第21話 罠
建物の中は凄惨だった。至る所に血が染みついており、壁や家具が破壊されている。
「うーわ、グロイ。魔力の残滓は見えないし、何やったらこんなことになんの」
ルプシィが顔をしかめる。
「何が起きたか、想像もしたくないですね」
エレナも口元を袖で押さえる。
歩く度に床がギシギシと鳴る。
「手分けして見て回るか。私一階見るからエレナは二階な」
「分かりました」
エレナは頷くと、階段を上り始めた。二階も一階ほどではないにせよ、かなりの荒事が行われた形跡が見られた。
「鑑定魔法」
エレナが鑑定魔法で色々と探る。まずは足跡。
慌ただしく足跡がついている中、一つだけ、どこかへ真っ直ぐに進んでいく足跡があった。その足跡から発せられる魔力を感じた瞬間、エレナは悟った。
(この足跡の主が、奴隷商人のもとを襲撃した張本人......!)
エレナは強い魔力を残す足跡を辿っていく。その足跡はいくつもの部屋を通り過ぎ、廊下の突き当たりの部屋の前まで来た。
「エルフの子がここに......?」
襲撃犯はエルフの子を攫っていた。襲撃犯の足跡がここまで続いているということは、そういうことなのだろう。
エレナがドアノブに手をかけた瞬間、バチッと衝撃が走った。
エレナは咄嗟にドアから距離を取る。
(静電気の類ではない、魔力によって仕掛けられた罠......)
ドアはうんともすんとも言わない。部屋の中から得物が飛んできたり、はたまた爆発することもなかった。
「ルプシィ!」
エレナはルプシィを呼んだ。一人でこの部屋に突入するのは危険だと判断したのだ。
「何か見つけたのか?」
ルプシィがこちらに向かって来る。
「襲撃犯と思われる足跡がこの部屋に続いていたの。ドアノブに触ったら違和感があった」
「なるほど、罠かもしれないってことね。じゃあ、ごり押しでいこうか」
ルプシィが稲妻をまとった鋭い蹴りを放った。ドアはべきッと音を立てて床に転がった。
「......なーんも起きないじゃん。あんた、聖女のところでぬくぬく任務やってたから臆病になってない?」
「そんなこと......!」
「あー、分かったから。ったく」
ルプシィはドアを踏んずけて部屋の中に入る。中は無機質なもので、薄い布団が部屋の真ん中に敷いてあり、枕元に申し訳程度のパンが置いてあった。それもパサパサになってしまっているが。
「奴隷にしては丁重に扱ってるな。下の階の奴隷部屋は全部ござが敷いてあるだけだったし」
「基本布団なしで雑魚寝ですからね」
「ここに連れ去られたっていうエルフがいたのかな? ドアノブに触った時の違和感について聞かせろ」
「普通の人間なら気絶するか、そこまでいかなくとも動けなくなる程度の衝撃でした」
「多分、エルフの子をここに閉じ込めてたんでしょ。ドアから逃げられないようにドアノブに細工してたんじゃないかな。外側にもそれをやってるっていうのが引っかかるけど」
「......確かに。外から開ける人も気絶してしまいますね。この中を見られたくない誰か......襲撃犯が仕掛けたもの?」
「そういう考え方もできるな。鑑定魔法でこの部屋を見てみて」
ルプシィに言われてエレナは鑑定魔法を発動する。その瞬間、エレナは信じられないものを見た。
部屋の中央、青白く揺らめく何かが立っていた。強烈な魔力にあてられたエレナが思わず後ずさる。
「な、あなたは誰!」
「え、なんかいるのか?」
ルプシィが頭を搔きながらエレナの視線の先を見る。
(生物なら透明だろうが何だろうが気づけるハズなんだけどな。気配を感じないけど、何が見えてるんだ?)
ルプシィも苦手ながら鑑定魔法を発動する。
「おお、これは強烈」
想像を絶する圧倒的な魔力に、思わず臨戦態勢を取るルプシィ。
「攻撃の意思はないようですけど......」
落ち着きを取り戻したエレナが冷静に分析をする。
「魔力を用いて生成された分身......襲撃犯の残したものかと。そういう魔法があるのは知っていましたが」
「鑑定魔法がないと魔力は視覚で認知できないだろ。なんだって魔力で分身作って、それをここに残したんだ? 意図が読めねぇな」
ルプシィが揺らめく分身とにらめっこする。
「これだけ魔力の特徴が強ければ、襲撃犯の足跡も辿れるかも......」
「こいつさぁ、こっち見てない!?」
エレナの言葉を遮るようにルプシィが叫ぶ。
「まさか、分身でしょう? 自発的な動きはできないはずです」
「いや、絶対にこっち見てるって!」
エレナとルプシィが顔を見合わせる。
「分身がこちらを見ているとするなら、何のために?」
「......監視だ」
「私達がくることを知っていたと?」
「別に私らに限らねぇ。奴隷商人の手下でも、なんでも。部屋の中に入れた奴を監視して手を打つつもりなんだろ」
「つまりこの会話を聞かれているということは......!」
「クソ、速くここから出るぞ!」
ルプシィが叫んで窓を突き破って外に出る。コンマ一秒遅れてエレナも飛び出した。
次の瞬間、建物が青白い光を発したかと思うと、大爆発した。
「ちっ、気取られた」
カロッゾが舌打ちをして窓の外を見る。
「何に?」
リムが気になって外を見ると、遠くの方で青い火柱があがっている。
「おい、あれはなんだ?」
「奴隷商人のところに仕掛けていた分身体に引っかかった奴がこっちの監視に気づいたんだ。しかもあの黒服、暗部の奴らだ」
「暗部......暗部!? なんで暗部なんかが奴隷商人の......シャルルか」
リムが寝室の方を見る。
「ま、暗部対策も施してある。あいつら鑑定魔法が見えすぎるからな。痕跡を残してるんだよ、魔力でな」
「何が対策だよ、普通にバレるだろ」
「あちこちに残してるんだよ。市街地、古城、繁華街。ライファロスのありとあらゆる所に、普通じゃ見えないぐらいの痕跡も。だから暗部の奴らは右往左往だ」
「知らんが、ここも安全じゃないだろう?」
リムの問いにカロッゾが答える。
「めちゃくちゃ危険だ。ここにも痕跡残してるからな」
「さっさと逃げるぞ!」
リムが言うと、ジョシュが目を丸くする。
「俺も逃げるんすか?」
「殺されても知らんぞ」
カロッゾが怖いことを言いながらマントを羽織る。
「えぇーっ!?」
ジョシュがげんなりしながら寝室に入り、シャルルを連れてくる。
寝ぼけまなこをこすりながらシャルルがカロッゾに訊ねる。
「もう朝?」
「いーや、まだ夜だ。長ーい長ーい夜になりそうだ」
カロッゾがシャルル、リム、ジョシュを黒いローブで包む。
「ジョシュ、お前のアトリエにいくぞ。先導しろ」
「はひ、わはりまひた!」
料理を口に詰め込めるだけ詰め込んだジョシュが頷く。
「あっぶねぇ! 少し遅れてたら消し炭だった!」
ルプシィが頬を伝う汗を拭う。
「完全に気取られましたね。足跡が残っていたのも全部罠だった。私達を、というか襲撃犯を追う者をおびき寄せるための」
エレナが裾を払いながら立ち上がる。
(ミカ様やリム様はこの爆発に気が付いているかもしれません。ルプシィがいる以上、ここで鉢合わせるのは絶対に避けなければ)
「さっきの魔力は覚えてるでしょう?」
「ああ、嫌でも忘れねぇよ」
「二手に分かれて追いますよ。色々な所に同じ魔力が見えてますから。手分けして襲撃犯を見つけましょう!」
エレナはそう言うなり魔糸鉱石で飛び上がった。見える魔力が向かう先はカロッゾの面白冒険道具店。
「あっ、おい! 報告が先だろうが!」
ルプシィが叫んだが、届かないと分かると悪態をつきながら魔糸鉱石で飛び上がった。ルプシィはエレナとは反対方向、繁華街の方へと向かった。
ミカとアイーダが案内されたのは宿の最上階の部屋だった。ノーディスによる至れり尽くせりな対応について文句はなかった、と言いたいところだが。
「なんでミカと同じ部屋なのよ!」
もうかれこれ三十分、アイーダが猛抗議し続けていた。しかしその相手はミカ。
「俺に怒鳴ったってしょうがないだろ。ノヴァクはすぐに消えちまうし。我慢しろ!」
「うぅ、変なコトしたらぶっ飛ばすからね」
「しねーよ!」
ミカがため息をついてソファに座り込む。
(とりあえずここに身をひそめておくか。下手に動いて計画がおじゃんになっても困るからな。そうなりゃノーディス達に狙われる可能性だってある)
「また考え事?」
ミカの隣にアイーダが座る。
「まあな」
窓の外を見ながらミカがボソッと言う。
その瞬間、青い火柱が夜空を青く照らした。
「......は?」
「......何事?」
ミカもアイーダは何も把握できないまま座りつくすしかなかった。




