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番外編 浅葱と銀朱(銀朱視点)

浅葱と銀朱の出会いの話。


 《銀朱視点》

 

 かつて、世界にまだ妖の姿が当たり前に溶け込んでいた時代のことだ。


 銀朱はこの世に生を受け、物心ついた時からずっと暗闇の中にいた。


 ひんやりとした土蔵の奥底、固く閉ざされた格子の中で人間たちは銀朱を神と崇めた。恭しく平伏し上等な着物と食事を与え、口々に「どうか我が村に尽きぬ富を」と祈りを捧げる。


 しかし、銀朱が一度でも外へ出たいと願えば狂気を露わにし頑なに拒むのだ。


 そこに存在するだけで、福を呼ぶ座敷童子。

 そんな都合の良い存在が銀朱だった。


(僕に力があるのなら、それを人間に使うのは当たり前のこと……)


 暗闇の中で膝を抱えながら、銀朱は半ば洗脳のように自分に言い聞かせていた。自分が我慢し、人間に言われるがまま富を与え続けることこそが、己の存在価値なのだと。



 ◇

 


 そんな平穏という名の牢獄が破れたのは、ある雨の夜だった。


 重々しい鍵が外れる音や人間の怯える悲鳴とともに、土蔵の厚い扉が不気味な音を立てて崩れ落ちる。


 煙る土埃の狭間には、一人の男が立っていた。

 透き通るような白金の長い髪に、暗闇の中に光る青緑の瞳。

 男がただそこに立っているだけで、周りの空気がひれ伏すかのように重く染み渡っていく。

 

(なんて、美しいのだろう……)


 銀朱は息を呑み、魅入られたようにその姿を見上げた。その瞬間、彼の深く澄んだ瞳が、真っ直ぐに銀朱の姿を捉えた。


 その圧倒的な存在感を前に、銀朱の体が不覚にもびくりと跳ねる。身を竦め思わず目を瞑った銀朱の頭に、ぽんと柔らかな心地よい重みが落ちてきた。

 

「……っ」


 髪をゆっくりとなぞるように撫でていく大きな手は、驚くほど温かかった。これまで銀朱に触れてきた人間たちの、欲望に塗れた手とはまるで違う。全身の毒気が抜けていくような、どこまでも優しい手だった。

 

「閉じ込められて、怖かっただろう。君の名前は?」


 低く落ち着いた声が頭上から降ってくる。美しい男は銀朱の目線の高さまで、しなやかにその膝を折った。


「……ぎ、銀朱、です……」

「銀朱、外へ出てみる気はある?」

 

(外……?)

 

 格子戸の隙間から差し込むわずかな光を眺め、ずっとずっと憧れていた場所。

 けれど銀朱の足はすくんだ。人間に尽くすことだけが自分の存在価値だと、そう教え込まれて生きてきた。外に出るなんて許されるのだろうか。


 迷い、怯える銀朱の視界に、差し出された彼の手が映る。


 言葉よりも先に、銀朱の手は動いていた。吸い寄せられるようにその大きな手をぎゅっと掴むと、男は優しく力を込め、銀朱を土蔵の外へと引き上げてくれた。


 踏み出した一歩。

 その瞬間、銀朱の全身を鮮烈な世界が包み込んだ。

 

「あ……」


 土蔵の中の狭く澱んだ空気とは違う、どこまでも広がる抜けるような青空。頬を撫でる心地よい穏やかな風。足元から視界の果てまで渡る、生き生きとした緑の草木。


 世界は、こんなにも広くて、色に溢れていたのか。

 開放感と感動に銀朱の胸が熱く打ち震える。心からの呼吸が銀朱の口から漏れた。

 

「銀朱、こっちだよ」


 少し先を歩く男が、振り返りもせずに声をかける。

 銀朱は慌ててその一歩後ろを追いかけた。踏みしめる土の感触を感じながら、ずっと胸の中に渦巻いていた小さな疑問を、遠慮がちに口にする。

 

「あの……貴方はどうして僕なんかを助けてくださったのですか?」


 何か特別な利害があったのだろうか。それとも、銀朱の持つ座敷童子の力が必要だったのだろうか。人間と同じ問答を覚悟していた銀朱に、男は歩みを止めることなく、さらりと言い放った。

 

「自由を奪う権利なんて、誰にもないからだよ」


 何でもないことのように紡がれたその一言が、銀朱の胸にどんと深く突き刺さった。


 前を歩く美しい背中に視線を固定したまま、銀朱の目の奥から芽生えたのは、底知れぬほど深い尊敬の念だった。



 ◇



 連れられたのは、鮮やかな色彩に彩られた妖の世界。


 彼は自然な動作で銀朱の首根っこをひょいと掴むと、目の前に立つ金色の瞳をした男へと無雑作に突き出した。

 

「東方の村で捕えられてるって言ってた子だよ。名前は銀朱。助け出したから、あとは山吹に頼んでもいい?」

「はぁ!?」


 突然の申し出に、山吹と呼ばれる男は目を見開いて声を荒げた。銀朱と彼の顔を交互に見比べ、頭を抱える。

 

「おまっ……! あの村に一人で行ったのかよ!」

「うん。早い方がいいかと思って」

「村の連中は!?」

「みんな殺したよ」


 悪びれる様子もなく、どこまでもあっけらかんと言い切る彼。そのあまりの迷いのなさに、山吹は心底呆れたように深い溜め息を吐いた。

 

「野蛮なんだよお前は……つーかなんで俺がこんなガキの面倒見ねぇといけねぇんだ! 自分で面倒見ろ!」

 

「だって山吹は面倒見がいいからさ。それに俺が誰かの面倒なんて見れるわけないだろう?」


 堂々と開き直る彼に、山吹はさらに大きく肩を落とす。

 

「そんなことで威張るな……ったく! わかったよ。今度、酒奢れよ」

「はいはい。それじゃあ頼んだよ」


 目の前で繰り広げられるやり取りを、銀朱は混乱したまま二人を交互に見上げていた。


 そのまま彼の手から山吹へと無理やり受け渡されそうになった瞬間、銀朱の体に強い拒絶反応が走った。

 

「嫌だ……っ!」


 強引に山吹の手を振り解くと、銀朱は必死の思いで彼の着物の裾にしがみついた。

 

「僕、貴方がいいです!」


 涙目で助けてくれた彼を見上げ、すがるように言葉を重ねる。

 

「僕を側に置いてください! 僕は座敷童子です。貴方に尽くして絶対に富をもたらしてみせますから……! 貴方の側にいさせてください!」


 自分にはその価値しかない。人間にすり込まれた「存在理由」を必死に差し出す銀朱だったが、彼はただ静かに首を横に振った。


 彼の手が伸び、銀朱の固く結ばれた小さな指を優しく一本ずつ解いていく。そして再び銀朱の目線の高さまで、しなやかに腰を落とした。

 

「ごめんね。俺に富は必要ないし、誰かを側に置く気はないんだ」


 きっぱりとした、けれどどこまでも穏やかな拒絶。人間たちが喉から手が出るほど欲しがった自分の力を、この男は微塵も必要としていなかった。

 

「山吹は口は悪いけど、悪い奴じゃないし優しいから、怖がらないで」


 呆然とする銀朱の頭に、ぽんと温かな手が乗せられる。

 

「時々様子も見に来るからさ」

「っ……! な、ならせめて……お名前を教えてください」


 彼が去ってしまう。その焦燥感に駆られ、銀朱はすがるように問いかけた。彼は少しだけ目を細め、柔らかく微笑む。

 

「俺は、浅葱だよ」


 それだけを言い残すと、浅葱はすっと立ち上がった。

 

「山吹、その子をよろしくね」


 山吹に一言だけ言い含めると、浅葱は一度も振り返ることなく風のようにその場を去っていった。


 銀朱は、山吹の隣で立ち尽くしたまま、遠ざかっていくその背中をただじっと見つめ続けた。胸の奥が、焼け付くように熱かった。

 

(浅葱様……)


 声には出さず、心の中でその名を大切に反芻する。

 何も欲しがらず、ただ「自由」だけを置いて去っていった浅葱。その背中が完全に影の中に消えてもなお、銀朱の視線がそこから外れることはなかった。


(人間たちの言う「神」なんて偽物だ。僕の神様は、僕に世界をくれた浅葱様だけ……)


 それが、銀朱が初めて「己の神」を見出した、浅葱との出会いだった。

 

登場人物の中で一番、面倒見が良い山吹。実は一番情に厚く、優しいです。


対して浅葱は、救いはするけどその後は放置(鈴の時も同様)してしまう、少し最低な部分のある神様です。

(人と過ごしてこなかった弊害)

自分から勝手に動く鈴タイプでないと、興味を示さない。


番外編は今のところ以上でした!


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