第20話 臆病者
カロッゾに包丁を突き付けられたリムだが、まだ隠し事は通用するとは思い、口を開いた。
「確かに魔を復活させるために、エルフの黒髪は必要だ。王都で騒がれている聖女の失踪だが、魔の復活に関連している」
「聖女の失踪は魔の復活準備に奔走しているから、というわけか」
「正確には魔の首魁だな」
「......なんだと?」
カロッゾが血相を変える。
「魔の首魁、マルカを復活させるだと!?」
「なんだ、知っているのか?」
「知っているかだと? 初代聖女が封じ込めるしかなかった暴虐のマルカを知らないとでも?」
「暴虐のマルカ?」
カロッゾはため息をつくと、戸棚を漁りだした。リムが戸惑っていると、カロッゾは一冊の古びた本を持って来て机に広げた。
「暴虐のマルカ。もう数えられんほど昔、この地に生まれた悪意の塊。初代聖女と仲間複数が討伐にあたったが、失敗。一国の犠牲と引き換えにマルカを封印した」
「そう書いてあるのか?」
「そう書いてある。初代の聖女が張った結界は各代の聖女の手助けを受けつつもまだ続いている。それほどの力を有した聖女でさえ倒せなかったんだ」
「それは、初代が戦闘に不慣れだったのでは? 聖女が支援、仲間が攻撃という役割で動いていただけじゃ......」
「役割の問題じゃない。初代が一番聖の力が強かったんだ。そんな奴が封印しかできない相手だぞ。復活させてどうするつもりだ」
「倒してこの世から魔の存在を消す」
「倒す? ミケーネとお前にそれができるのか?」
「二人だけじゃない。他にも仲間はいる」
「どちらにせよ無理だろう。初代が倒せなかった魔を当代が倒せるとは思えない」
「やってみなければ分からないだろう。なんで見たこともないものにそこまで怯えてるんだ。やってもみないで突っぱねるんだ」
「怖いからに決まってるだろ。初代が記した内容をすべて読んであたしは恐れ慄いた。人々を魔の手から守るという役目を自分が果たせるとは到底思えなかった。あたしはすぐに姿を消し、ここに隠遁した」
「王都に近いここに?」
「灯台下暗しってやつだ。ここに隠れ住んでもう二十年以上になる」
「そうか......なんでその本を持ってきたんだ?」
「これを読んで、あたしみたいに失踪する奴が出たら困るだろ。だからあたしが持ってるんだ」
「初代聖女に自己投影してすべてを投げ出すような聖女はいないと思うが───己の責務から逃げ出す人間が何かを成そうとする人間にとやかく言う権利はない」
「綺麗事だな。その周りには目を背けたい現実がある。綺麗事ってのは現実を見てくれいいように削ったものだからな。削りカスを大事に取っておく奴なんていないだろ」
カロッゾが本をバタンと閉じると、椅子に座り込んだ。リムが深く息を吐く。
「魔の赫眼がどこにあるか知っているか?」
「本を閉じる前に聞けよ」
カロッゾがため息をついて本を開いてページをめくる。
「書いてるのか?」
「初代が今まで出会ってきた魔が事細かに記されてるんだ。これと同じ物が何冊か複製されているらしい。鑑定魔法で判明した」
(複製? イヅナたちの仲間もそれを持っていたりするのだろうか)
予想するリムを尻目に、カロッゾが該当するページを見つけた。
「これだな」
カロッゾの示したページにでかでかと壺の絵が描かれている。
「おお、なかなか強烈な柄の壺だな」
リムが顔をしかめる。
「これに魔の姉弟が封印されているらしいな。その二人が一つずつ、赫い目を持っているとある」
「それが魔の赫眼、ということか」
「そうだ。こいつらに関しては交戦する間もなく封印したからか、詳細な記録がほとんど残っていない」
「ぶっつけ本番で対処しなきゃならないのか......」
「あたしの話を聞いてなかったのか? なんでこいつらを復活させる必要があるんだよ。お前、やっぱ別の目的があるな!? マルカを復活させる以外の!」
「ない! あと夜遅いから大声をだすな!」
「どの口が!」
カロッゾとリムが大きな声で言い争いを始めたとき、寝室からジョシュが顔を覗かせた。
「あの、シャルル寝ちゃったんで静かにしてあげてください」
「......晩御飯前に? こんな時間に寝るなんて、あした絶対早くに叩き起こされる」
カロッゾがため息をつく。
「まあ、しょうがないでしょ。何見てるんです?」
ジョシュが壺の絵を覗き込む。
「ああ、古城の宝物庫にあるやつか。今度行くんすか?」
「古城にこれがあるのか?」
リムがぎょっとして訊ねる。
「一般公開の中にあったすよ。面白い結界魔法で護られてて」
「そうか、結界で護られているのか......」
腕を組んで考え出したリムを見たカロッゾが心配そうに訊ねる。
「まさかと思うが、盗もうなんて考えていないだろうな」
「な、そんな泥棒のようなマネ、聖女の護衛であるこの私が、す、するわけがないだろう?」
リムが慌てて弁明する。
「結構面白い柄だったんで似たような壺造ってみたんすよね」
リムがジョシュの肩に手を置く。
「協力してほしい。君の力が必要だ」
「お前なあ」
カロッゾがリムに拳骨を喰らわせる。
「痛っ!」
「やっぱり泥棒しようとしてるじゃねぇか」
「楽しそうだし、いいんじゃないすか?」
ジョシュが適当に賛同してヘラヘラ笑い出す。
「いいわけねぇだろ」
カロッゾが頭を抱えてキッチンに戻る。
「結界について分かっていることを教えてくれないか?」
「いいっすよ」
冒険道具を造るだけの毎日に飽き始めていたジョシュにとって、リムのやろうとしていることはどうしようもなく刺激的でワクワクが止まらないものだった。
宝物庫の壺を盗み出す、それがれっきとした犯罪である事など、この時は頭からすっぽ抜けていたのである。
ウィードとルプシィに連れられたエレナは薄暗い部屋の一室で、見覚えのあるベルトを渡された。
「これは......」
「魔糸鉱石を移動兵器に発展させたもの。暗部の技術科の最高傑作だよ。この腰にある筒に魔力を流せば魔糸鉱石が発動するんだ」
ルプシィが自身の腰をポンポンと叩く。
(これは、テンカーン村の冒険者が使っていた魔糸鉱石の......! こっちは剣の鞘までついている。戦闘における実用性で言えば、技術科の開発した方が上。テンカーン村の技術を流用したのかしら)
エレナがベルトを眺めていると、ルプシィが肩をがッと掴んだ。
「早く装備しな、これから任務があるんだ」
エレナが魔糸鉱石を装備している間、ウィードが任務を説明する。
「奴隷商人の連れて来たエルフが何者かによって盗まれた。護衛は全員頭を貫かれて死亡、奴隷商人も錯乱状態に陥ってまともに会話が出来ん。商人の錯乱状態が治るまで待ってはいられない。お前たち二人で現場に行って手掛かりを探してこい」
「え、現場をまだ見てないんですか?」
「つべこべ言うな。ほら、いくぞ」
ルプシィがエレナの腕を肘で小突くと、窓から飛び出していった。エレナもすぐにその後を追う。闇夜に魔糸が煌めく。
「うーん、やっぱ難しいな」
「そうですね、バランスのとり方が難しいですね」
そんなことを言う割りに軽々と魔糸鉱石を操作しながら二人はある建物の前に降り立った。辺りに人気はない。
「ここが奴隷商人が襲われた建物よ。さ、どんな奴が浮かび上がってくるのか楽しみだなぁ」
ルプシィが建物のドアを開けて中に入る。
エレナも後に続く。




