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最終話 未来の約束


 無事に婚姻の儀を終え、慣れ親しんだ屋敷へと戻ってきた二人。重厚な装束から身軽なお色直しの衣に身を包ませた鈴は、身体がずいぶんと軽くなったことで、ふぅと息を吐く。


 屋敷の広い庭では、既に妖たちの賑やかな宴が始まっていた。豪勢な料理や酒樽がいくつも並べられ、どこからか心地よい和楽器の音が奏でられている。穏やかな春の日差しの中、大勢の妖たちが踊り笑い合っていた。


「お二人さん、無事に婚姻おめでとう。浅葱はあんまり鈴を困らせるんじゃないよ。鈴、この男に愛想をつかしたらいつでも私のところに来な」


 軽やかな衣を揺らしながら撫子が妖艶な笑みを浮かべて盃を掲げる。


「これ祝いの酒な。面倒な奴だが浅葱のこと、よろしく頼んだぜ、鈴」


「浅葱様、婚姻おめでとうございます。……小娘、お前はもう浅葱様の妻なのだから、浅葱様へ恥をかかせるようなことは絶対にするなよ」


 山吹が豪快に酒瓶を抱えながら、悪戯っぽく笑って鈴と浅葱の肩をポンと叩き、銀朱が不服そうにしながらも祝福の言葉を贈ってくれた。


 それから様々な妖たちが次から次へと列をなし、二人へ祝福の言葉を贈っていく。庭の片隅には彼らが持ち寄った祝いの品が山のように積み上げられていた。

 

 途切れることのない列を見つめながら、鈴は改めて浅葱がいかに妖たちから深く慕われ、愛されているのかを実感する。尊敬の念を込めて、浅葱の横顔を見上げた、その時だった。


「少し外す。お前たちは気兼ねなく楽しんで」


 浅葱が宴の喧騒に向かって声をかけると、鈴の小さな手をそっと引き寄せる。


「浅葱様?」


 困惑する鈴をよそに、浅葱は慣れた足取りで騒がしい庭を離れ、人気の少ない奥の縁側へと鈴を連れ去る。そして穏やかな日差しだけが届く縁側に鈴を優しく腰掛けさせると「待っててね」と微笑んで屋敷の中へ姿を消した。


 けれど、寂しさを感じる間もないほど、すぐに浅葱は戻ってきた。その手には小さな盆があり、透明な器に注がれた琥珀色の梅酒がふたつ乗っている。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます!」


 ひとくち口に含むと、甘酸っぱさと芳醇な香りが口いっぱいに広がった。二人で作った梅酒を、今日という特別な日に呑むその味は、格別でどこか胸が締め付けられるほど愛おしく感じる。


 浅葱は鈴の隣に隙間なく並んで腰掛け、自然な動作で彼女の細い腰を抱き寄せた。触れ合った部分から、体温がじんわりと伝わってくる。


「ねぇ鈴、初夏になったらまた一緒に梅酒を作ろうよ。それで来年になったら二人でゆっくり呑もう」


 白金の髪を陽の光で輝かせながら、浅葱が少年のような瞳で鈴を見つめてきた。


「いいですね! 夏になったら浅葱様で涼んで、秋には祭りに行きたいです」


「もちろん、どこへだって連れて行ってあげる。冬になったら庭に植えた白椿を眺めて、新年には一緒に朝日を見に行こう。祝言の記念日には、絶対に二人だけで過ごそうね」


 二人が語り合うのは、これから一緒に歩む未来の話。途方もなく長く愛おしい物語に、鈴の心は踊るように弾んだ。


「寂しいから喧嘩をしたら、その日のうちに仲直りをしようね。出かける時は、いってらっしゃいって口付けをして送り出してほしいな。帰ってきたら、ただいまって口付けもしたい」


「……え?」


「夜も一緒に寝ようね。部屋も余ってるし寝室用の部屋を用意しようか」


 あまりに自然に織り込まれた甘い一節に、鈴は思わず目を丸くした。


「ま、待ってください! 浅葱様は眠る時間も少ないですし、私たち起きる時間も違いますよ!?」


「構わないよ。それよりも鈴と一緒にいたいから。……鈴は俺と一緒に眠るのは嫌?」


 そう言うと彼は切なげに眉を寄せて、こちらの顔を覗き込んでくる。揺れる瞳で子犬のように見上げてくるその表情に、鈴は弱かった。


「嫌では、ないですけど……!」

「ふふっ、良かった」


 赤くなって口籠る鈴の姿が気に入ったのか、浅葱は満足そうに喉を鳴らして鈴を見つめた。


 そして鈴の頬に手を添えて上に向かせると、触れるだけの優しい口付けを落とした。ちゅ、と軽い音を響かせ、ほんの僅かに顔を離すと浅葱は蕩けるように目尻を緩める。


「……鈴は早くこれに慣れないとね〜? 真っ赤になってる姿も可愛いけど」


 悪戯っぽく指先で鈴の熱い頬を撫でる浅葱。その余裕たっぷりな態度がなんだか少しだけ悔しい。自分ばかりが振り回されているような気がして、鈴は小さな反抗心を胸に宿した。


 恥ずかしさを振り払うように、浅葱の羽織の袖をぎゅっと引き寄せ、勢いのままに彼の唇へ口付けを返す。すぐに唇を離して顔を上げると、浅葱は驚いたように目を見開かせて固まっていた。


 そして彼の白い肌が、頬から耳の先端まで真っ赤に染まっていく。


(もしかして、浅葱……照れてる……?)


 いつも余裕のある彼の思いがけない表情に、鈴はまじまじと視線を向けた。すると鈴の視線に気づいた浅葱は、赤くなった顔を隠すように片手で顔を覆い、気まずそうに瞳を逸らす。


「不意打ちはずるいよ……」


 消え入りそうな浅葱の力ない声。動揺させられてばかりだった鈴にとって、その姿は新鮮だった。鈴は得意気になり、彼と同じような悪戯な笑みを浮かべ顔を覗き込む。


「真っ赤になって可愛いですね。浅葱様こそ早く慣れないと」


 仕返しが成功し誇らしげにする鈴に、浅葱は少しだけムッとしたような表情を作った。その瞬間、彼は強引に鈴の細い腕を引き寄せたのだ。


 驚く間もなく、ぐっと縮まる二人の距離。息が触れ合うほどすぐ近くに、浅葱の整った顔がある。


「それなら、慣れるために鈴からまた口付けてよ」


 逃げ場を塞ぐように、青緑色の瞳が真っ直ぐ鈴を射抜く。けれどさっきは勢いで口付けをしたため、改めてもう一度と言われると羞恥心が込み上げてくる。


 躊躇う鈴だったが浅葱によって未だ腕を掴まれ、腰にも強い力で手が回されていた。物理的にも逃げることなんてできなかった。


 心臓が早鐘を打ち身体中が熱くなるのを感じながら、鈴は意を決して顔を上げた。そして震える自身の唇を浅葱のそれへと重ね合わせる。


 触れるだけの口付けで、またすぐに身を引こうとした、その瞬間。浅葱が覆い被さるような勢いで、深く唇を塞いできた。


「ん……っ!?」


 驚きで声を上げそうになった鈴の隙を突き、浅葱の舌が濡れた質感をもって鈴の唇から割って入る。奪うような、けれどどこまでも慈しむような深い口付けが角度を変えながら何度も降り注ぐ。


 与えられる濃密な快感と甘い熱に、鈴の頭の中は真っ白に染まっていく。強い眩暈に襲われ、鈴は浅葱の着物を必死に掴む。宴の音も、春風の音も、全てが遠のいていく。ただ浅葱の体温と、重なり合う吐息の熱さだけが鈴の思考を占領していた。


 息が続きそうになくなった頃、ようやくゆっくりと唇が離される。浅葱はどこか誇らしげに淡く微笑むと、熱を持つ鈴の頬を指先で優しく撫でた。


「……あはっ、本当に鈴は可愛いね。大丈夫?」

「大丈夫に、見えますか……っ?」


 肩で息をしながら息も絶え絶えに答える鈴に、浅葱は喉を鳴らした。


「ん〜、あんまり。でも……嫌ではなさそうで良かった」


 満足そうに呟くと、浅葱はもう一度と鈴の唇へちゅっと軽い口付けを落とす。


「鈴、俺の妻になってくれて、本当にありがとう。これからも一緒に、歩いていこうね」


 優しさと愛おしさに満ちた彼の美しい青緑色の瞳には、世界でたった一人、鈴の姿だけが映し出されていた。そんな温かな愛に包まれ、鈴の心はどこまでも深く絆されていく。


「はい。どんな道でも二人一緒に、歩いていきましょう」


 どちらからともなく触れ合う二人の手が、解けることのない絆を結ぶように強く重なり合った。

 

 庭から聞こえる祝いの宴は、なおも賑やかに晴天へと響き渡っている。


 悠久の時を生きる神と、その隣に寄り添う少女。

 二人が紡ぐ未来にはきっと幾つもの季節が訪れ、そのたびに、溢れるほどの愛おしさが咲き誇るのだろう。



《終》

 

一旦ここで本編完結です。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!!

本当に嬉しいです!!


明日より番外編(三話分)を投稿します!

・初夜を迎える浅葱と鈴のお話(1)

・初夜を迎える浅葱と鈴のお話(2)

・浅葱と銀朱の出会いのお話


ぜひ見ていただけると幸いです!


★ブックマークや星で応援していただけると、今後の励みになります!

どうかよろしくお願いします!

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