第12話 敵討ち
「じゃあ、続きをやろうか」
クラーケンが爆発的な勢いで急降下する。
「やべっ!」
ミカが慌ててそこから飛びのく。衝突の勢いは港を半壊させるほどで、それは海面を大きくかき混ぜるほどだった。
「逃がすと思うか?」
すかさずクラーケンがミカと距離を詰め、拳を突き出す。ミカは咄嗟に腕をクロスさせてパンチを防ぐ。ドン、という音とともにミカが地面を後ずさる。
腕がジンジン痛んでいる。
「今度はこっちからいくぞ!」
リムが剣を振りかぶるが、クラーケンは最小限の動きで刃を避けると、鋭いひじうちでリムの顔面を捉えた。
「がっ!」
鼻血を流しながらリムが地面を転がっていく。さらに瞬間移動とも取れる速度で距離を詰め、蹴り飛ばす。
リムの鎧が砕ける。
「リム!」
ミカがクラーケンに飛びかかる。
「たあ!」
ミカの一撃を見向きもせずに裏拳でカウンターしたクラーケン。ニッと笑みを漏らす。
「なんだ、大したことないんじゃないか。俺も危ういかと思ったんだけどな」
「思ってもないことを。まあ、でも今のは痛かった。私は痛いのが大好きでね、もっともらっても?」
リムが剣を支えにしながら立ち上がる。その様を見たクラーケンが違和感を覚える。
(......殺すつもりで、いや、確実に殺せる力で蹴ったんだぞ。なんで立っていられるんだ? あの白い髪の男もそうだ。頭を潰す威力で裏拳したのに、平然と立ってやがる)
「こんな時にマゾヒズムをだすなよ」
「しょうがないでしょう、もう気持ちよくなってきてますよ」
そう言いながらリムはクラーケンに駆け寄って剣を振るった。それを避けてクラーケンは強烈なパンチをリムの腹に叩き込む。だが当のリムは頬を紅潮させながら平然と立っている。
(こいつの腹、岩どころの硬さじゃねえ......のか?)
「うっぷ」
ミカが胃袋の中身を全て吐き出す。
「きったねぇ!」
「汚ねぇ!」
クラーケンとミカが同じリアクションを取る。
「それ、海に流すなよ!」
クラーケンが言いながらリムを吹っ飛ばす。
「あっ」
リムはそのまま瓦礫に突っ込んで見えなくなった。
「あのアホは何をやってるんだ......」
ミカは呆れていたが、クラーケンがこちらにツッコんでくるのを見て、即座に戦闘態勢をとる。
まっすぐ突っ込んでくるクラーケンに対してミカは純粋に魔力だけを放った。本来なら強めの風が吹く程度。だが、ミカの魔力の出力でそれをすれば、威力は尋常ではない。
「ぬあっ!?」
強い衝撃波を一身に受けたクラーケンが脚を止める。
「まだまだぁ!」
ミカがクラーケンを蹴り上げる。真上に吹っ飛ばされていくクラーケンよりも速くその真上に飛びあがって、両手を握り合わせて振り下ろす。
「どりゃあ!」
「ぐあああ!」
クラーケンが今度は真下に落下していく。地面に激突する瞬間、ミカがクラーケンの尻尾を掴んで物凄い勢いで回し始める。
「おらっ!」
それを放り投げると、ミカは地面を蹴って猛然と追いかけた。
「ぬうう、いい気になるなよォ!」
クラーケンが体勢を整えて、迫りくるミカに向かって拳を突き出す。
対するミカも拳を繰り出す。
二人の拳がぶつかった瞬間、地面が大きくひび割れ、空気が揺れた。二人はその勢いのまま、激しい肉弾戦を繰り広げはじめる。避けられるたびにより鋭く、速く、重い一撃を互いに叩き込む。
ミカがクラーケンの突き出した拳を掴むと、思い切り下に引っ張って顎に膝蹴りする。
「ぐお」
のけぞったクラーケンだが、身体を回転させて触手を叩きつけてミカを吹っ飛ばす。ミカは体勢を立て直すと倒れ込んだウルの顔の側に着地した。
「く、ミカ......」
「ウル! しゃべるな、死んじまうぞ」
「も、もう死にかけておる......わしは娘の所へ逝ってくる。わしらを......クラーケンのいない海に葬ってくれ......娘は海が好きじゃったから。頼んだぞ」
ウルの絞り出すような言葉にミカが応える。
「......約束する」
クラーケンが肩を回しながらこちらに歩いてくる。と同時にリムも瓦礫をどかしながら立ち上がる。
「お前に構ってる暇はないんだ」
クラーケンが自分の腕を引きちぎって空中に投げた。その腕はみるみるうちに肥大化し、巨大なタコの怪物へと変貌した。見た目は変態前のクラーケンとそっくりだが、上半身に相当する部分はない。鋭い嘴の周りから様々な太さの触手が無数にうねっている。
「そいつと遊んでろ」
クラーケンはそう言うと、またミカとの激しい戦闘に移った。
「さて、弱体化しているとはいえ、この触手の数。厄介だな」
リムが飛爆斬を飛ばして応戦するが、触手の勢いは止まらない。
突如、リムの真下から、石畳を突き破って触手が飛び出してきた。リムは何とか反応したものの間に合わず、触手に両腕を縛り上げられてしまった。
吊るしあげられたリムの腹に触手の強烈なウィップが伸びる。
「ぐっ!」
腹に力を込めてなお、身体を貫く鈍痛にリムがうめき声をあげる。
(何という力......! このままでは)
リムが拘束から逃れようともがいたとき、目の前に稲妻が走り、雷鳴が轟いた。
「雷霆万鈞!」
見覚えのある緑髪の女の子がリムを縛り上げていた触手を斬ったのだ。リムが地面に着地すると同時に青髪の女の子が地面から突き出た触手を薙ぎ払った。
「流觴曲水!」
「君らは......朝の」
「助太刀にきました!」
スイレンが刀を構えて言う。薄らかな刃の淡い青が鈍く光っている。
「私達だって強いんだから!」
着地したイヅナもリムに向かって叫ぶ。
「別に弱いなんて......いや、言ってる場合じゃないな。これはクラーケンか本体から分裂したものだ! ミカに近づかせないことを意識しろ!」
「ミカって、あの白い髪の人ですね。分かりました!」
「合点承知の助ェ!」
イヅナとスイレンが駆け出す。
「私もいいとこ見せないとな」
リムも高く飛び上がってクラーケンの分裂体に斬りかかる。
ミカとクラーケンは激烈な攻防を続けていた。
互いに一歩も引かぬ覚悟で拳を握る。
「お前、なんでウルの娘を攫ったんだ」
「俺の好みだった、それだけだ」
クラーケンの蹴りを受けたミカはバク宙しながら後退する。
「魔力による身体強化だろ? いつまで魔力がもつかな」
クラーケンが息を切らせながら、しかし楽しそうに言う。ミカが腹立たし気にクラーケンをにらみつける。
「好み? そんな理由で......いやどんな理由があっても勝手に連れていくことなんて駄目だろ」
「それは人間の話だろ? おれは人間じゃない。お前らの都合なんて知ったこっちゃないし、ウルの都合もその娘の都合も。俺は生きたいように生きるんだよ」
「残念ながら、ウルはお前のいない海を所望してるんだ。もう、止めるだけじゃ済まない」
ミカの言葉にクラーケンが笑いながら腕を組んで人さし指を立てる。
「できっこないさ。実はまだ半分ぐらいの力しか出してないんだ」
「......奇遇だな、俺もだ!」
互いにハッタリをかます。そして限界を超えるほどに力を振り絞る。
ミカの身体から魔力があふれ出した。身体を魔力によって限界まで引き上げた結果、身体に収まりきらなくなった魔力が漏れ出したのだ。銀色のオーラを纏ったミカにクラーケンが内心驚愕する。
(魔力が見えている? 感知することはできても、視覚的に見ることなんてできるはずが......というか、こいつ一向に魔力が減っていない! 魔力量は俺より人間の方が少ないはずだ。それに、何か魔力と違う力を感じる)
ミカが訊ねる。
「お前、人間と戦ったことはあるのか?」
「......ある。大したことなかったけどな。そいつらは魔法を使ってきたが、二、三発魔法を撃っただけでへばってた」
「ま、身体強化でも魔力は消費するしな。だから、俺がへばるまでちんたら戦おうって魂胆だったのか。舐められたもんだな。まあ、人の娘を攫うような卑怯な雑魚タコ風情に認められても嬉しくないんだが......」
「ほざけェ!」
クラーケンが魔力を凝縮したエネルギー球をミカに投げつける。だが、ミカは顔色一つ変えずにそれを腕の一振りで弾いた。
「種族が違くたって、相手のことは考えられるんだ。最初っから違う存在を見下して接するお前なんかただのクズ野郎だ」
「命だけは助けてやろうと思ってたが、やめだ。お前を殺して、お前の仲間もほかの人間も皆殺しにする。ここまで腹が立ったのは久しぶりだ!」
クラーケンがミカに迫るが、それより速く動いたミカに殴り飛ばされ、海の上を吹っ飛んでいく。
ミカは飛行魔法で一気に加速し、クラーケンの鳩尾にひじうちを突き刺す。
「だああっ!」
さらに二連発のアッパーカットで今度は上に飛ばされる。
「こんな」
クラーケンが苦痛に顔をゆがめながら、なすすべなく宙を舞う。強引に進路を変えたミカがクラーケンの脚を掴んで、ボロボロになった港に投げつけた。
「ぎゃあああ!」
クラーケンが絶叫しながら石畳を削る。
「ち、ちくしょう......!」
立ち上がったクラーケンが海の方を見ると、海を凍らせながらこちらに猛スピードで向かってくるミカが見えた。
「俺はクラーケンだ。人間なんぞに......人間なんぞにィ! 負けてたまるかァァ!」
クラーケンが絶叫して拳を引く。ミカも拳を握る。クラーケンの突き出した渾身の拳を紙一重で避けたミカは勢いそのまま、拳をクラーケンの腹に突き刺した。そして思いっきり上に振りぬいた。
クラーケンの腹でミカの魔力が爆発し、その身を燃やす。ただ魔力だけではない。クラーケンが感じていた違和感の正体。行使できないものの、ミカの中に確かに存在する聖の力がほんの少し漏れ出し、魔に近しい存在であるクラーケンに絶大なダメージを与えたのだ。
ミカがその場に立ち尽くす。飛行魔法を用いた無理な軌道変更、長時間の身体強化の使用により、動けなくなっていた。
彼を影が覆う。力尽きたクラーケンが人型から、もとの半人半蛸の姿に戻ったのだ。その巨体がミカの上に振ってくる。
「何で動かないの!」
アイーダがミカに飛びついて海に落ちる。クラーケンの巨体はそのまま、港に墜ち、土ぼこりをもうもうと巻き上げた。
リム達が交戦していたクラーケンの分裂体も、ピタリと動きを止めた。
「動かなくなった......」
クラーケンの巨体が落ちた衝撃波がリムの金髪をたなびかせる。
「勝ったってことじゃないの?」
「クラーケンの本体が落ちてきた......? ミカさんが勝利したってことですかね」
イヅナとスイレンが刀を鞘に収める。
海から上がったアイーダがボロボロになった石畳にミカを引き上げる。
「死なないわよね」
「疲れただけだ......他に危険がないか確認したら、住人達を......」
こうしてクラーケンとの戦いは幕を下ろした。勝利を手にしたミカ達だったが、ウルは死に、港も甚大な被害を受けた。
そのことに申し訳なさを覚えながら、疲労と痛みに耐えられなくなったミカは意識を失った。




