第10話 戦闘開始
イヅナとスイレンの動向を探っていたリムは、沖の方で轟音と共に発生した巨大な水柱に目を凝らした。
「急になんだ? 随分と派手な......」
そしてその水柱の下に潜む強大な気配に息を吞む。
「なっ、あそこで一体何が起きてるんだ」
リムは即座に剣を装備すると、坂を駆け下り港へ走った。
アンリエッタのボロ小屋にいたイヅナとスイレンは結局、自分たちの身の上の話だけ語った。「ま、ええわい。ご両親が魔に殺されたこと、二人のもつ刀がそれぞれ両親の形見じゃということも」
「計画の事は言えない。裏切ることはできないから」
イヅナが伏目がちに言う。
「わしはおぬしらの事を聞かせてくれと言ったんじゃ。クラーケンとウルをぶつける計画の事を聞いておるのではない」
「......私達の頭の中をのぞいたんですから、当然知ってますよね」
「うむ。仮にクラーケンとウルがぶつかれば、テンカーン村は甚大な被害が出て、人がいっぱい死ぬじゃろうな」
「私達の悲願を達成する為には必要な犠牲......」
「必要な犠牲、それは自己犠牲のみじゃ。この村には君らより小さい子供もいる。両親を殺された君らと同じ思いをする子供がいるかもしれんぞ」
アンリエッタが二人の目を真っ直ぐ見つめる。その瞳は恐ろしいほどに透き通っていた。より居心地が悪くなったイヅナとスイレンはアンリエッタの元を去る判断をした。これ以上揺さぶられても困ると判断したのだろう。
「なんか、気まずくなっちゃったけど」
「さようなら」
二人が適当な挨拶を済ませたとき、アンリエッタが笑いながら二人に伝えた。
「おぬしらが負けたリムとかいう騎士と一緒におる白髪の男。彼が求めている物はおぬしらと───これは言わんでおこう」
「なんで!? 未来を見たんでしょ、教えてよ!」
「ダメじゃ。そのまんま教えたら未来が変わってしまうじゃろう。ちょっとずつ変えながら伝えることしかできんのだよ」
轟音が鳴り響く。
「そら始まった。おぬしらの進むべき道は開けておるぞ」
アンリエッタが扉を指差す。イヅナとスイレンは顔を見合わせると、扉に向かって歩き出した。
「ぶはっ!」
ゴミが散乱する海上に顔を出したミカは辺りを見渡す。
「おっさんは何を投げたんだ?」
「ぶはぁっ」
すぐ隣にアイーダの顔が出てくる。
「ちょっと、なにが起こったの⁉ あのおっさんは何をした訳!?」
「分からん! でもとんでもないことが起きたのは間違いない!」
ミカが魔法で水を操り、アイーダと自分を高い位置に押し上げる。眼下には茶色く濁った海が広がっている。そこから港にクラーケンが向かって行くのが見えた。
「あのおっさん、私達のって言ってた。何者かしら」
「さあな。今はあのデカブツをとめるのが先だ!」
ミカが氷魔法を発動し、アイーダを抱きかかけて海上をすべるように高速で進む。
「ちょ、速いって!」
アイーダが悲鳴を上げるが、お構いなしに速度を上げ、クラーケンを追い越し、港に到着した。港に上がるとミカはすぐに大声を張り上げた。
「クラーケンが来るぞ! 港から離れろ!」
周りの人は何を言ってるんだ、という表情を見せるが、ミカとアイーダの必死の形相にただ事ではないと悟り、避難しながら他の人にも大声で避難するように呼びかけだした。
「あの巨体が港で暴れたら壊滅よ」
「ああ、だから海中に閉じ込める」
ミカが港に面する海を一面凍らせていく。冷気が港付近の気温を急激に下げていく。
ドン、ドンと氷を叩く重低音が港に響き渡る。
そこまで長く持つわけでもない氷を前に、ミカは次の作戦を練っていた。
(まず、何が起きたのかをクラーケンと整理しないと。港が壊滅する前に話し合いに持ち込んで事を収める。その後あのおっさんを探しに行く)
一応の作戦を決めたミカの所にリムがやって来る。
「何が起きてるのか説明を。住民達がパニックになって森の方に逃げているが......」
「よく分からん。おっさんが袋投げたらそれが爆発して、そしたらクラーケンが港に向かって行ったんだ」
「......とにかくクラーケンをどうにかする必要があるんだな?」
「話が速い。母さんはエレナが何とかしてくれるだろうし───」
氷にひびが入る。
「距離を取れ!」
三人がその場から飛びのいた瞬間、氷を割った触手がそのままの勢いで振り下ろされ、叩き付けた。
衝撃波が港に吹きすさぶ。波しぶきが降り注ぎ、顔を濡らす。リムが二振りの剣を、アイーダが魔法銃を構える。
「やってくれたじゃねえか、人間。俺の住処である海を汚すなんてよぉ!」
「待ってくれ、俺達は何もしてない! あのおっさんが勝手にやった事だ!」
「知るか! 人間の個なんか尊重すると思うか、人間がやった事の責任は人間に取らせる。俺の住処を荒らしたからお前らの住処も荒らす!覚悟しろよお前ら!」
太い触手を振り回し、港を滅多打ちにする。
「くっそ、かなりアタマにきてんだなあいつ」
ミカが飛び散る水飛沫を氷の礫に変えてクラーケンに向かって飛ばした。しかし、礫はクラーケンの触手に薙ぎ払われてしまった。アイーダの魔法銃も触手相手では焦げ跡をつくるしかできない。
「魔法銃の効きが悪い、分が悪すぎる」
アイーダが瓦礫の陰に隠れながら呟く。
「魔法銃なんて武器は初めて見た。でもあんまり強くないみたいだな」
クラーケンが触手を繰り出しながらせせら笑う。
「どうする、このままじゃジリ貧だぞ!」
リムが触手を避けながら叫ぶ。
「頭を冷やしてもらう必要がある。上半身を集中的に狙って気絶させよう!」
「できるのか⁉」
「上半身はほとんど人間と同じ構造、脳みそ揺らせば気絶するだろ。剣に魔法を乗せていいから、援護してくれ!」
ミカが触手を足場にしながらクラーケンの上半身に向かって走り出す。
それを叩き落とそうと迫る触手。だがそれを許すリムではない。
「飛爆斬!」
爆破魔法を付与した刃から放たれた斬撃が触手に大きなダメージを与える。斬撃が肉を断ち、爆発が灼く。
「ぬぅっ!?」
想定外の威力にクラーケンは驚きはしたが、すぐに平静を取り戻す。
「中々やる奴もいるな」
「よそ見してる場合か!」
ミカが拳を振り上げ、クラーケンに殴りかかかる。
「魔力による身体強化、近接なら行けるってか? 残念、近接は俺も得意なんだ」
クラーケンが髪を触手に変え、ミカに激しく打ち付けた。
「ぐっ!」
ミカは咄嗟に腕をクロスさせてガードしたが、そのまま吹っ飛ばされた。
「うわああああ!」
ミカはリムの頭上高くを吹っ飛んでいくと、倉庫らしき建物に突っ込んでいった。倉庫が崩れ、土煙がもうもうと立ち昇る。
「ミカ! く、一筋縄ではいかないか」
迫りくる触手を斬り払いながらアイーダの方へ声をかける。
「その魔法銃、魔力を充填したりはできるのか⁉」
「へ、で、できるけど!」
「じゃあやってくれ」
「わ、分かった!」
リムに言われてアイーダは魔法銃に魔力を限界まで込め始める。その間、リムはひたすらに触手を爆破魔法を付与した剣で斬り払う。そのままの剣では斬撃が通りにくかったが、爆破魔法を付与したことで攻撃性能が格段に向上、クラーケンに対して有効な一撃になっていた。
しかし、このままではジリ貧になってしまうこともリムは予想していた。
(まだかかりそうか? いっそ私が切り伏せた方が......)
リムが地面を強く踏み込んだ瞬間、アイーダが物陰から飛び出した。
「限界! 超魔銃砲、発射!」
アイーダの魔法銃から青白い魔力の塊が迸り、クラーケンの頭めがけて空気を切り裂いていく。
「うっそだろ!?」
クラーケンは上半身に頭を引っ込めて、それを回避した。
「ゲッ、あんなのありぃ!?」
アイーダが口をあんぐり開ける。
「ふー、危なかったぜ」
クラーケンが一息ついてから、触手でアイーダをぶっ飛ばした。
「グエーッ!」
アイーダは地面を転がって見えなくなってしまった。
「アイーダ!」
「後はお前だけだな」
クラーケンがリムに触手を向ける。彼はまだ知らない。百年の因縁を持つ森の番人がこちらに向かっていることを。




