41話 華やかな装い
村での騒動から一ヶ月が過ぎた頃。
山に柔らかな春の風が吹き抜け、桜の花弁がひらひらと舞い踊る季節。この佳き日に、浅葱と鈴の二人は妖たちに見守られながら祝言をあげることとなった。
部屋の中では、鈴の着付けの真っ最中。手伝いをしてくれているのは、撫子と一つ目の妖である。用意された着物は、仕立ての良い上質な白の着物。純白の生地には光の加減でかすかな模様が浮かび上がる。
伸びた黒髪は帯のように長く薄い白い布で後ろへと束ねられていた。その布にはところどころ繊細な金の糸が編み込まれており、光を反射して上品な輝きを見せている。結び目には白い花飾りがふんだんにあしらわれており、華やかではあるものの、少しばかり頭が重く感じられた。
「ふぅ……こんなもんかね」
「とてもお綺麗ですよ! 鈴様!」
手際よく調整を終えた撫子が満足そうに息を吐き、一つ目の妖も目を細めて声をかけてくれた。
差し出された姿見を前に、鈴は思わず小さく息を呑む。鏡の中に写っていたのは、普段の素朴な自分とはまるで別人のように華やかな娘の姿だった。
(これ、本当に私……?)
あまりの見違えように胸がトコトコと高鳴る。鈴は振り返ると感極まった様子で二人に頭を下げた。
「撫子様、一つ目さん、本当にありがとうございます! こんなに素敵にしていただいて……」
感謝を伝えていたその時、廊下からバタバタとした足音が近づき障子の向こうでピタリと止まった。
「鈴、もう準備できた? 入っても良い?」
聞こえてきたのは、なんともソワソワと落ち着きのない浅葱の声だった。待ちきれないといった様子がひしひしと伝わってくる。鈴は一度、撫子たちに伺うような視線を向け、二人が呆れまじりに頷いてくれたのを確認し障子に向かって声を張った。
「はい! 入っても大丈夫です!」
返事を聞くや否や、開けられた障子の向こうに浅葱の姿があった。
いつもの着物とは異なり、今日の彼は白と彼の美しい瞳を思わせる青緑色の羽織袴を身に纏っている。前髪は横で少し分けられ、長い白金の髪は後ろで白い髪紐によって一つにまとめられていた。その髪紐には、鈴の髪飾りと同じように細い金糸が編み込まれているのが見えた。
(かっこいい……)
息をのむほどに洗練されたその姿に、鈴は思わず心奪われ見惚れてしまった。
しかし当の浅葱は敷居を跨いだまま、鈴の姿を目にした瞬間ピキリと固まっている。いつまでも動かない彼を不思議に思い、鈴は着物の裾を揺らしながら彼の側に歩み寄った。
「浅葱様……?」
顔を覗き込み声をかけると、浅葱はハッと正気に戻り零れ落ちるような声で呟いた。
「鈴、すごく綺麗だ……」
その青緑色の瞳はうっとりと熱を帯び、吸い寄せられるように鈴の華奢な手を両手で包み込んだ。そして嬉しさを抑えきれないといったように頬を緩ませる。
「こんなに綺麗な妻を、俺が迎え入れちゃって良いの……?」
「迎え入れてくれないんですか?」
少しだけ悪戯っぽく首を傾げて聞き返すと、浅葱は勢いよく首を横に振った。
「まさか! 迎え入れるに決まってるよ! 絶対に手放せない……本当にすごく綺麗だよ、鈴」
直球な甘い言葉に鈴の頬はほんのりと赤く染まっていく。胸の奥から幸せが溢れ出し、鈴も浅葱の手をぎゅっと握り返した。
「ありがとうございます! 浅葱様もすごくかっこよくて、見惚れてしまいました」
素直な気持ちを口にすると浅葱は照れたように、はにかんだ笑みを浮かべた。
「ありがとう。鈴にそう言ってもらえて嬉しいな」
二人で微笑み合うが、浅葱から注がれる視線は一向に鈴から離れようとしない。
「この髪飾りも素敵だね、鈴によく似合ってる。本当に可愛いな……まるで花みたいだ……」
甘く囁きながら熱を帯びた瞳で見つめられ、鈴の胸が小さく跳ねる。
「ねぇ、鈴……口付けをしてもいい?」
「……え!? 駄目です! ここ人前ですよ!?」
突然のお願いに鈴が声を上ずらせるのも構わず、浅葱は彼女の腰に滑らかに手を回した。上から覗き込むようにじわじわと顔を近づけて迫ってくる。鈴が必死に顔を横へ逸らして抵抗すると、痺れを切らした撫子が浅葱の手を強く捻り上げたのだ。
「いっ!! た……! ちょっと、邪魔しないでよ撫子!」
痛む手を押さえながら浅葱が抗議の声をあげる。しかし撫子は呆れたように肩をすくめて浅葱を見上げた。
「お前は、せっかくの化粧を崩す気か?」
「でもさぁ〜……」
不満そうに唇を尖らせた浅葱は、どこか甘えたような眼差しで鈴を見つめてくる。




