第27話 異常事態
「結局、 エレナは戻ってこなかったな」
黒づくめの男がルプシィに語りかける。
「ああ、今日の昼に、ライファロスに到着した暗部員が街に繰り出してる。そう時間もかからずに奴を連れてくるだろうよ」
ルプシィが足元の枝を折りながら言う。彼女らは古城周辺の森に配備されていた。暗部員総数二十三名。昨晩の騒動で十名ほど欠損が出ているが、王都からの増援もあり古城警備の任務を続行することが可能になった。
「ウィードに重傷を負わせたのはエレナ以外に考えられない。同じ暗部の人間にしか......」
「暗部以外にとんでもなく強い奴がライファロスにいるってことになるもんな。そんな可能性、考えたくないな」
「同感だ」
ルプシィが木の上に飛び上がる。
「外国勢力の動きもきな臭いし、今日明日が正念場かもな」
「そうだな」
二人は古城を見上げて頷きあった。
スイレンは古城に直接侵入出来る地下水道を通って宝物庫に忍び込んだ。そのまま、足音を立てずに大理石の廊下を駆け、階段を駆け上る。道中出会った警備員も無力化しつつ、広間の扉の前に到着した。大きな扉の上に小窓があり、スイレンはそこへ飛び上がった。そこから広間を照らす巨大なシャンデリアに飛び移った。スイレンの身のこなしでなければ到底不可能だっただろう。
眼下では壺の搬入を担当しているのであろう衛兵が壺に雑巾を丸めたものを投げつけて遊んでいた。まだ会場の準備は始まっていないようで、人も数えるほどしかいなかった。
「夜になったら本格的に始めるのかしら......あの人達は何で壺で遊んでるの?」
スイレンが困惑する。壺が壊れたりでもすれば、怒られるどころではない。最悪打ち首もあり得る。貴族の誕生会にわざわざ持ってくるほどの壺なのだから、とスイレンがハラハラしながら様子を見守る。
「壊すなよー」
「大丈夫だ、これでも制球には自信があるんだ」
そんな会話が下から聞こえてくる。スイレンは呆れながら大きな窓の外を見る。ノーディス達もそろそろ所定の位置に到着しているはず。
森に分散した後できるだけ大きな魔法で合図を出すはず、とスイレンは予測していた。というより陽動である以上、それ以外は考えられなかった。
「この壺めちゃくちゃ重かったけど、何が入ってんだろうな」
警備員の一人がテーブルに置かれた壺に近寄る。
(ちょっと、あの人達何考えてるの? 蓋を取って魔の姉弟が復活したらどうすんの?)
スイレンが刀の柄に手をかけ、飛び降りる準備をする。
「おいおい、セレーナ嬢を喜ばせる仕掛けが仕込まれてたらどうするんだ。俺らの頸が言葉通りトぶかもしれないんだぞ」
別の警備員が止めに入る。
「......そのまま止めてちょうだい。ノーディスさん、早く合図を......」
スイレンが焦りだす。
「別にいいだろ。トンズラこきゃ問題ねぇよ」
警備員が構わずに壺の蓋を取ってしまった。
「あのバカ......!」
スイレンが飛び降りた瞬間、蓋を持った警備員の右腕が斬り飛ばされた。
「......は?」
状況のつかめないまま警備員は真っ赤に染まる自身の右腕を抱えながら尻もちをつく。
「なっ、どうした......」
別の警備員が近づこうとした瞬間、首を刎ね飛ばされた。警備員は真っ赤な噴水になってその場に倒れた。
「うわあああああああああああ!」
目の前の、そして自身の惨状に警備員が絶叫を上げる。
着地したスイレンには攻撃が見えていた。
(何か、薄い板のようなものが首を......!)
「全速力で逃げて!」
刀を構えるスイレンの後ろを警備員達が駆け抜けていく。腕を斬られた警備員はその場で動かなくなっている。気絶か、はたまた失血死か。それを確かめる余裕などないことをスイレンは肌で感じていた。天井付近からこちらに向かって放たれる異常な殺気と魔力。
その殺気の主が床に降り立つ。全身を包帯でぐるぐる巻きにした、中肉中背の人間。右目が真っ赤に煌めいている。
(こいつが魔の姉弟? だとしたら、もう片方はどこに?)
「随分と、外の様相が変わっている......フフ、フハハハハ! 久方振りの現世だ! まずはお前で遊ばせてもらうぜぇ!」
包帯を巻いた魔が包帯を物凄い勢いでスイレンに向かって伸ばす。
間一髪で受けたスイレンの刀から火花が散る。
(板の正体は包帯? なんて硬さ......!)
踏ん張るスイレンだが、段々と後退していく。数を増やす包帯に完全に力負けしたスイレンが窓を突き破り、市街地へと吹っ飛ばされる。その瞬間、森が一気に隆起し、土煙が古城周辺を覆った。
(ノーディスさんからの合図......! クソ、異常事態だ)
スイレンが苦しげな表情を浮かべる。スイレンはノーディスと念話魔法を繋げることが出来ない。
古城から飛び出した包帯の魔がこちらに向かって飛んできているのが見えた。
「ノーディスさん、ごめんなさい」
作戦が大崩れになったことを詫びつつ、スイレンは技を繰り出して着地の衝撃を和らげた。
空から降ってきた女の子に市民が奇異の目を向ける。
「空から女の子が降ってきたよな」
「俺酔ってるけど、幻覚じゃないよな」
「できるだけ遠くに走って! ここはもう危険だから!」
スイレンが叫んだ瞬間、無数の包帯がスイレンに襲い掛かった。
「行雲流水!」
水の幻影が太刀筋に重なり、包帯をはじいた。
(はじくだけで精一杯、しなるから斬れないのね)
スイレンが深く息を吸い、キッと前方を睨んだ。目の前に包帯の魔が降り立つ。
「へへへ、やる気かよ。このウナト相手によ」
ウナトがガサガサした声で愉しそうに笑う。
「誰が相手かなんて関係ない......ここで倒す!」
スイレンが技を構える。
「面白れぇ、退屈させるなよ!」
ウナトが包帯を伸ばす。
下水道を駆けるリムとジョシュは天井の格子の下で止まった。壁には汚い梯子がかけられている。
「ここを上に行くと宝物庫っす」
「分かった。格子は外せるか?」
「簡単に」
ジョシュを先頭に、梯子を登り始める。格子を外すと、どうやらお手洗いらしい場所に出た。
「じゃ、行きましょ」
ジョシュが扉を開けて宝物庫を指さす。リムは頷くと、あたりを警戒しながら足を進めた。
「壺はどのあたりに?」
「確か奥の方っす。よく分かんない鎧と旗に挟まれてたの覚えてるっす」
「ぼやっとしてるな......あれか?」
リムの視線の先に鎧と旗が見えた。
「ああ、あれっす......あれ? 壺がない」
ジョシュが頓狂な声を上げる。
慌てて駆け寄った二人は冷や汗を流す。
「どういうことだ?」
「分かんないっす、展示場所が変わったのか......ん、なんか書置きが」
台座の所に紙が貼りつけてあった。
『広間に搬入済み』
「くそ、なんでか知らないが広間に壺はあるらしい。そこに行くぞ。かなりの荒事になるかもな!」
宝物庫を出たリムは壁にかけられている案内図をちらと見ると、一気に廊下を走り抜け、階段を駆け上った。その速度はジョシュをあっという間に置き去りにするほどだった。
広間の扉の前に、武装した兵士が何名か待機していた。警備というにはなかなか物騒な装備である。
「ん、広間への立ち入りは禁止だぞ!」
兵士の一人がリムに向かって怒鳴る。
「何が起きてるんだ⁉」
リムが味方を装って訊ねる。
「中で化け物が暴れてるらしい、増援を待って突入す......っておい!」
リムは迷わずに扉を蹴破った。
台座付近で倒れている二つの死体が目に飛び込んでくる。
「これは......!」
鋭利な刃物か何かで斬られたような切断面にリムが眉をひそめる。
(壺は台座に置いてある。傍に転がっているのは蓋か? まさか、こいつらが勝手に封印を解いて魔の姉弟を復活させてしまったのか)
割れた窓からぬるい風が吹き込んでくる。リムがそちらを見る。
「あそこから外に行ったのか」
収納魔法から双剣を取り出すと、窓から全力で飛び出した。
「森か? それとも街に行ったか」
その瞬間、市街地で大きな土煙があがった。
「街に行ったか!」
リムが森に着地すると、全速力で街に向かって走り出した。




