第4話 森の番人
ミカ達はギルドに向かいアイーダと接触したものの、正体が聖女ミケーネであることを看破されてしまった。
「確認させてもらったわ」
アイーダの目が妖しく光る。
「どうかこのことは───」
ミカが頼み込もうとしたとき、アイーダが遮るように言った。
「今はそれどころじゃないから。巨人領域についてと、調査について教えるから、すぐに覚えてよ」
「わ、分かった」
ミカは頷きながら、内心ほっと胸をなでおろした。
(このまま忘れてくれるといいんだけど)
紹介状を手早く懐にしまい込むとミカはにこやかな笑顔を見せる。
「はあ、笑い事じゃないんだけど」
アイーダが呆れたような表情を見せるが、首を振って説明を始めた。
「まず巨人領域だけど、ここから北に行った森に出現した洞穴と周辺地帯のことを指すわ。二日前にギルドの調査隊がそこに行ったけど、誰も帰ってきていないわ」
「成程、先遣隊の捜索も兼ねて、というわけだな」
リムの言葉にアイーダが頷く。
「ええ、巨人領域のことを最初に知らせてくれた猟師も同行させるから、安全にはかなり力を入れるわ」
「そういえば、アンリエッタおばあちゃんが巨人に取って食われるかもって言ってたけど、大丈夫なのか?」
「アンリエッタ? ああ、あのおばあさんか。世迷言でしょって流したいとこなんだけど、先遣隊が帰ってきていない以上、その可能性も頭に入れとくべきね」
アイーダがため息をつきながら頷く。
「世迷言って───それで、作戦は?」
アンリエッタを軽んじるような発言に不満を感じたミカだったが、それをぐっと飲み込む。
「森までの移動に馬を使う。乗馬の心得は?」
「ない」
「ある」
「あります」
ミカ以外の二人が自信ありげに頷く。
「え、乗れないの俺だけ? てかリムは分かるけど、エレナも乗れるのか?」
「はい、小さい頃から訓練を受けておりました」
エレナがいつになく自信ありげに答える。
「ま、あんたは誰かと一緒に乗せてもらいなさい」
アイーダがミカに言う。途端にリムとエレナが立候補してきた。
「私と一緒に乗りましょう」
「いや、ここはミカの護衛である私が」
「そんなごてごてしたおっぱい鎧なんか頭に当たってみてください。痛いのでは?」
「そういう君はメイド服で向かうのかい? 戦闘になるかもしれないのに。いくら私でも守り切れない時はあるぞ」
「おい待ておっぱい鎧ってなんだ、初めて聞いた単語だぞ」
ミカ達がやいのやいのやりだすのをアイーダはただ見ていることしかできなかった。
「大体そんな乳で戦えるんですか? せいぜい乳搾りされるのが関の山でしょう」
「あんたら、バッカじゃないの⁉ たかが男一人乗せる乗せないで───」
「たかが? 事の重大さが分かっていないようだな!」
アイーダの仲裁に二人が耳を貸すことはない。
アイーダがリムに話しかける。
「あんた、こんなのと一緒に過ごしてんの?」
「まあ、はは───」
「うらやましく───ないわねぇ」
「当たり前だろ。二十歳超えて何やってんだか」
「続きだけど森、というか巨人領域に到着したら、移動方法を変更するわ」
「変更? 森を歩くのか?」
「いや、魔糸鉱石を使って木々を伝っていくのよ。巨人は森の木よりも小さいから、木の上にすぐに避難できるようにするの」
「魔糸鉱石ってアレだろ、魔力を流すと糸に変化する奴」
「よく知ってるわね。それと飛行魔法を併用すればずっと速く移動できる」
「そんな使い方聞いたこともないが、まあいいや。あまり時間もないだろうし、もう出発しようぜ」
「ええ、魔糸鉱石の装備は森の近くの馬小屋に置いてあるから、そこまで行くわ」
「分かった、リム、エレナ」
ミカが呼ぶと、二人はすぐに動きを止めた。
「行くのか?」
「行くんですね」
「あ、ああ。もう出発するぞ。あと胸痛くないのか」
「平気だ。心配してくれてありがとう。マッサージしてくれても───」
「ずるいです、私も───」
「しねえよ」
ミカが呆れながら言い放つ。
「私にもしてくれていいんだからねっ!」
「お前は乗っかるなよ!」
ミカのツッコミがギルドに響き渡る。
そんなこんなでギルドを出たミカ達はアイーダに連れられて、森の近くまでやってきた。作戦に参加する冒険者達は既に準備を終えていた。
「総員、準備を終えています」
禿の冒険者がアイーダに報告する。するとアイーダはその冒険者に何かを持ってくるように指示した。
「で、その魔糸鉱石ってのはどこに?」
「今取りに行かせたわ。あらためて作戦を伝えておくわ。冒険者は三班に分かれて森に入り、巨人領域を目指す。私の班とグレイス班、ラート班の三班、あなたたちは私の班に編入するわ───別にあなたたちを心配してるんじゃないんだからねっ!」
アイーダが顔を真っ赤にして言う。
「いや、心配してくれるのはうれしいんだけど、一緒に行くエレナが武器持ってないから───」
「一応お料理用の包丁は持っているんです」
エレナが虚空からいくつか包丁を取り出す。その様をみたアイーダがあんぐり口を開く。
「あえ、それどっから出したの?」
「え? ああ、ミカ様からいただいた収納魔法です。余程の大きさじゃなければなんでも入るんです」
「知らない魔法だ、こわ。自分で創ったの?」
「ああ、結構簡単だったぞ」
なんてことの無いように言うミカにアイーダが危ない人を見るかのような目を向ける。
「魔法創るとかヤバ───あんた魔導士でしょ、魔法使いの完全上位互換!」
「え? いやそんなことは───」
ミカが否定しようとした瞬間、アイーダが耳打ちした。
「そういうことにしときなさいよ、魔法を創ったことがある素性の分からない奴なんて仲間にしたくないんだから」
「な、なるほど」
頷いたミカは名乗りを上げた。
「俺は白魔導士ミカ・マリックだ。後ろのは騎士リム・ラーバナード、メイドのエレナ・ロマンスだ。本作戦で世話になる。よろしく頼む」
「完璧な名乗りだ、惚れ惚れしてしまうな。私の夫に相応しい男であるという───」
「ああ、ミカ様、なんとカッコイイのでしょう。あの方と私がいずれ夫婦に───」
後ろでごちゃごちゃ言っている二人を放っておいてミカとアイーダが握手を交わす。
「アイーダさん、持ってきました」
その後ろから禿の冒険者がベルトを三本持ってきた。丸い筒が二本ついている。
「これを腰に巻いて。筒が両側に来るように」
「分かった」
言われた通りにベルトを巻く。
「ベルトは魔力を通しやすい材質だから」
アイーダが言う。ミカが試しに魔力を発生させ、ベルトを通して筒に流し込む。
「後は頭の中で射出する向きを選べるわ」
「へえ、魔力で接続できるのか」
ミカは試しに前、と念じてみた。すると、白く煌めく糸がアイーダの体に伸びた。
「ちょっと、何すんのよ!」
「ごめん、フツーに事故」
「くすぐったいんだから」
「私もできたぞ」
「私もできたみたいです」
リムとエレナも魔糸鉱石の扱いは完璧なようだ。アイーダは頷くと全員に指示を出した。
「今から、巨人領域調査を開始する。先遣隊が調査に行ったきり戻ってきていない。最悪の事態を想定して調査にあたるわよ。三班に分かれて、巨人領域に到達次第音響弾で通達、魔糸飛行に切り替えろ。先遣隊の捜索及び、巨人領域の全貌を明らかにする」
「了解!」
他の冒険者達は頷くと、馬の方へ走り去った。
「というか、巨人領域がどこからなのか分かってるのか?」
「猟師からの情報をもとに大体の位置を設定しているわ。もっとも、先遣隊が帰ってきていないから想定ラインは引き下げてるけどね」
「日没までには切り上げたいな」
「この辺りはほんとに真っ暗だから。巨人どころじゃないわ」
アイーダも馬の方へ走る。
「ついてきて、馬を貸し出すから」
こうしてミカ、リム、エレナ三名を含めた総勢三十三名が巨人領域へと馬を駆りはじめた。
森はうっそうとしているが、木漏れ日が幻想的に揺らめいている。
「へえ、心が洗われるような感覚になりますね」
「森林浴と言うやつだな。空気が美味しい。王都じゃどうやっても吸えないからな」
リムとエレナがのんきなことを言い始める。
「お前らなぁ、危険な任務かもしれないんだぞ、緊張感持てよ」
アイーダの前に乗っているミカが注意するが、リムが言い返す。
「あまり緊張してしまうとそれが馬にも伝わってしまうんだ。リラックスは重要だぞ」
「気を抜きすぎだって言ってるんだよ」
「ちょっとミカ、頭が胸に当たってるんだけど!?」
ぎゃいぎゃいやりだす一行を見ていた冒険者達は緊張感ねーな、と思うのだった。
「調査結果は国に報告するのか?」
「当たり前でしょ。問題があろうとなかろうと報告は絶対。黙っててあとで因縁つけられる方がめんどくさいわ」
ミカの質問にアイーダが答える。その時、先頭を走っていた猟師が鞍から旗を抜いて振った。それを見たアイーダも同じように旗を振る。
何かを通達しているであろうことは簡単に予想がつく。それが何なのかを予想する前にアイーダは鞍にマウントしているマスケット銃を持つと、馬の上で立ち上がった。
「何やってるんだ !?」
「もうすぐ巨人領域よ。準備して」
「いや、走ってる馬の上で立つなよ! どんな体幹してんだ」
ミカがツッコんでいると、遠くから甲高い音が聞こえてきた。
「音響弾、アルフレッド!」
「了解!」
アイーダのすぐ横に馬をつけた冒険者が発射装置を上に向けて音響弾を発射した。
「行くわよ」
アイーダが飛行魔法を発動し、同時に魔糸を樹に伸ばす。ミカの上を冒険者達が次々と飛び越していく。
「ミカ様、私達も!」
エレナがそう言うと、馬から飛び上がった。リムも同じように飛び上がる。
「ほんとに初めてか、あいつら」
ミカはぼやきながら飛行魔法を発動する。身体がグッと浮き上がり、制御が効かなくなる。すかさず魔糸を樹に伸ばす。すると魔糸はしっかりと樹に固定されて、身体が安定する。
「なかなか面白い装備だな。魔糸鉱石にこんな使い方があるなんて、ラボに戻ったら研究したいな」
いつの間にか森は様相を変え、傷つき、枯れ、折れた樹が多くなってきた。
「なんだこれ、酷いな」
リムが眼下の惨状を目の当たりにしてうめく。
「なにかとんでもない怪物が暴れたんでしょうか」
エレナも困惑したように呟いた、がリムは別の樹を指差した。
「あそこの樹は断面がほかのに比べて綺麗だ。刃物で斬ったんだろう」
ぼっきりと折れている樹々の中に不自然に奇麗に斬られた樹が点々と存在している。
「前方に巨人を確認!」
先行していた冒険者が声を張り上げる。巨人は腰に布を巻き、大きな棍棒を肩に担いでいた。
「局部を隠してる、最低限の知性はあるみたいだな」
ミカがざっくりと分析する。身長は7メートル程、だらしのない上半身にひげの生えた老け顔。
「ほんとに人をでっかくしたって感じだな」
リムが収納魔法からロングソードを二振り取り出す。二振りを繋ぐ鎖が金属音を立てる。
エレナも包丁を装備する。すると、それを見たアイーダが指示を出した。
「なるべく交戦は避ける。向こうから手を出してきたら───」
アイーダの言葉をかき消す程の大声で巨人が叫んだ。
「森を荒らしたのは貴様らかァ! このわし、森の番人ウルが裁きを下してやるわ!」
ウルと名乗った巨人が棍棒をフルスイングする。その暴風は空中のミカ達を吹き飛ばすには充分だった。
吹っ飛ばされた一同の中には、樹に叩きつけられたり地面に落下した者もいたが、即座に体勢を立て直す。
「森を荒らす? 先遣隊は何をやらかしたの?」
アイーダが苛立ちを隠せない様子で呟く。その横をリムがすり抜け、ウルに迫る。
「ひとまず、あの棍棒を何とかする!」
「できるもんならやってみィ、この虫けらがァ!」
ウルが吠え、棍棒を横なぎに一閃する。リムも同じようにロングソードを振りぬく。
物凄い衝撃音が森にこだまする。
ウルの振った棍棒が真っ二つに斬り飛ばされていた。先端の方が樹々をなぎ倒していく。
「あいつ、あんな太い棍棒を叩き斬ったの? ど、な、はあ?」
目の前の光景にアイーダ達冒険者は啞然とするしかない。
ウルがまた吠える。
「だからァ、森を大切にせんかい!」
ウルが傍にある岩を砕いて投擲してくる。かなりの速度の岩が風切り音を上げてこちらに迫ってくる。
「回避!」
ミカは咄嗟に叫んだ。何人か反応が遅れたが、太い樹々が遮蔽物の代わりになって被害は軽微で済んだ。
「森を荒らしたって言ってたし、一旦何があったか聞いた方が良い!」
「ンなこと言ったって、話通じるの⁉」
「隙を作ってくれ、何とか話せる環境を作り出してみせる!」
ミカの言葉に考え込んでいたアイーダだったが、意を決したのか、冒険者達に指示を出す。
「ウルとかいう巨人の注意を引きなさい! 攻撃はしなくていいわ!」
「よし、じゃあ」
ミカは樹の枝に着地するとある魔法の準備を始めた。
「ちゃんとやんなさいよ! 別に心配なんかしてないんだからね!」
「うるせー! 言われなくても!」
ミカが額を流れる汗を拭う。
森の番人ウルの話を聞くため、命がけの作戦が始まった。




