第3話 優先順位
テンカーン村にやってきたミケーネ(以降ミカ)は母親の家に訪れた。そこにはなぜかリムとエレナもいて、母親から今一度事の顛末を話すように言われていた。
「リムっちがなにを話したのか知らないけど、大枠はあってるんじゃない? 魔法実験に失敗して男の体になったんだよ」
「まあ、本当なの......でも私のかわいい子供に変わりないわ」
母親が優しく微笑む。
「それにしても、天国の父さんもびっくりするでしょうね。ミケーネが男の子になったなんて」
「ははは、そうだろうね。あ、そうだ。外ではミカ・マリックって名前を名乗ってるから。外でミケーネって呼ばないでね」
ミカの忠告に母親が困惑する。
「あら、どうして?」
「聖女が男になってるなんて、バレたら大騒ぎになるからってアンリエッタおばあちゃんが」
「そういうことね、分かったわ」
母親が頷く。そして話題はリムたちへと移っていった。
「というかリムっち、よく私の母さんがここに住んでるって分かったな」
「ああ、言ってなかったか? 私はミカ君のお母様と文通していたんだ。もう三年ほどか」
「そうね。手紙が届くの、毎回すっごく楽しみなの」
「なんで言ってくれなかったんだ?」
「なんでって、ミカ君は基本ラボにこもりっきりだし───」
「つか敬語はどうしたァ! なんで対等になってんだ立場が! 今も護衛対象と護衛の立場は変わってないからな」
ミカの言葉にリムと母親が顔を見合わせる。
「気の強い子なんだけど、もらってくれる?」
「生涯をかけて愛しますよ」
「勝手に縁談進めんなァ! 愛すとかじゃなくて守る側なんだよこの人は」
「そうですよ」
ミカにエレナが加勢する。
「分かってるじゃないエレナ。ガツンと言ってやんなさい!」
「リムさんは護衛の騎士ですから、立場をわきまえてください。私が代わりにミカ様を愛しますので」
「そうそう......ってお前もそっち側かよ!」
ミカが頭をかきむしる。
「私は女に戻るから! 必要な物も分かったから!」
「へぇ、どんなのなんだ?」
「確かクラーケンの腕、巨人の脊髄、エルフの黒髪、魔の赫眼の四つ」
「後ろ二つの入手が段違いに難しいですね。王都の魔法研究所にあるかどうか」
エレナが考え込む。
「そもそもミカ君の姿では門前払いされるだろうな。もっとも聖女の姿でも変わらないだろうが」
「そうなの? 聖女って結構いい扱いされるんじゃないの?」
母親が疑問を口にする。
「庶民からはね。幸せだけど余裕があるって訳じゃないからさ、何かに縋りたくなるんだと思う。ただ貴族からはそんなにかな。なんか、言葉の通じる別種族の生物みたいな接し方されることが多いな。給料も多分母さんの方が稼いでる」
「聖女も聖女で大変なのね」
「そう、あと半年程で結界も破れる可能性があるし」
「へぇ、そうなんだ。ま、失って気づくこともあるんじゃない」
母親はあまり興味がなさそうだ。
「何言ってんの」
「ああ、ごめん! 冗談だから」
母親は伏目がちに言った。ミカには彼女の心の内を読み取ることはできなかった。
「それで、これからどうするんですか。さっきおっしゃっていた四つの素材を集めるなら、急いで動いた方が」
「もちろん。クラーケンの腕と巨人の脊髄はこの村で何とかなりそうだから、そっちを優先する。エルフの黒髪と魔の赫眼は───その都度考える」
エレナの進言に対してミカがきっぱりと言い切る。素材の入手難易度を鑑みても、妥当な判断であるとその場の全員が納得した。
「巨人領域に調査に行く人に会いに行きなさい。冒険者ギルドのハルトマンって人。紹介状書いてあげるから、それを渡しなさい」
「しかし、そこまで手を借りるのは」
母親の申し出にリムが待ったをかける。
「大事な娘とその恋人のためなら何だってさせて頂戴?」
母親はミカに目をやっていたずらっぽく笑った。
「恋人ォ⁉ リムっち、母さんに何吹き込んだ」
「いや、何も......」
リムがしどろもどろになって答える。実際リムは、母親に男体化のことしか伝えていないため、母親のあのような発言は想定外であった。
「お母様がミカ様との交際を認めてくれた......」
エレナが感極まって涙を流す。
「脳みそお花畑かお前は!」
「満開ですぅ!」
エレナがミカにガシッと抱きつく。
「おまっ、抱き着くな!」
「エレナ、何をやっている! ミカと付き合うのはこの私だ!」
「お前は止めろよバカッ!」
三人がドタバタしている様子を微笑みながら母親は紙にペンを走らせた。
「これで大丈夫でしょ。ミカ」
母親の呼ぶ声に、ミカが反応する。
「何!?」
「紹介状書いたから、持っていきなさい」
「分かった! ありがとう!」
ミカがくっついてくるリムとエレナを蹴っ飛ばすと、紹介状を受け取った。
「冒険者ギルドのハルトマンって人に渡せばいいんだよね」
「かわいい子だからすぐに分かるわよ。というかあなた会ったことあるし」
「あ、そうなの? 小さい時?」
「幼馴染よ。あなたは覚えていないでしょうけどね」
「ふーん。ま、いいや。じゃあ行ってくる」
ミカはリムとエレナを促して、ドアに向かう。
「ギルドは家を出て左を真っ直ぐよ。あ、ご飯はどうする?」
「帰って来てから考える」
ミカはそう言うと、リムとエレナを連れて家を出た。
「お前ら、俺が聖女だってこと、絶対に言うなよ。匂わせるのも厳禁だ」
ミカが家の前でリムとエレナに耳打ちする。男として身分を偽装するにあたってミカは口調も男らしいものに変えている。
「俺、か。聖女に戻ってもそれで過ごさないか?」
リムの戯言をミカは軽くいなした。
「過ごさねーよ」
「そうですよ。本来ミケーネ様はとっても可憐でお美しい───」
「ちょ、エレナ、声が大きい」
エレナはミカのことをミケーネと言ってしまった上、声のボリュームも大きかったため、周りにいた漁師たちに聞こえてしまったようだ。
「ミケーネ!?」
「どこにいらっしゃるんだ⁉」
「誰だミケーネ様の名前を出したのは!?」
漁師たちが右往左往し始める。
「バレたらぶっとばすからね」
ミカがエレナの襟元を掴んで脅す。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「早く冒険者ギルドに行くぞ。ハルトマンとやらが先に出発してしまうかもしれないしな」
リムが呆れたような表情をみせる。
「そうだな。サクッと巨人の脊髄を手に入れるか」
ミカが左方向に歩き出す。リムとエレナも続く。
「というかお前ら、何で俺がここに来るって分かったんだ?」
「いや、逃げ出したくなった時、大体生まれ育った場所の事を思い浮かべるだろ? 少なくとも私はそうだ」
「リムにそんな場面があるとは思えないな」
「私だって乙女だ。叶わぬ恋に身もだえる日もあったさ」
「何が叶わぬ恋だよ......」
ミカがため息をつく。
「私たちもすぐにこちらに来ましたので、ほとんどなにも荷物はなくて」
エレナが言う。
「ああ、こっちで大体揃うだろうし、大丈夫だろ」
「そうなんですね。流石ミカ様の生まれた村ですね」
「なんだその褒め方は......悪い気はしないな」
「魚の匂いがすごくて快適だな!」
「どこが褒めなんだよヘタクソ!」
わちゃわちゃしながらミカたちは冒険者ギルドの到着した。船着き場と一体になっている冒険者ギルドは商人や冒険者と思しき人でごった返していた。
「すっごい人」
「賑わっているな」
「人酔いしそうです......」
三者三様のリアクションを見せる。人酔いしそうと言ったエレナをミカが気に掛ける。
「無理はするなよ、自分の健康を最優先な」
「は、はいぃ......!」
人に慣れていないのか、はたまたちょろすぎるだけなのか。エレナのミカに対する好感度が天元突破する。
「さ、行こうぜ! 俺たちの目的を果たすためによ」
ミカが大げさな口調で言う。ミカも男の口調を意識すると変になってしまう。ラボにいた時、自然に男の口調になっていたのはなんだったのだろうか、とふとミカは考えた。
その考えは潮風によって、一瞬でかき消される。
ギルドは魚と汗の臭いで満たされていた。ミカたちはカウンターの方へと向かい、受付嬢に母親が書いた紹介状を差し出した。
「ハルトマンって人に会わせてほしいんですけど」
「ハルトマン......まさかあなた達も巨人領域の調査に? 少々お待ちください」
受付嬢が奥に引っ込む。しばらくして、受付嬢が赤毛の女を連れてきた。半ばビキニアーマーに近い装備に身を包み、燃えるような赤毛を高い位置で結い上げ、ポニーテールにしている。
「あなた達がマリアベルさんの紹介状を?」
赤毛の女は懐疑的な目を三人に向ける。
「ん? 真ん中のあんた、どっかで見たような......ここの出身?」
「へ? あ、いや」
想定外の質問にミカが目を逸らす。
(すんなりいくとは思ってなかったけど、これはどうしたものか。母さん曰く幼馴染らしいけど、私は覚えてないし、そもそも正体は隠さないといけないし......!)
ミカは難しく考えることを辞めた。シンプルに答える。
「王都出身です。俺の母がマリアベルさんと仲が良くて......」
「へえ、王都出身、あんなごちゃごちゃしたとこの何が良いんだか......別に王都住みがうらやましいわけじゃないんだからっ!」
「急になんですか」
「なんでもないわ。まあ、マリアベルさんの推薦だし問題ないでしょ」
赤毛の女はそう言ったものの、ミカ達を疑りの視線で突き刺していた。
「あたしアイーダ・ハルトマン。このギルドでもう五年は冒険者やってるわ。巨人領域の調査について説明するから裏に来て」
アイーダに促されるままにギルドの裏についていったミカたちは、会議室に通された。
「椅子に座ってもいいわよ......別に立ちっぱなしが辛そうとか思ってないんだからね」
「何言ってんだこいつ」
「さあ」
アイーダのよく分からない発言にミカとリムが顔を見合わせる。するとエレナが口添えした。
「おそらく王都の読み物で流行っていた冷愛かと」
「あー、なんか流行ってたな。でもぽいってだけだろ」
「おそらく基盤は同じですが、王都との文化的進歩に大きな差があるため、独自に進化した冷愛かと」
「えぇ、そんなことあるか? 見立てが間違ってるんじゃ......」
アイーダが三人のやり取りにしびれを切らす。
「なにごちゃごちゃ喋ってんのよ......別に喋りたくなんかないんだからっ!」
「見立てが正しい! こいつ変な冷愛やってるぞ!」
「うっさいわね、あんた王都出身なんでしょ? ミケーネに会ったことあるんでしょ?」
「いや、ミケーネ?」
ミカが愛想笑いを浮かべながら答えると、アイーダの顔が険しくなる。
「はあ? 聖女ミケーネよ。王都出身のあんたが知らないはずないでしょ」
「......えと」
(やばいやばい、正体を隠すことに必死すぎて聖女のこと知らないフリしちゃった! 痛恨の凡ミス......! そうだよね、私は王国で一番有名だもんね、自分で言うのもなんだけど!)
「あんたさ、ミケーネにそっくりなのよね。何者なのか、自分の口で言いなさい......別に気になってないんだから!」
「うるっせえよ、それやめろ!」
ミカがため息をつく。
「男になったんだよ」
「きっしょいこと言うわね。どうせついてないでしょ」
「ついてるよ」
「......別に興味ないんだからねっ!」
「そらそうだろ! はあ、魔法実験に失敗したんだ。それで男になって、今は女に戻るための素材を集めようとしてる」
「なにとつとつと語ってんのよ。そんなのクソどうでもいいわよ」
「人の不幸を......」
「うるさいわね、そもそもあんたの母親がよこした紹介状、ミケーネって書いてあったわよ」
「......へ?」
啞然とするミカにアイーダが紹介状を投げてよこす。
「うちの知り合いの子のミケーネちゃんとその彼女ちゃんたちをよろしくね......あの阿呆がァァァ!」
ミカが絶叫する。リムとエレナも顔を見合わせて深くため息をついた。
ミカには、浮かれポンチの母親が凡ミスをかましたとしか思えなかった。
「ふーん......」
アイーダの目が妖しく光る。その先に待っているであろう出来事にミカ達は身構えることしかできなかった。




