にかけながら言う。
「私たちとしてもこの森の荒れ具合は看過できない。何が起きたのか調べないと」
「すまんの、本来はわしがやるべきなんじゃが」
「気にしないで。後日正式に調査隊を編成してそっちに寄越すから」
アイーダの発言にウルがコクコクと頷く。そして気まずそうに口を開いた。
「その、おぬしらに頼みたいことがあるんじゃが」
「なんだ?」
「わしの寝床にある妻の像の掃除を手伝ってほしいんじゃ」
「掃除? ウルでも手に余る大きさなのか?」
リムが眉を顰めると、ウルがため息をついて話し始めた。
「ついてきてくれ、見ればわかる」
ウルはそう言うと、巨大な体を揺らしながら立ち上がる。
(道具もないのにどうやって掃除するんだ?)
ミカはそんな疑問を抱えつつ、リム達を促してウルについていく。
数分後、ミカ達は天井の隙間から陽の光が差し込む巨大な洞窟にいた。いくつもの草花が首を垂れ、岩肌に水を滴らせている。岩肌も苔むしており、自然の雄大さをありありと見せつけられる。
「何というか、圧倒されますね」
エレナが呆然と漏らす。彼女に限らず、誰もが自然の雄大さとそれへの畏怖に口を閉ざしていた。
「もうすぐ妻の像があるところに着く───どうしたんじゃ、全員押し黙って」
「あ、ちょっと怖くなっちゃって。威厳ありすぎるっていうか」
アイーダが頬を搔きながら笑う。無理に作ったような引きつり笑いであったが。
「そりゃあ、森の神の住処じゃったからのう」
「森の神? どうりで」
ミカが頭上から降り注ぐ陽光を手で遮る。
「こんな所があるなんて知らなかったわ」
「テンカーン村に住んでてもか?」
「森に入る事なんて滅多にないのよ。基本海にしか行かないし、猟師が何人か入るぐらいね」
アイーダがリムの疑問に答える。
「海か、海と言えばクラーケンの奴はどうしとるのかのう」
「クラーケン、知り合いなのか?」
「ああ、昔喧嘩しての。やつを海の底に沈めてやったのよ」
「クラーケンは元々水生のモンスターだろ。住処に帰してやっただけだな」
「......もう百年も昔の話じゃ。まだそこまで人も住んでおらんかったころじゃ」
「へぇ、そいつらは巨人とクラーケンが喧嘩おっぱじめて肝が冷えただろうな───ってあれなんだ?」
ミカの視界の先に、ウル程の高さの《《足の裏》》が見えた。あまりの大きさにミカ達は啞然とするしかない。
「あれを掃除するのか? でかすぎだろ」
「日ィ暮れるわよ、アレ」
「野宿になりそうだな。風呂に入れないのが残念だ」
ミカ達が口々に文句を言い始める。するとウルが笑い出した。
「なにも全部掃除しろなんて言っていない。手伝うだけでいいんじゃ」
ウルがそばの苔の塊を指さす。
「あの苔を少しずつむしって表面をこすってくれ」
「あの苔もでっかいわね」
「いつも掃除に使っているんじゃ。面白いように汚れが取れるぞ」
「へえ」
ミカ達が苔を毟る。表面はつるっとしているが、妙に手になじむ。ギュッと握ると水が滴り落ちる。
「んじゃ始めるか」
ミカ達が魔糸鉱石で像の上に飛び上がる。四十メートル程の巨体が横たわっているのが見える。
「はー、壮観だなこりゃ」
下からウルが声を掛ける。
「大体で良い!」
こうして像の掃除が始まった。ミカとエレナは苔を持って像の顔の方へと向かった。
「にしてもでかすぎだろ。港で見た貿易船よりでかいな」
「ほんとですねぇ、どうやって作ったんでしょうか」
エレナがミカの手を握りながら言う。
「おい、手を握るな。───流石に岩を削ったんだろうけど、一から作り出したとかなら相当な魔法を使ったんだろうな」
「研究してみたいですか? あと落ちないように手は握っておきます」
「落ちるわけないだろ」
そんな会話を交わしながら、頭部に到着したとき、二人はあるものを見つけた。
「あれは───」
「人の骨、だな」
頭部と岩壁を繋ぐ橋の向こう、岩壁の窪みに人骨が座り込んでいた。人と言うには大きく、だが巨人と言うには小さかった。
「事件......でしょうか」
「まさか! 俺の何倍あるんだよこの骨。人間じゃないだろ」
「それはわしの娘の骨じゃ」
ウルが後ろから声をかける。
「あ、その、人間じゃないって言うのは───」
ミカが慌てて取り繕うとするのをウルが手で制した。
「巨人じゃからな、言っていることは間違っておらん」
「───そうなのか」
「身体が弱くての、大人になる前に死んでしまった。わしのせいじゃ」
「病弱だったのならウル様のせいではないと思いますが───」
エレナが言おうとするが、ウルは首を横に振る。
「クラーケンとの件を話したじゃろ」
「喧嘩したってやつか」
「娘はその喧嘩の仲裁で大怪我を負ったんじゃ。わしとクラーケンの一撃を受けた娘は───程なく死んでしまった」
「そんなことが......」
ミカとエレナは口をつぐんだ。何を言っても空虚な慰めになる気がした。
「わしはずっと娘に執着しておるんじゃ。だから埋葬もせずにこんなところに座らせている。帰ってきた時に出迎えてくれるなんて馬鹿な妄想を......ずっと」
肩を落とすウルを前に、ミカとエレナは顔を見合わせた。聖女に戻るために必要な素材の一つ、巨人の脊髄が目の前にある。だが、こんな話をされてしまっては脊髄をくださいなんて言えない。言おうものならブチギレたウルに殺されてもおかしくない。
「俺達、クラーケンにも用事があって、どうやったら出現するか分かったりするか?」
「クラーケンに? なら海をひたすらに汚しまくれ。うんこでもしっこでも何でもいい。水が汚くなるようなモンをぶちこみゃ、奴は出てくるだろうよ。お前ら、クラーケンを呼んで何するんだ?」
「いや、ちょっと、クラーケンの腕がいるんでね」
「へえ、ぶっ殺すのか?」
「いや、場合によるから!」
「そうか、クラーケンを呼び出すときはわしも呼んでくれ。奴を殺して自分にケジメをつける」
「......ま、その時がきたら呼ぶよ」
「約束だぞ」
ウルがミカの瞳をまっすぐに見つめる。
ミカ達はそこから三時間ほどかけて像を掃除し、大洞窟を後にした。陽は暮れかかっており、森がオレンジ色に照らされている。
馬を降りた所まで魔糸鉱石で戻ると、アイーダが指笛を吹いた。すると馬がぞろぞろと戻ってきた。
「しっかりしつけされてるんだな」
「当たり前じゃない」
アイーダが馬に跨る。他の冒険者達も馬に跨る。
「え、ラート班とかは置いて行っていいのか?」
ミカが訊ねるとアイーダが肩をすくめた。
「夕暮れには戻るように伝えてるし、大丈夫よ」
こうして調査隊は森から出て、潮風香るテンカーン村に帰還するのだった。
アイーダ達と別れたミカ、リム、エレナはミカの実家へ戻った。別れ際、アイーダがミカの耳元で囁いた。
「明日あんたの家に行くから。聖女の件について話を聞かせてもらうわ」
「───分かった」
ミカは断るわけにもいかず、了承した。
「って訳で、アイーダが明日ここに来るから」
「あら、アイーダちゃんが? おめかししなきゃね」
テーブルで鍋をつつきながらミカが言うと、母親はそわそわし始めた。
「ミカ様が聖女であることがアイーダさんにはバレていたようです、お義母さん」
「お義母さん呼びやめろ。てか母さんの紹介状にミケーネって書いてたんだけど」
「えぇっ! ごめーん」
母親はこれっぽっちも思っていない様子で謝る。
「思ってないな......」
「まあ、周りに言いふらしたりするような人ではないと思うがな。はい、あーん」
リムはそう言うと、スプーンをミカの口元に差し出した。
「あーん......って自分で食える!」
「熱かったか、フーフーしよう」
「そういうことじゃねぇよ」
せっかくリム達がまともになったと思ったらこれである。加えてアイーダの件もある。
「はあ」
ミカはこれからを案じてため息をつくしかできなかった。
「お風呂湧いてるから、食べ終わったら入っちゃいなさい。着替えも置いてるから」
「分かった」
ミカは椀に入った魚介を平らげると席を立ち、風呂場を探し始めた。
その頃、ギルドではラート班とグレイス班からの報告をアイーダはまとめていた。念のため、アイーダはその場全員に緘口令をしき、解散させた。
そして同時刻、森の奥深くで怪しい集団の企みが動き始めようとしていた。




