第29話 聖の力
ウナトが目の前に立つスイレンを凝視する。柄を強く握りしめているのか、ギシギシと、歯ぎしりのような音が聞こえる。
「強い力を持ったのなら、その使い方を間違えてはいけない義務がある」
「なら大丈夫だな。強い奴が、強さこそが絶対だからなぁ! 俺だけが正解ってことだよなぁ!」
ウナトが答えると、スイレンの額に青筋が浮く。
「もういい。話しても無駄みたいだ」
スイレンが刀を構える。月明かりに薄い青の刃が照らされる。
スイレンが踏み込み、ウナトに向かって突っこんでいく。
「馬鹿正直にツッコんできやがった!」
ウナトが包帯を交差させてスイレンの真上から振り下ろした。
(逃げ場はねえぞ、馬鹿が)
「水輪」
水の輪が包帯を斬り裂いた。
(な、なんだこの感覚......! 斬られたところが痺れてる! この感覚、覚えがある。封印されるずっと前に......!)
ウナトが包帯攻撃の速度を上げる。風切り音が次第に大きくなっていく。だがスイレンは目を見開いたままそれを全て受け流し、斬り飛ばす。
(なんで斬れる? 速度も包帯の硬度も上がってんだぞ?)
スイレンが刀を大きく振ってまっすぐ伸びる包帯を斬り裂いた。
(あんなに動いたら肩の傷から身体が裂けるだろ!?)
ウナトが別の民家へ飛び移りながら包帯で攻撃する。
(痛みを感じないのか? 人間だろ!?)
スイレンはその攻撃をすり抜け、ウナトの首に一撃を入れる。
「き、斬れてたまるかよ......お前みたいな雑魚によぉ」
ウナトが首を包帯に変化させ、刀の一撃を受け流した。
(柔らかいから斬れなかった。もっと速く刀を振らないと)
無数の包帯攻撃を警戒してスイレンが後退する。
「逃がすか! お前、聖騎士だろ!」
苛烈な包帯攻撃を繰り出しながらウナトが叫ぶ。
「お前に斬られたところ、痺れるように痛む! 聖の力で斬られたらそうなるんだよ! 昔斬られたからなぁ!」
「......」
スイレンは何も答えず、ひたすらに刀を振るう。呼吸すら忘れるほどのゾーンに入ったスイレンが包帯が一か所に集まるようにしのぎで集める。
(受け流された包帯がひとまとめに......)
ウナトが認識した瞬間、スイレンが刀を突き刺した。
「それで止めたつもりか! ぶっ飛ばしてやる!」
ウナトが束ねられた包帯を強く引っ張る。ギギギと布が強く引っ張られる音が響く。
スイレンも身体を姿勢を低く落とし、しっかりと包帯を押さえつける。
(さては、包帯をしならせずに斬る気か? どんだけ距離があると思って......)
スイレンが跳び、包帯を異様な速度で斬り裂いていく。水の幻影が龍となってウナトの首に肉薄する。
(え、斬られた? 速ぇ)
スイレンがウナトをまっすぐに見つめる。
(しなる前に速く刀を振ればいい。今度はいける)
刃がウナトの首に届いた瞬間、スイレンが真っ逆さまに落ちた。強すぎた踏み込みで、屋根を踏み抜いてしまったのだ。
スイレンが真下に落下した。
「ぐっ、はあっ」
スイレンが血を吐きながら立ち上がろうともがく。脚、というより全身が鉛のように重く、立ち上がるどころか、片手をつくので精一杯である。
「ったく、びっくりさせやがってよ」
ウナトが穴から飛び降りると、スイレンを包帯で縛り上げる。刀がするりと手から抜け落ちた。
「聖騎士っつってもこんなもんか。今まで殺してきたやつもそうだったなぁ。聖の力があるってだけで弱かった」
ウナトが包帯を引き、スイレンの四肢を引きちぎろうとした瞬間。
建物に何かが突っ込み、スイレンを縛る包帯を全て斬り大爆発を起こした。
けむりに包まれる建物の中からスイレンを抱きかかえたリムが飛び出す。
「ふう、ギリギリ間に......あったか?」
リムが疑問を口にしながら寂れた酒場の二階に飛び込む。
突然窓を割って突っ込んできた騎士と重傷者に酒場が静まり返る。
「い、いらっしゃいませぇ!」
ウェイターの女性が震える声で言う。
「ここの三階は!」
「へっ? も、物置ですけど......」
「少しばかり、借り受けたい!」
リムがそう言った時、スイレンがリムの肩を掴んだ。
「り、リムさん......」
「スイレン! ひどい怪我だ......あの包帯を巻いた奴はいったいなんだ?」
「魔......魔の姉弟の......恐らく弟の方」
「魔の姉弟......イヅナ達は? というかミカと一緒に行動してるんじゃなかったのか?」
リムが疑問を口にしながら、収納魔法から瓶を取り出す。
「あった。これ一本しかないが、仕方ない」
瓶の蓋を開けると、中に入っている液体をスイレンの肩の傷にかけてやる。
「......え、痛みが和らいだ!」
スイレンが身体を起こす。
「とりあえず止血と鎮痛だ。傷が治ったわけじゃないし、派手に動いたら身体が裂けるぞ」
「分かってます。避難誘導するので、リムさんは包帯の男をお願いします」
「分かった。そうだ、これ」
リムがスイレンの刀を差し出す。
「さっき拾ってきた。これがないと困るだろ?」
「あ、ありがとうございます」
スイレンが刀を鞘に納めると、酒場の客達に呼びかけた。
「今、ライファロスの各地で戦闘が起きています! 繁華街の方へ逃げてください!」
客達は信じかねていたようだが、窓をぶっ壊して入ってきたウナトを見て逃げ出した。
「こいつです」
「お前、誰だ?」
「魔に名乗る名前などない」
「固いこと言うなよな」
ウナトが抑揚のない声で言い続ける。相当キレているようだ。
「姉はどこだ」
「ああ? なんで姉貴のこと知ってんだ? 姉貴は......」
そこまで言った時、ウナトの首が床に落ちた。
「......は?」
ウナトが間抜けな声を漏らす。
「く、首が斬れてる?」
スイレンも同様に驚愕する。
「さっき包帯と一緒に君の首も斬ったんだ。速すぎて気が付いてなかったみたいだが」
リムがウナトの首に向かって言う。
「ふざけんな! お前が突っ込んできてこっちに行くまで一瞬だっただろ!」
「ここまで綺麗に斬れるとは思ってなかったんだよ。スイレン、私は姉の方を探しに行く。民間人の避難を頼む」
「はい」
スイレンがその場から去る。相変わらずウナトは喚き続けている。
「くっそが! ありえねぇ!」
ウナトの身体が頽れる。
「こんな奴に後れを取ったなんて! 死んでも死にきれねぇぇぇ!」
「もうちょっと静かにしてもらえるか?」
「うるせぇ、何の細工しやがった! 俺は二千年生きてんだぞ! 強いんだぞ!」
ウナトの言葉にリムが肩をすくめる。
「説得力無いな」
その瞬間、ウナトの癇癪が爆発する。
「本当だからなぁ! 噓言ってねぇよ! 二千年生きて聖騎士めちゃくちゃ喰ってるんだからな! お前なんか瞬殺できるんだからな!」
そんな様子を見たリムが眉をひそめる。
(聖騎士を喰う? 何を言って......いやいや、それよりこいつ、いつまで喋ってるんだ? なんで首を斬ったのに死んでないんだ)
ウナトの身体が拳を床に激しく打ち付ける。
リムは双剣を構えて、警戒する。
「くああああああ! ムカつくムカつくムカつく! 死ね死ね死ね死ね! こいつが俺をいじめんだよぉ! 助けてくれよぉ......姉貴ぃぃぃぃ‼」
ウナトが絶叫する。その瞬間、異様な気配がリムの肌を突き刺した。
ウナトの身体から青白い何かが唸り声をあげながら生え出てきた。
リムがウナトの身体に接近して、生え出てきたものに双剣を振るった。土煙が舞い上がる。
「ったく、男のくせに泣いてみっともないなぁ。癇癪癖は抑えなって言ってるでしょ」
斬ったはずのウナトの身体も青白いものもそこにはなかった。
リムが振り返る。
青白い何かは人の形を成して、ウナトの身体と首を繋げていた。
(速い、仕留めそこなった)
今度こそ、とリムが双剣を構えて突っ込んだ。
青白い何かがリムを一瞥する。
火花が散り、リムの額から血が流れる。
「止めたんだぁウチの鎌。殺す気で斬ったんだけどなぁ」
青白い何かが振り返りながら笑う。興奮しているのか、頬が少し赤い。
リムも振り返って強敵の姿を目に入れる。
ぼさぼさのツインテールを振り乱して笑う女。左目が真っ赤に煌めいている。整った顔にギザ歯がキラリと光っている。両手には肌と同じ色をした鎌を持っている。
(魔の弟から出てきたこいつが姉......なのか?)
「んー、どした? 勝てると思ってた? ウチら二千年ちょっと生きてるんだよ、強いに決まってるじゃん」
「魔については詳しくない。君らの言っていることは一つも分からない」
「へへっ、魔は長く生きれば生きるほど強くなるんだよ。あと聖の力を持つ奴を喰うと強くなれる。何でかは知らないけどね」
「......相当喰ったのか」
「もちろん、千人は喰ったんじゃないかな。殺しにかかってくる奴ら、みんな聖の力を持ってるんだ」
「私にはあるか?」
リムの問いかけに女は頬を搔きながら答える。
「んー、君変だ。ないと思ってたら、どんどん湧き出てくるよ。どういうからくりなんだろ。とにかく嫌な感じがするわ」
「あるってことだな?」
リムが疑問を抱く。
(私に聖の力が......? ミカはそのことに気が付いていたのか? いや、ないと思っていた、と言っているし今しがた覚醒したとみるのが正しいか?)
「あと、ウチにはリーパって名前があるんだけど、そっちで呼んでくんない?」
「リーパか。そっちの包帯は?」
「ウナト。君ウチの弟に随分ひどいことやってくれたみたいだねぇ。ウチの弟癇癪持ちでさぁ、暴れられると面倒なんだよねぇ。可愛い弟だけどね」
リーパの鎌から赤い液体が溢れ出す。
「責任とってねぇ、君ぃ!」
リーパが鎌を振る。液体が斬撃となってリムに迫る。と同時にウナトが包帯を伸ばす。
(二連の斬撃、包帯の攻撃、これはしのげる!)
リムが斬撃と包帯を一挙に斬り払う。
「今度はもっと数増やすよ!」
さらに十五連撃の斬撃がリムに猛スピードで飛ぶ。
(数が多い! 後ろから包帯も......! こっちも数が増えてる)
リムがふとカロッゾの店での出来事を思い出す。
『爆丸。小さい爆弾だよ。この袋に三十粒入ってる』
リムが収納魔法から爆丸を周囲にばらまいた。
爆丸がそれぞれ斬撃、包帯にぶつかった瞬間、大爆発が起き、完全に攻撃を吹き飛ばした。
「へえっ! おもしろっ」
リーパがケタケタ笑いながら黒煙に突っ込む。
鎌を振るうが、手ごたえはなかった。それもそのはず、リムは攻撃を弾いた後、抜けた床から一階に降りていた。
上階を見上げて、双剣で爆丸を天井に打ち付ける。自身の爆破魔法と爆丸の合わせ技で、リーパとウナトがいる階ごと巨大な爆発が吹き飛ばした。
炎がライファロスの夜空を照らした。
警備を無力化しながら森のあちこちを転々としていたミカの目の端に何か光るものを捉えた。
「君さぁ!」
声がどんどんこちらに近くなってくる。
「エレナと一緒にいたよねぇ!」
強烈な足蹴りがミカに迫る。
「ぐっ!」
間一髪、上体を地面と平行になるぐらい反らせて回避した。
(速い、クラーケンと同等かそれ以上......!)
「へぇ、避けるのか」
ルプシィが感心したように呟く。
双方が瞬時に距離を取ってにらみ合う。
「エレナの知り合いか?」
「さあな、お前はエレナの知り合いだろ」
「ああ。大事な人さ」
ミカの言葉を受けたルプシィが肩をすくめる。
「あいつにこんなイケメンの彼氏がいたなんてね。エレナから私に乗り換え......」
「ない」
ミカが即答する。
「そう、残念。んじゃ、お前が何者かについて話したくなるまでいたぶってやるよ」
ルプシィの脚から紫電が迸る。
「そう上手くはいかないぞ」
ミカも魔力を手に込め、魔法発動の準備をする。




