第14話 旅立ち
日もすっかり暮れた頃、ウルとその娘の葬儀が執り行われた。アイーダが遣わした冒険者によって、布に包まれた娘の遺骨が港に到着した。比較的被害の少なかったエリアに大勢の人が集まっている。
漁火で明るく照らされた海面に遺骨が流される。遺骨は少しの間浮かんでいたが、音もなく水底に沈んでいった。
次にウルの巨体が海に流された。ウルの亡骸はすぐに沈んでいった。
「ウル、娘さんと静かに眠れ」
ミカが海面に手をかざす。
魔法で海底の砂を巻き上げ、二人を埋めていく。
二人の巨人は深い海の底で、静かな眠りについたのだった。
「終わったぞ」
ミカが振り返って伝える。
人々がサーッとはけていく。残ったのはミカとリム、アイーダ、そしてイヅナとスイレン、サリヴァンだけだった。
「人もいなくなったし、そろそろいいか?」
「ああ、話があるんだったな」
サリヴァンの言葉にミカが頷く。
「まず断っておくが、俺達はあんたらと敵対するつもりはない。イヅナがお前らに喧嘩売りに行ったのもただ単に腕試しだ」
「分かったから、話ってなんだ?」
ミカが急かす。
「俺達はある目的で色々な素材を集めているんだ」
「クラーケンの脚と巨人の脊髄はそのうちの二つです」
サリヴァンの言葉にスイレンが続ける。
二つの素材の名前がでた途端、ミカとリムが僅かに目を細める。
(こいつら、なんだって俺たちと同じものを? 俺が聖女だってことはバレていないだろうし)
(何が目的なんだ? ミカが聖女だったことを知っているわけでもあるまいし。聖女関連で集めているわけではなさそうだが......)
「そんなもん集めてどうすんの? 高く売れんの?」
アイーダがさりげなく相手の目的を探ろうとする。
「売りません。挙げた二つの素材以外の素材も集めたら使用します」
「まどろっこしい言い方するわね。どうすんのかって聞いてんの」
「魔を復活させる」
サリヴァンがきっぱりと言い切った。全員がぽかんとする。
「魔? 魔って言ったか? 随分と昔に封印されたって聞いたけど」
ミカが眉をひそめる。
「ああ、かつて聖女を名乗る女が魔の首魁をエスタルキア王国に封印したんだ」
「魔の首魁って何? 聖女の張る結界が魔を退けるってのは聞いたことあるけど」
アイーダが首を傾げる。
「この国じゃ魔の被害は出てないんだろ? クラーケンはそれに近い存在だったが......他の国じゃあれ以上にヤバイのがゴロゴロしてる」
サリヴァンの言葉にミカとリムが顔を見合わせる。
「聞いたことあるか?」
「一度もない。てっきり他の国にも私みたい......げふん! 聖女みたいな存在がいるのかと思ってたけど......」
「いない。どうやらこの国にしか聖女になれる女は生まれないらしい。ほかの国では魔による被害がずっと続いている」
「色々な国が聖女に助力を求めましたが、王政に門前払いされていたんです」
「えぇ、王政終わってるわね」
アイーダがミカを横目で見ながら言う。
(そんな話、一度も聞いたことが無い。王政側が話を差し止めていたのか?)
「あんたら、魔の首魁ってのを復活させて倒すつもりなのか?」
「ああ。そうすればこの世から魔の存在が消え去る、というのが我々の見方だからな」
「消えなかったとしたら?」
「全ての魔の頂点だぞ? 消えるに決まってる」
サリヴァンが肩をすくめる。
「ほかの素材は?」
「えーと、魔の赫眼と魔寿族の黒髪だったか」
「魔寿族? なんだそれ」
「あー、こっちじゃエルフっていうのか。その二つを集めれば魔の首魁は復活するんだ」
「へぇ......」
ミカとリムは背を向けると、小声で話し始めた。
「割と協力してもいいんじゃないか? しかもあと二つの素材についても目星が付いてそうだぞ」
「うーん、どうだろう。魔の赫眼が一個しかなかったら彼らと争奪戦になるぞ」
「俺が聖女に戻れば魔の首魁とやらもぶっ倒せるし。聖の力は滅法効くだろうし」
「復活のさせ方なんて分からないだろ? でもあてもなく探すのも悪手だ。何より時間がないしな」
「決まりだな」
ミカとリムがサリヴァンの方を向く。
「実を言うと俺達も同じ目的だったんだ」
「そうなのか? この国にもそういうやつがいるのか......」
「信じるんですか?」
今度はサリヴァンとスイレンが背を向けてひそひそ話しだす。イヅナだけはニコニコ笑いながらリムに駆け寄る。
「ま、しょうがないさ。強い奴は多ければ多いほどいい」
サリヴァンがそう言ったかと思うと、こちらを振り返った。
「なら話が早い。スイレン達と一緒に仲間と合流してくれ」
「あんたは?」
「俺か? 仲間が一人帰ってきてないからそいつを探す。見つけ次第お前らの事も追っかけるから」
「そいつって顔に傷のある男か?」
ミカの質問にサリヴァンが眉をひそめる。
「なんだ、顔見知りか?」
「いや、そいつがクラーケンを怒らせたんだよ。アイーダもそいつを見てる」
「あいつ、私まで巻き込もうとしたのよ」
アイーダが立腹した様子を見せる。サリヴァンが困ったように首を傾げる。
「最終確認って言ってたんだけどな。なんだってそんなことを」
「予定外だったのか? なんで仲間内で作戦内容が共有出来てないんだ⁉」
リムが驚いたように訊ねるとサリヴァンが頭を搔きむしった。
「知らねぇよ。本来は人払いした港か沖合にクラーケンを誘導してウルとぶつけるつもりだったんだよ」
「本来は人的被害がでない手筈だったってことか。でも顔に傷のある奴がおじゃんにした。功を焦ったのか、クラーケンが出現した地点にまだ浮いてるかもな」
「夜が明けたらすぐに探しに行く。何でこんなことしたのか問い詰めてやる」
サリヴァンはそう言うと、肩を怒らせてギルドの方へ歩いて行った。
「俺達も戻ろう。イヅナとスイレンはギルドに戻るのか?」
「どうしよっか」
「お世話になるのは悪いし......」
「ギルドに行かないなら家くるか? 母さんも文句言わないと思うし」
ミカが言うと、イヅナとスイレンは顔を見合わせる。
「そうさせてもらおっか」
「そうだね、いいですか?」
「良いって。ついてきな」
ミカ達も家へと歩き出す。
「あらー、いらっしゃい! ちょっと晩御飯作りすぎちゃって食べきれないわねーって話してたところなのよ」
家に帰ると、テーブルいっぱいに料理が置かれていた。クラーケンの足の串焼き、スープ、甘辛炒め、クラーケンの足を使った様々な種類の料理が、皆が食卓に着くのを待っている。
母親がイヅナとスイレンに対して手を振る。
「カワイ子ちゃん達も連れてきてくれて良かった。うちのミカが悪いことしてない?」
「するわけないだろ、子供だぞ」
「私からすればミカも子供よ?」
母親はそう言うと、席についた。
「さっさと手を洗ってきなさいな。お母さんお腹ペコペコ」
言われた通りに手を洗った一行も席についた。
「いただきまーす」
各々が大皿から料理を取り分けて小皿に盛る。
「うっま!」
「クラーケン美味いじゃん。なんかフクザツ!」
「なかなかどうして、イケる味だな」
クラーケンの足の評判は良いようである。
「歯ごたえがすごいわね。スープも出汁が効いてて美味しい」
アイーダが煮込みスープに舌鼓をうつ。打って変わってエレナはクラーケンの足を少しかじると、顔をしかめてしまった。
「うーん、ちょっと磯臭いわね。塩揉みとか色々臭い取りはやったんだけどね」
母親も顔をしかめながら咀嚼する。
「そうか? 全然いけるけど」
ミカはバクバク食い続ける。リムも一心不乱に食べ続ける。
「胃袋どうなってんの......」
そんな様子を見たイヅナが化け物を見るような目つきを二人に向ける。
「ミカ、これからどうするの? テンカーンに残ってくれないとは思うけど」
「まあね。やることいっぱいあるから。でもそれが片付いたらこっちに戻ってくるよ」
「ホントに? ぜっっったいに帰ってくる?」
「帰ってくるよ。約束する」
ミカはサリヴァン達の目的、『魔の首魁を倒して魔を根絶する』にある種の望みをかけていた。魔がいなくなれば聖女の役割というのはかなり軽くなる。魔を抑える結界が日に日に脆弱になっている以上、ジリ貧で維持し続けるより魔そのものを根絶した方が良いのではないかと思い始めていた。
食事を終えると、各々は風呂を済ませて寝床に入った。
次の日、ミカ達は用意を済ませると村の入り口にやってきた。
「気をつけて行ってくるのよ。危ないことはほどほどに」
母親がミカから順にリム、エレナ、イヅナとスイレンを抱きしめる。
「お母さんみたい」
「お母さんだよ」
イヅナとスイレンが好き勝手言っていると、向こうの方からアイーダが走ってきた。
「待ってー! 私も行く!」
「アイーダ、なんで」
「サリヴァンの仲間にクレーム入れるのよ。サリヴァン自体は信頼できる冒険者に監視させてるし大丈夫。」
ミカの問いにアイーダは胸を張って答えた。
「大丈夫じゃねぇだろそれ」
「ギルドの連中は優秀よ。大丈夫」
アイーダが頬を膨らませる。
「六人か、大所帯になったな」
「そうですねぇ、まさかこんなにお仲間さんが増えるなんて」
リムとアイーダが感慨深げに呟く。
「なんで長いこと三人で冒険してきたみたいに言ってるんだよ......じゃあ行ってくるよ、母さん」
「ええ、頑張ってね。みんなもミカの事をよろしく頼むわね」
母親が涙ぐみながらミカ達を見送る。
こうしてミカ達はテンカーン村を後にした。
「なあ、お前らの仲間がいるところってどこなんだ?」
「ん? えーっとね、ライファロスって所。ここから二日ぐらいで着くよ」
イヅナがスキップしながら答える。
「ライファロス、古城で有名な観光地だな。王都に割と近かったはず」
「へぇ、そんなところがあるのね」
アイーダがわくわくしたように言う。
「なかなか壮観らしいぞ。行ったことないけど」
「いつ見ても飽きないですよ」
「だからさ、遊びに行くんじゃないって言ってるだろー」
ミカ達が喋りながら道を進んでいく。
目的地は古城都市ライファロス。昼は観光地としての顔を持ち、夜は王政の闇を匿う危険な都市である。




