第2話 占い師の所へ
女の身体に戻る術を失ったミケーネは生まれ故郷であるテンカーン村へとテレポートした。十年ぶりに嗅ぐ潮風に、ざわついていた胸がスッと落ち着いていくのを感じる。
「八歳でこの村を出たけど、その時より随分と発展したな」
村というよりも街と言って差し支えないほどの建物群にミケーネが感嘆の声を漏らす。
彼がここに帰ってきたのは決して現実逃避などではなく、ある人物を訪ねるためであった。
「まだやってるかな、アンリエッタおばあちゃん」
ミケーネが通りを歩く。花を売ったり、パンを売ったり、何に使うのかよく分からない雑貨など、様々な露店が通りに立ち並んでいる。
通りを真っ二つに割るような形で水路が流れており、ボートが行きかっている。ボートに乗った女の子達が顔を赤面させながら手を振ってくる。それに手を振り返しながらミケーネがため息をつく。
「村の形変わってるから全然分かんないな」
ミケーネはそばにいた恰幅のいい男性に話しかける。
「すいません、アンリエッタの占い館ってどこにあるかご存知ですか?」
「アンリエッタの占い館......ああ、あそこか。あんなところに行きたがるなんて、あんたも物好きだね」
アンリエッタは予言から運勢占いまでこなす凄腕の占い師であったとミケーネは記憶していたが、男性の反応を見るにおかしな人間だと思われているようだ。
男性は道の反対側の路地を指差して言った。
「向かいの路地をまっすぐ行ったら、おんぼろの小屋がある。そこが占い館だ。にしてもあんた見ない顔だな」
「え、そうですか?」
「あんたほどのいい男、この村にいたら覚えてるさ」
「そうですかね......あ、教えてもらってどうも」
ミケーネは礼を言うと、軽々と水路を飛び越えて路地に入った。イメージしていたほど、路地は汚くなく、野良猫が何匹か気持ちよさそうに昼寝していた。
「まっすぐ行けば、占い館って言ってたな......あ」
ミケーネの視線の先に、おんぼろの小屋が建っていた。見るからに年季の入った壁にどこか懐かしさを感じたミケーネは思わず小屋に向かって呼びかけた。
「アンリエッタおばあちゃーん!」
「そんなとこにおらんで、入りなさいな」
小屋の中からしゃがれた声が聞こえてくる。ミケーネはすぐに小屋の中に入った。
狭く薄暗い小屋の中、机の上に水晶玉が置かれている。
「やや、誰かと思ったらミケーネかい」
腰の曲がったいかにも魔女といった風貌の老婆が、藍色のローブを床に擦りながら歩いてきた。
「アンリエッタおばあちゃん、私だってよく分かったね。男に変わったのに」
「ほっほっほ、年寄りなめんじゃないよ。あたしぐらいになればね、魂で判別できるんだよ」
アンリエッタが鷲鼻を搔きながら気持ちよさそうに喋る。
「魂で。すごいね」
ミケーネが微笑む。
ミケーネは小さい頃、よくアンリエッタに面倒を見てもらっていた。早くに父を亡くしたミケーネをアンリエッタはかわいそうに思い、ミケーネの母とともに子育てに参加した。
(あんなに小さかったミケーネがこんなに立派に、しかも男になって帰ってくるなんて。あたしが生きてるうちには会えないと思っていたんだけどねぇ)
アンリエッタがミケーネを手招きする。
「ミケーネ、なんで男になってるんだい? 聖女ってのは男になっちまうのかい?」
「実はかくかくしかじかで......」
「ほお、そんなことが」
ミケーネが事の顛末を語ると、アンリエッタは興味深そうに頷いた。
「世の中、まだ面白いことが転がっとるもんじゃのう」
「面白いって、大変なんだぞ。護衛の騎士やらメイドに求婚されるわ女に戻るのを阻止されるわ......」
ミケーネが大きなため息をつく。
「はあ、今日こっちに来たのはおばあちゃんに女に戻る方法を占ってもらおうと思って。水晶玉に映るでしょ?」
「なるほどね、いいよ」
アンリエッタが椅子にどっかと座り込む。ミケーネもならって向かいの椅子に座る。
「女に戻る方法だね。むむむぅぅう!」
アンリエッタが水晶玉に手をかざし、唸り始める。
「見えたっ!」
「速い!」
水晶玉に素材のようなものがいくつか映っている。
「クラーケンの腕! 巨人の脊髄! エルフの黒髪! 魔の赫眼! この四つをすりつぶして水に混ぜ、どろどろになるまで煮込んで飲む! これで女に戻れるとでておるぞ」
「むっず! 全部希少なモンスターの素材じゃん。というかエルフに至っては交渉で入手しなきゃだし」
ミケーネが天を仰ぐ。
「クラーケンならこっちの海におるぞ。森の方で巨人がでたという話があるし、その二つなら何とかなるかもしれんな」
「ほんとか⁉ あとはエルフの黒髪と魔の赫眼だけだね。半年以内に全部集めきらないと」
「クラーケンはよっぽどのことをしないと現れんぞ。海に汚物を山ほど流すとか。巨人に至っても取って食われるかも知らんし」
「まあ、大丈夫。何とかしてみせるよ」
ミケーネはそう言うと、席を立った。すると、アンリエッタが少し真面目な口調で言った。
「この街にいる間はミカ・マリックと名乗りな。聖女が男になってるなんてバレたら国中が混乱するからね」
「そうだね。分かったよ」
そういうとミカは小屋を後にした。
(おばあちゃんの所に行って正解だった。女に戻る方法が分かったのは大きな収穫。クラーケンと巨人の素材以外は王都に戻って素材を探してみるか)
路地を抜けて、また通りを歩き出した。途中、焼き魚の匂いに鼻をくすぐられ、串を一本購入した。
それを食べながら、今度は母親を探す。
「昔の家はもうないだろうし。母さんは漁港で働いてたよな。そっちに引っ越してるかも」
そんなことを呟きながら、ミカは活気に満ち溢れた港へと向かった。
テンカーン村の港は漁師や行商人、買い物客でごった返していた。漁船から水揚げされた魚が桟橋に設置された台車にぶちまけられる。
「ここ、ホントにテンカーン村だよな。桟橋とかめっちゃ増えてる。昔は桟橋一本しかなくて、小さいボートで魚十匹取れたら御の字だったテンカーン村?」
ミケーネの記憶と違いすぎる港の光景に呆然としていると、漁師の男が声をかけてきた。
「あんた、このへんじゃ見ない顔だな」
「え、ああ、観光で」
ミカが咄嗟に噓をつく。
「すげぇだろ。あれだけでこの村全員が潤うほどの利益になるんだぜ」
台車でびちびち跳ねる魚を指さしながら漁師が笑う。
「漁終わりに飲む酒が一番うまいんだ」
「楽しそうですね。明日も漁があるんですか?」
「いや、もう今月は獲れない。海と生き物のバランスを崩さないように一か月で獲れる量が決まってるんだ」
「へえ、そんな決まりが」
ミカが興味深そうに頷く。こんなことをしている場合ではないのは分かっているのだが、彼の好奇心は少しづつ膨らんでいった。
「ほら、あの赤いの見えるか?」
漁師が反対側の船から水揚げされるイセエビのような甲殻類を指差して言う。
「あれはミケベルって言ってな、あの聖女ミケーネ・マリアベル様の母親が大繫殖を成功させた超高級食材なんだ」
母親について反応しそうになるのをぐっとこらえる。
「元々数が少なかったから高級だったんじゃないですか? 繫殖させちゃったら多少なりとも値崩れを起こすんじゃ───」
「ミケベルの流通を絞ってるんだよ。王都や他国に少数だけ輸出することで価値を守ってるんだ。流通させる量についても厳格な規制があるからな。代わりにこの村ならミケベルが激安で───」
男が言い終わるか終わらないかで、たくましい女性の声が飛び込んできた。
「あんたぁ! なにを油売ってるんだい!」
「げっ、ばばあか。へえへえ、もどるからよ!」
漁師は適当に返事するとミカに笑いかけた。
「この村は面白いもんいっぱいあるから、ゆっくり見てくといい」
「はい、ありがとうございます」
漁師と別れたミカは母親探しを再開した。
(母さん、事業に成功してた。この村がここまで発展してたのも母さんによってなのか? だったら家も結構でかそうだな)
ミカが辺りを見渡して、お金持ちが住んでいそうな家を探す。パッと目についたのは、ミケベルの《《ドデカイ》》像が屋上に飾られている家だった。
(だっせぇ家! でもあれが母さんの家の可能性があるのか)
ミカがその家に近づいていく。玄関を確かめると、確かにマリアベルという表札がかかっている。
(母さん、あの屋上のは流石にセンスないよ。職場なら分かるけど、家にこれはないよ)
ミカが正直すぎる感想を胸の内に秘めた。危うく口にするところだったのだ。
気を取り直してドアをノックしようとした矢先、勢い良くドアが開き、ミカは家の中に引きずり込まれた。
「ちょっと、いきなり───」
ミカは目の前の光景に啞然とした。見慣れた姿の母が椅子に座っている。その手のカップにエレナが紅茶を注いでいるではないか。
「テレポートで先回りさせてもらった」
ミカの腕を掴んだリムが笑いながら言う。
「久しぶりね、ミケーネ」
母が立ち上がってミカの所へ歩いて行く。
「会いたかったわ。ちょっと意外なカッコだけど」
そう言ってミカを抱きしめた。もちろんミカも抱き返す。
「私も会いたかったよ」
「一応、リムちゃんから事の次第は聞いたけど、あってるかどうか確認したいからあなたの口から聞かせてもらえる?」




