第11話 変態
大洞穴で寝そべってぼーっとしていたウルは、海の方に出現した気配に慌てて身を起こした。
「この気配は......」
忘れもしない、因縁の相手クラーケンの気配にウルは岩壁に埋め込まれた巨大な戦斧を取り出し、全速力で海へと向かった。
あっという間に森を走り抜ける。村の方からこちらに逃げてくる人間が悲鳴を上げて左右に散り散りになった。
「すまん!」
ウルは謝りながらクラーケンのもとへ突き進む。クラーケンの姿は既に見えている。同時にリムの攻撃による爆発も見える。
「あの白い男は約束を守った。仇を討つぞ、ディアーナ!」
ウルが亡き娘の名を呼ぶ。
「フハハハハ、逃げ回るだけか!」
クラーケンによる触手攻撃は苛烈さを増していた。アイーダを含む冒険者達が弓や銛でクラーケンの気を引こうとするが、ほとんど意味をなしていない。この村を守る衛兵隊に至っては住民の避難誘導で手一杯である。
(ミカは気無事なのか? まともに動ける奴が少ない......アイーダは遠距離でしか有効打を与えられない。私が飛んでクラーケンの頸を狙うか?)
涼しい顔をして触手を斬り伏せるリムだが、内心はかなり焦っている。
その時、地面が激しく揺れだす。
「な、なんだ⁉」
リムが新手を警戒する。が、轟く咆哮に驚愕した。
「クラーケン! 今日という今日は貴様を殺してやる!」
ウルが戦斧を持ってこちらに全力疾走している。
「一時撤退! その場から離れろ!」
リムが叫んで、戦闘区域から離れる。冒険者達もアイーダを連れて離れていく。
「よぉウゥゥゥルゥゥゥ! 今日はテメェのガキの百回忌かァ!」
クラーケンは叫ぶと、触手で港の瓦礫を掴んでウルに向かって放り投げた。
「どぅおりゃあぁぁぁ!」
ウルが気合の一振りで剛速球で飛んでくる瓦礫を粉砕、そのままの勢いで高く飛び上がる。
巨大な怪物二体が激しくぶつかり合う。ウルの振り下ろした戦斧を触手で受けきったクラーケンは、即座にウルを海中に引きずり込もうと身体に触手を巻きつける。
だが、ウルも驚異的な力で触手をちぎって脱出、大地を踏みしめる。
「百年前より色々衰えてるなァ」
「貴様を殺すのには過ぎる力だ」
ウルとクラーケンがにらみ合う中、倉庫の瓦礫を吹っ飛ばしてミカが立ち上がった。
「打ちどころが悪かったかな......ん?」
すぐ側に立つウルを見て驚愕する。
「お、ウル! 来てくれたのか!」
「白い男、この機会を与えてくれたこと、感謝する!」
「俺はミカだ、ウル、俺達だけじゃクラーケンを止められないかもしれない! 手伝ってくれ!」
「殺しても構わんか」
「半殺しで手を打ってくれ!」
「分かった!」
再びウルとクラーケンが激しくぶつかり合う。ミカのもとにリムがすっ飛んでくる。
「リム、悪かった......」
「無事か⁉」
リムがミカを抱きしめる。
「心配どうも! ウルが来てくれて良かった、かなりの戦力になりそうだ。くっそー、クラーケンのサイズが小さくなれば俺らの攻撃も通りやすくなるんだけどな」
ミカが頬を拭いながら言う。ウルとクラーケンの取っ組み合いが物凄い迫力で繰り広げられている。
「......あそこに割って入る勇気は?」
「流石に自殺行為だ。せめて大きな隙が生まれるまでは動かない方が賢明だ」
「───でも、ウル押されてないか?」
クラーケンと渡り合うウルだが、その表情には疲れが表れている。
「無理すんなよ老いぼれ」
クラーケンがウルの戦斧を奪い、海に投げ捨てる。
「ぜえ、ぜえ、歳はとりたくないもんじゃ」
「百年前は色々あってお前に遅れをとったが、今回は違うぜ」
クラーケンが触手をドリル上にしてウルに突き出す。
「なんの......!」
ウルがギリギリで受け止める。
「やばい、リム!」
「分かってる!」
リムが即座に飛爆斬を放つが、ほかの触手に防がれる。
「邪魔すんなよなァ!」
クラーケンの触手がウルの身体を貫いた。真っ赤な血が滝のように流れ落ちる。
「ウルが......負けた?」
「ぼさっとするな! 俺達で何とかするしかない!」
呆然とするリムを揺さぶると、ミカはクラーケンに向かって走り出した。
だが、クラーケンは触手を伸ばさず、自身の下半身にねじ込み始めた。
空に分厚い雲が流れ込み、薄暗くなっていく。
「今度はお前らの番だ。見所ありそうだし、楽しませろよォ!」
上半身までもが下半身にめり込み、一つの球体になった。
「な、何を」
ミカが脚を止め、解析魔法を発動する。
「......な、変態? 姿を変えるっていうのか」
球体はギュッと縮んだかと思いきや、人型に変化した。
「人型......どういうことだ」
リムが啞然とする。
「な、なんだ......その姿は」
うめくウルの顎を人型が蹴り飛ばした。ウルはのけぞって吹っ飛ぶと、建物の密集する部分に倒れこんで動かなくなった。
「......話し合いとか言ってる場合じゃなくなったな」
話し合いで解決できる段階ではなくなったことをミカは察した。
イヅナとスイレンは港で起きている出来事に呆然としていた。
「オットーはさ、ウルとクラーケンの共倒れを狙うって言ってたけど」
「ウルだけやられちゃった......しかもクラーケン、姿が変わったよ。蛸みたいな見た目だけじゃなかったの?」
後ろから声をかけられる。
「イヅナ、スイレン、無事だったか」
サリヴァンがこちらに歩いてくる。
「なんでかわからんがオットーが計画を始めやがった。俺も急いで森から出てきてみりゃこの有様だ。共倒れどころかクラーケンの圧勝だな......クラーケンはどこに行った?」
「人型に姿が変わったの」
スイレンの報告にサリヴァンが眉をひそめる。
「クラーケンだろ? 下半身がタコみたいな、魔に近しい怪物。人型になるなんて聞いてないぞ」
ウルの倒れこんだ衝撃が建物を崩壊させる。
壁が崩れそうになる。その下には、逃げ遅れたのか、はたまた親とはぐれたのか、小さな子供がうずくまっている。
「危ない!」
瞬間、スイレンは刀を抜いて瓦礫に斬りかかっていた。
「松風水月!」
滑らかな《《水の太刀筋》》が瓦礫を真っ二つに切り裂いた。
「大丈夫? 家族は?」
イヅナが駆け寄って子供に訊ねる。
「お母さんとはぐれちゃったの」
子供は泣きながらイヅナの手を握る。
「逃げてる途中ね」
子供が頷く。スイレンがサリヴァンの方を向く。
「この子を頼みます」
「頼みますって、クラーケンとやりあうんじゃないだろうな」
「ウルがやられた以上、当初の作戦はご破算です」
「この村には白魔導士がいるでしょ。それにリムとかいうとんでもなく強い剣士も。そいつらがこの状況を見過ごすとは思えないから」
イヅナとスイレンが港に向かって走り出す。
「ちっ、死ぬんじゃねえぞ! お前らでも大事な戦力なんだからな!」
サリヴァンはそう言うと、子供をおぶってイヅナ達とは真反対に走った。
人型に姿を変えたクラーケンが地面に降り立つ。背の高さはミカとそれほど変わらない。
「案外小っちゃいけど......」
「見た目で判断するなっていういい例だろう」
ミカとリムが構える。クラーケンは尾ていから生える二本の触手をうねらせながら二人を見つめる。
「ちぇいっ!」
クラーケンが地を蹴り、ミカに向かって強烈な飛び蹴りをかます。
ミカは上体をのけぞらせてそれを避けると、地面に両手をついて、脚を突き上げてクラーケンを真上に吹っ飛ばす。
すかさずリムが追撃で飛爆斬を放つ。激しい爆発と共にクラーケンが黒煙に包まれる。
「よし、まともにくらったろ」
「通用はするみたいだな」
ミカとリムが余裕そうな表情を見せる。が、すぐに険しい表情に変わる。
煙が晴れると、クラーケンが涼しい顔で右手を突き出していた。おそらく片手だけでリムの攻撃を耐えたのだろう。
「前言撤回、だな」
リムが冷や汗を流す。異様な圧がミカ達を緊張させる。
「じゃあ、続きをやろうか」
クラーケンが爆発的な勢いで急降下する。




