番外編 祝言の夜(2)
視界を覆うようにさらりと垂れ下がる白金の髪。上から見下ろしてくる浅葱は、悪戯っぽい微笑を浮かべていた。
「あはっ、やっと鈴の顔が見れた」
「っ……!」
あまりの動揺に言葉を詰まらせる鈴の頬に、浅葱の長い指先がそっと触れる。湯上がりの熱を溜め込んだ肌に、どこかひんやりとした浅葱の指の体温が恐ろしいほどに心地よかった。
「こんなに赤くなって……お風呂の火照りがまだ残ってるのかな? ――それとも」
一度言葉を区切り、浅葱は艶やかな笑みを深めながら、さらに顔を近づけてくる。
「……いやらしいことでも考えてるの?」
耳元で囁かれる揶揄うような甘い声。図星を突かれた鈴は泳ぐように視線を彷徨わせた。
「だ、だって……今夜は夫婦になって初めての、夜ですし……」
夫婦となった初夜に部屋へ誘われれば、誰だってその先のことを考えてしまうものだろう。初心に赤面し、今にも爆発してしまいそうな鈴の反応に機嫌をよくした浅葱は、鈴の唇へ触れるだけの優しい口付けを落とした。
不意に与えられた温かな触れ合いに驚き、鈴がさらに顔を真っ赤に染め上げると、浅葱は心底満足したように目を細める。そしてそのまま鈴を腕の中に包み込みながら、ゴロンと横へ寝転がった。
「安心してよ。今夜は抱かないから」
「……え!?」
腕の中で呆然と浅葱を見上げる。
「祝言や宴で疲れただろう? もう夜も遅いし、今夜は添い寝だけ」
「な、なんだ……そうだったんですね」
張り詰めていた緊張の糸がふっと解けていく。全身の強張りが消え去ると、急激な安堵とともに重たい眠気が押し寄せてきた。
「ふふ、眠そうだね。もう寝よっか」
「はい……」
浅葱が行灯の灯りを優しく吹き消すと、室内はしんと静まり返り闇に包まれた。二人で同じ布団に潜り込むと浅葱の手が腰に回され、そっと身体を引き寄せられる。
「それにしても、鈴が前向きみたいで安心したよ」
ゆったりとした浅葱の戯れ言。闇の中で悪戯に頬を指先で撫でられる。声を上げようとした鈴だったが、初めての口付けを一回拒みかけたことを思い出し、思わず視線を彷徨わせる。
「……浅葱様に、触れられるのは好きなんですもん」
頬を撫でる浅葱の手に少しだけ顔を擦り寄せ、鈴は蚊の鳴くような声で素直な想いを溢ぼした。すると浅葱は驚いたように目を見開き、そのまま硬直してしまう。眉をひそめ、どこか痛切で悩ましげな視線を鈴へと注ぐ。
「……もう、我慢してるのに、なんでこんな可愛いこと言っちゃうかなぁ…………」
首を傾げ「浅葱様?」と声をかけようとした瞬間、鈴の唇は塞がれていた。
喰むように唇を挟まれながら熱をすり込ませ、ゆっくりと圧をかけてくる。ただそれだけの動作なのに、背筋を甘い震えが駆け抜ける。そして押し開くように唇が割られ、熱を帯びたしなやかな舌が強引に口内へと滑り込んできた。
「ん、……っ」
無意識に逃れようと顔を逸らそうとするが、頬に添えられた浅葱の手が逃げることを許さない。互いの吐息が激しく乱れ、ほんの一瞬だけ唇が離れた。
「はっ……」
溢れ出た小さな息を拾う隙すら与えられず、肩をぐっと押し込まれて浅葱は鈴へ再び覆い被さってきた。
見上げた彼の瞳には先ほどまでのポヤポヤとした面影などどこにもなく、濃い熱と果てのない情念を宿して妖しく揺らめいていた。
「鈴、好きだよ……愛してる」
「浅葱、様……っ!」
抗う隙など微塵も与えられないまま、深く唇が重ねられた。忍び込んだ舌が絡みつくように鈴の舌を捕え、吸い上げ貪っていく。
「鈴、すず、大好き……」
「んっ……はぁ」
角度を変えながら、何度も深く与えられる濡れた快楽と蕩けるような甘い囁き。静寂の中に甘く湿った水音と、交錯する荒い息遣いだけが部屋に満ちて響き渡っていた。
甘美な痺れが頭の芯まで痺れさせ、意識がぐらぐらと揺らいでいく。息を吸うことも叶わず朦朧とする頭のまま、鈴は浅葱の胸元を強く握りしめ、彼から与えられる熱を受け入れていた。
やがて、名残惜しそうにゆっくりと唇が離れていく。二人の唇の間には、銀色の艶やかな糸がひとつ切なく伸びては小さく途切れた。
激しい口付けに胸を上下させヘトヘトになった鈴は、潤んだ涙目で浅葱を見上げた。先ほどよりもさらに濃く宿った彼の熱に息が詰まる。
浅葱は込み上げる欲望を耐え忍ぶように唇を強く噛み締め、鈴の火照った頬を愛おしそうに指の背で撫でた。そしてそのまま、額へ優しい口付けを落とす。
「続きはまた明日……いいよね? 鈴」
顔を上げた浅葱の瞳は、獲物を追い詰めた獣のように鋭く妖しい光を放っていた。その視線に鈴の胸が高鳴る。鈴が力なく頷くと、彼は満足そうに優しい笑みを深めた。
「ありがとう、鈴……。今度こそ、もう寝ようか」
浅葱は鈴の上から体を退けると、再び彼女を愛おしそうに腕の中へ引き寄せた。そして胸の中に収まる鈴を慈しむように見つめる。
「鈴、大好きだよ。おやすみ」
ぽつりと囁き、軽く唇を重ねられる。
「ねえ、鈴からもして?」
唇が離れた後、甘えるように彼が強請ってきた。さっきまでは恐ろしい獣のようだったのに、今はまるで子犬のように可愛らしい。鈴は呆れつつも愛おしく感じ、軽く身を乗り出して浅葱の唇にそっと自身の唇を重ねた。
「浅葱様、おやすみなさい……大好きですよ」
浅葱は嬉しそうに目を細め、溢れる愛おしさを確かめるようにさらに鈴を強く抱きしめる。
浅葱の温かな胸の中にすっぽりと包まれながら、鈴は心地よい安心感の中でゆっくりと眠りにつくのだった。




