第25話 葛藤
夜が明け、太陽が眩く市街を照らす。
暗部のアジトにルプシィは戻ってきた。散々飛び回ったものの、奴隷商人の襲撃犯はおろか襲撃犯の残した痕跡すら跡形もなく消えてしまった。
完全にしてやられた、といった表情でウィードが待っているであろう部屋に入った。
「......え」
白い布にくるまれた二つの遺体と、賢明な治療が行われているウィードが横たわっていた。
「ルプシィか」
ウィードの腹の傷を縫合している医者が声をかける。
「かなりひどくやられてる。何とか治療して峠を越えさせることはできた。とんでもない生命力だ」
「誰にやられたんだ?」
「さあな。ウィードと一緒にいた奴らも軒並み大怪我、そこの二人に至っては首を搔っ切られて即死だ。とんでもない奴を相手取ったもんだな」
医者が縫合を終わらせて、ホッと一息つく。
「お前も怪我してるんじゃないか?」
「してない。それより、エレナはどこなんだ? まだ戻ってきてないのか?」
「エレナ? ああ、聖女の所に行ってたやつか。あいつもこの任務に駆り出されてるのか? 俺は見てないぞ。まだ探してるんじゃないか?」
「......そうか。動ける奴はまだ残ってるだろ?」
「ああ。また行くのか?」
「いや、一旦は仮眠をとる。エレナが帰ってきたら起こしてくれ」
ルプシィが黒い上着を脱いで部屋を立ち去る。
「エレナが帰ってこなかったら?」
「動ける奴らにエレナを殺しに行かせる」
「なんで?」
医者が疑問を口にするが、ルプシィは何も答えなかった。
リムが目を覚ますと、目の前に紙袋が置かれていた。
「朝飯だ」
カロッゾが紙袋を指さす。
袋の中にはパンが入っていた。下水道の臭いで鼻がマヒしてしまったのか、においを感じない。
「おはよう」
シャルルがリムに駆けよって抱きつく。
「おはよう、昨日はよく眠れたか?」
「うん。お鼻取れそうだったけど」
「ふふ、もう慣れただろう?」
「慣れた」
シャルルがリムのお腹を撫でる。
「ボコボコ」
「え? ああ、腹筋だ。鍛えているからね」
「固ーい」
「こら、シャルル」
カロッゾがシャルルを抱きかかえる。
「レディーにそういうことを言うんじゃない」
「ふわぁー」
大きなあくびをしながらジョシュが身を起こす。
「身体がバキバキっすわ」
「しっかり身体を伸ばしておけよ。今日の夜は荒事に発展する可能性もあるからな」
「えぇ......サッと盗んでサッと帰るだけでしょ」
「そう上手くいくとは思えないからな」
リムはパンを頬張ると、紙袋をジョシュに放り投げた。
「げーっ、香草パン? あんま好きじゃないんすけどね」
ジョシュが文句を言うのを横目に、リムは収納魔法から双剣を取り出した。
「鎖でつないでるのか」
「ああ。そっちのほうが間合いが取れるから」
リムはそう答えると、双剣を振り回し始めた。刃が風を切る音が、下水道に響き渡る。
「......音がでかいな。外にまで聞こえてるんじゃないか?」
「やめたほうが良さそうか」
リムはが双剣を収納魔法に収めた。
エレナとアイーダはほぼ同時に目を覚ました。唇が触れそうなほど近くにある互いの顔を認識してガバっと起き上がる。
「おはよう......」
「───おはようございます」
「結局どうするの?」
「とりあえず日中はここで待機です。状況に応じて変更しますけど」
「了解......エレナってさ、なんで暗部を裏切ったの? そもそも何で暗部員が聖女の所にいたの?」
「監視です。ミカ様の影響力が王都やその周辺ですごいことは知っていますよね」
「うん」
「王都の民衆は聖女を創世の女神マルカ=デロキオシスと同列に見ているんです」
「マルカ一神教の?」
「そうです。マルカ一神教とミカ様、というか聖女は全くの無関係なのですが、民衆は同列に扱っています。その信仰心はすさまじく、王都の大半がマルカ一神教の信者です」
「へぇ。で、監視の理由は?」
「......興味なさそうですね」
「本筋と関係ないところばっかり喋ってるからでしょ!」
「前提知識があった方が分かりやすいんです!」
一息ついてエレナは再度語りだした。
「......聖女が王政に対して反旗を翻さないかを監視することです」
「聖女が反乱するってこと?」
「はい。聖女がその絶大な支持をもとに民衆をそそのかし、王政に牙をむく前に対処するのが私の任務でした。結局、そんな気配は一切なかったんですけど」
アイーダが納得したように頷く。
「ミカはわりとイカレてるとこあるけど、そういうことはしない男よね」
「女です」
「今は男だろ。んで、それがどう裏切りに繋がるんだ?」
「私は暗部員に向いていなかったんです。心を殺していたのにミケーネ様の優しさにすぐほだされてしまった。上から魔法の開発なども報告するように言われていたけれど、全部黙認しました」
「職務放棄どころじゃないわね」
「王政に害をなすような行為も見られなかったので」
「ふーん、でも暗部を裏切る必要もなかったんじゃない? 上手いこと誤魔化せたんじゃ......」
「相手は私よりも優秀です。小手先の誤魔化しが効くとは思えなかったので」
エレナが目を伏せる。
「......私はこのままミケーネ様の側でお仕えしても良いのでしょうか」
「え? いいに決まってるじゃん」
エレナの突飛な言葉にアイーダが目を丸くする。
「暗部の一員、そしてそれを裏切った立場ともなれば、私は死ぬまで追われる身になります。そうなればミケーネ様と一緒にいることはできなくなります」
「ミカ......じゃなくてミケーネか。あいつにも迷惑がかかるってことね」
アイーダが納得したように頷く。
「暗部が無くなればそんな心配しなくてもいいんだけどね。現実的じゃないか」
アイーダがケタケタと笑う。すると、エレナがパッと顔を上げる。
「魔の姉弟の復活に合わせて暗部をぶつければ」
「......あんた、ミカと同じぐらいイカレてるわね」
アイーダが呆れたように額に手をやる。
そんな荒唐無稽な願いは、図らずも叶うこととなる。




