第17話 思惑
どれほどの時間が経っただろうか。エレナは目を覚ました。
見覚えのない部屋の真ん中に転がされている。
「こ、ここは......」
立ち上がろうとするが、思うように身体が動かない。身体を縛られているせいもあるが、ルプシィの電撃によってまだ手足がしびれて思うように動かせないのだ。
「あ、起きた」
ドアの前にルプシィが座り込んでいる。その隣に大柄な男が立っている。エレナはその人物を知っていた。
ウィード・グラッドマン、暗部のリーダーである。ルプシィも暗部のメンバー、そしてエレナ自身も暗部のメンバーである。
「いやぁ、たまたまあいつがいるのが見えてさ、いつ仕掛けようかワクワクしてたんだよ。そしたら上手いこと一人になってくれてさ」
ルプシィがウィードに向かってうれしそうに話す。
「なんでうれしそうに話す。おい、エレナ」
ウィードが床に横たわるエレナに訊ねる。
「聖女ミケーネ・マリアベルが失踪した。お前には聖女の動向を監視する任務に就いていたはずだ。失踪の件、なぜ報告しなかった」
「......」
「なーんで答えないんだよ。もしかして聖女に肩入れしてる?」
ルプシィが首を傾げる。
「失踪に関して、こちらで対処できると判断したから」
「はあ? 異変は全部こっちに報告する手筈だったろうが!」
「ルプシィ、落ち着け。それで、ミケーネの行方について、手掛かりは」
「......生まれ故郷であるテンカーン村に赴いたけれど、既に彼女はいなかった。彼女の母親からライファロスに向かう、という事を聞いたのでこちらにきました」
「......私からも質問。一緒にいた金髪の女ってリム・ラーバナードだろ? ミケーネの護衛」
「......違う。空似の協力者だ」
エレナが言った途端、ルプシィが激昂する。
「ンな訳ねぇだろーが!」
ルプシィがエレナの腹を蹴りつける。
「聖女の護衛を見間違えると思うか? 暗部の目は誤魔化せねぇよ」
ルプシィは呼吸が荒くなったエレナにもう一つ質問をする。
「一緒にいた白髪の奴、変な棒を背中にくっつけてた赤毛、ガキ二人は何者だ?」
エレナが深く息を吸い込む。
「彼らも......協力者」
「なあ、噓つくなよ。全員ただ者じゃなさそうだったぞ」
「逆にこっちからも聞きたい。なんで暗部が、しかもあなた達みたいな選りすぐりの精鋭がこんな所に?」
「お前だって招集される予定だった。聖女と一緒にお前も消えたもんだから、変更になったがな」
ウィードがため息交じりに言う。
「外国勢力がライファロスに入り込んでいる」
「......諜報員ですか」
「いや、諜報活動にしては人数が多い。うちの諜報員が一人殺害されているし、戦闘力は相当なものだろう」
「追跡中にやられたっぽいよ。ヒリついてきた?」
ルプシィがエレナを縛る縄をほどいた。
「あんたがミケーネを監視していた目的を言ってみな」
「国民から絶大な支持を得る聖女がそれを利用して王政に反旗を翻すことを防ぐため」
「そ、心配して損したよ」
ルプシィがエレナの耳元で囁く。
「報告しなかった件については功を焦ったっていうことで」
「......分かりました」
「そういうことにしておこう」
ウィードがルプシィの言葉に頷く。
(外国勢力、おそらくイヅナちゃん達のことね。うまい具合に注意を逸らさなきゃ)
エレナが今後の立ち回りを考える。
「俺達は外国勢力の全容をいち早く解明、即座に叩き潰す。民間人への被害は......」
「毛頭気にするつもりはないよ。あっははは!」
ルプシィが笑いながら言う。実に楽しそうに。その笑いは残酷な響きを持って夜空に吸い込まれていった。
ミカ達は地下道に入った。薄暗い通路に彼らの声が響く。
「このまま宿に向かうよ」
「宿に?」
「仲間が一年前から経営してるんだ」
イヅナがドヤ顔で言う。
「お前らの拠点になってるんだな。随分と丁寧にやってるんだな」
「そりゃあ、急にできた宿屋にいっぱい人がいたら怪しいでしょ。ただでさえ宿屋がいっぱいあるのに」
地下道を抜けると、繁華街に到着した。飲み屋が密集しており、行き交う人々はみな楽しそうに酒を飲み交わしている。
「あそこね」
イヅナの指さす先、かなり背の高い建物。十階建てほどだろうか、レンガ造りのシックな宿が建っている。
「へえ、いいじゃないか」
ミカが感心する。ロビーに入ると、カウンターにいるスタッフが声をかけてきた。
「いらっしゃいませ」
「食堂空いてる? 特等席」
イヅナが訊ねると、スタッフは頷いた。
「はい、空いております。ご案内いたします」
スタッフが後ろに控えている燕尾服を着たスタッフに合図を出す。
「こちらへどうぞ」
燕尾服が先頭に立って歩き出す。その後ろをついていくミカ達。
「ちょっと、特等席って高いんじゃないの? お金あるの?」
「ん? 大丈夫だろ」
アイーダが心配そうに言うが、ミカは適当に返事した。どうせ食事なんてしないだろうということは予想に難くない。
ミカの予想通り、燕尾服は地下への階段を降りだした。
「な、大丈夫だろ?」
「べ、別に不安だったわけじゃないんだからね」
「そりゃ、無理があるだろ......」
アイーダとミカが言い争っていると、燕尾服が口を開いた。
「私語は謹んでいただけますか」
「あ、すみません」
ミカが謝って口をつぐんだ。するとイヅナとスイレンが笑い出した。
「ぷぷっ、ノヴァクったら、すっかりなりきっちゃって」
「上手ですよ、ノヴァク」
「仕事なんだから当たり前だろ。笑われる筋合いはない」
燕尾服が不機嫌そうな声を漏らす。
「あ、仲間だったんだ。気づいてた?」
アイーダがミカに囁く。
「イヅナが話してたことから推測できただろ」
「嫌な言い方。もうちょっと言い方あるでしょ」
「悪かったよ」
いつの間にか一行は広いレストランに到着していた。
「......大丈夫じゃないかも」
「だから言ったじゃん」
アイーダがミカを小突いたとき、レストランの一番奥に座っている男がこちらに向かって手招きをした。燕尾服の男が一礼してレストランから出ていった。
「帰還したよ、ノーディス」
イヅナが男に向かって手を振る。
「お帰り、無事だったかい?」
眠くなるような、優しい声色で男が訊ねる。
「うん、言われてた素材は全部取ってきたよ」
イヅナが言うと、スイレンが懐から布に包んだクラーケンの腕と瓶に入った巨人の脊髄をノーディスに手渡す。リムとは別でそれぞれ確保していたのだろう。
巨人の脊髄をみてミカは少々複雑な想いを抱いた。
「ご苦労様。後はエルフの黒髪と魔の赫眼の二つ。二つともライファロスにあるんだ」
ノーディスがミカに向かって言う。
「テンカーン村では僕の仲間が迷惑をかけたみたいだね。ミカ・マリックさん......いや、ミケーネ・マリアベルさん」
ノーディスはミカが聖女の時の名前を呼んだ。
「人違いです」
ミカは平静を装って答えた。だがノーディスから身も蓋もないことを言われる。
「僕は人の心が読めるんだよ。君の心を読んで、ミケーネ・マリアベルであることを見抜いたんだ」
「それが、俺の見せた偽りだったとしたら?」
「......君ならそれができてもおかしくはないだろうね。君、魔法も創っちゃうみたいだし?」
「どこまで知ってるんだ?」
「念話魔法って言ってね、遠くの人間と会話できる魔法があるんだ。それで聞いたよ。君のことを色々と」
ノーディスが微笑みを浮かべる。
(どうしたもんか。こうもあっさりと正体を見破られるとは。このまま認めて協力体制を敷くか......いや、こいつらの情報を先に聞いておきたい)
ミカがノーディスに質問する。
「あんたら、エルフの黒髪はともかく、魔の赫眼はどうやって集めるつもりなんだ?」
「魔の姉弟を復活させて奪う。考えうる限り、それしかない」
「何を根拠に考えて?」
「ご先祖が残した古文書だ。初代の聖女が記した書に書いてあったんだよ」
「初代聖女!? あんたここの出身なのか?」
「いや、違うよ。初代もエスタルキア王国に移住してきただけみたいだよ。そして魔を封印していた」
「......聖女の力は遺伝なのか?」
「さあ。でもその力自体は僕にもある。聖魔法を発動することはできないけどね」
「じゃあ見せてくれ」
ノーディスは少し考える。
「それは......きみが聖女であることを証明することになっちゃうけど?」
「聖の力が見える体質なんだ。女なら聖女になってたさ」
「そういうことにしておこう。それじゃ、見せるね」
ノーディスの手がボヤッと銀色の靄に包まれる。ミカの目にははっきりと映った。
「えっと、何も見えないわよ?」
アイーダが目を凝らす。イヅナとスイレンも同様らしく、首を傾げて不思議そうにしている。
「確かに、聖女と同じ力だ。噓じゃないみたいだな」
ミカはそう言うと、張り詰めていた表情を和らげる。
「俺もあんたらと同じ目的で動いてるんだ。協力しないか?」
「......断る理由はない。よろしく頼むよ」
ノーディスが立ち上がりミカの方へ歩いていく。ミカも歩み寄って手を差し出す。
二人ががっしりと握手を交わす。




